「スタート・ドリーム―魔法殺しの魔法使い―」第五話

廃墟内の廊下。扉の横で立ち止まるディアとクルオン。
ハンドサインで、中に五人居ることを伝えるディアと頷くクルオン。
両手に濃い黒炎を纏い、扉を蹴破るディア。
部屋に居座る口元を牙の柄のスカーフで覆った男二人。咄嗟に攻撃態勢に入る。
糸目の男「なッ!? もう来やが――」

男二人を飲み込む広範囲の黒炎を両手から放つディア。クルオンとディアを包んでいた黒炎が消える。
男二人「「ぐわぁぁぁー!?」」

拳を構えた状態で固まるクルオン。
クルオン「すげぇ……」

煙を上げて倒れる男二人。上着が焼け焦げており、スカーフは消失している。
クルオン(一瞬で二人を無力化した! なんて火力なんだ)

険しい顔で両拳に反魔力を纏わせ、周囲を見回すクルオン。
クルオン(けど、残りの三人が見当たらない。俺らを察知して逃げたのか? ……いや、さっきのスカーフ――)

回想。シャドウの面々で廃工場に居るクルオン。周りには、口元をスカーフで覆った男達が倒れている。
男A「チッ。手間かけさせやがって」
クルオン「珍しい戦い方でしたね。……少し苦戦しました」
エヌ「あぁ」

ひび割れた水晶板を拾い上げるエヌ。
エヌ「こいつらは、空間隠密の魔術式が組み込まれた水晶板を使うからな」

回想終了。ハッとして振り向くクルオン。
クルオン(! バット盗賊団!!)
クルオン「隠密です! 死角に警戒してくださ――」

魔術式が刻まれたナイフが現れ、クルオンの胸部目掛け突き出される。
クルオン「!」
クルオン(こんな接近されてたのかよ!)

黒色の両手で刃を掴んで抑える。刃の魔術式が淡く光って粘液を分泌させ、それがクルオンの指の隙間から外部にあふれる。横から燃え盛る音が聞こえる。
クルオン(毒物質――だけじゃない! 相手の力が強い! ナイフを抑えるだけで精一杯だ! ディアさんは大丈夫なのか!?)

影のような黒い光が部屋を照らし、クルオンが光源に目を向けて驚く。
細身の男「ぐぁっ!?」
クルオン「ディアさ――ッ!」

黒炎を腹に受けて壁に激突する細身の男。壁は衝撃でひび割れる。
細身の男「ごはっ――!!」

中年の男が俊敏に振るう二本のナイフを躱すディア。
ディア「こっちは大丈夫だから、集中するんだ!」

体の周りに浮かせた複数の黒い火の玉を男を囲い込むように突っ込ませる。
それをバク転で避けた男は、帯電した電気を枝のような形でディアに放ち、ディアは黒炎で電気を飲み込む。

クルオンの左右に壁のような空気の塊が現れて迫る。
クルオン「!」

ナイフから両手を離し、左右の空気の塊を殴って破壊する。
液体に塗れたナイフがクルオンの腹に刺さるが、反魔力で固めていたため刃が折れる。
クルオンが右足を振り上げる。刈り上げの男が、腹を蹴られた状態で現れる。
刈り上げの男「ぐッ!?」

男はクルオンの右足を掴み、横振りに投げ飛ばす。壁に着地するクルオン。
クルオン「!」
クルオン(手応えが無い……魔力でガードされたのか!)

壁を蹴って真横に跳ぶクルオン。男の前まで接近する。
互いに、格闘を軸にした魔法攻撃を俊敏に交える。
反魔力と風魔法が相殺される。
クルオン(反魔力は、魔力や魔法に拒絶反応を起こして破壊力が増す――それがあっても相殺されるなんて、どれだけ出力が高いんだよ!)

魔法練度の文字の周りに、右回りで魔法効果、魔法精度、魔法出力の文字と矢印が描かれた図。
モノローグ(魔法を使うには魔力を消費する必要があるが、消費の仕方次第で魔法練度が変わってくる。
魔法効果(魔力の活性状態)、魔法精度(魔力の密度)、魔法出力(魔力の放出量)――三要素のどれに力を注いで魔法を発動させるかは、実力が近い相手の魔法と対抗(じゃんけん)する時に重要になる)

歯を食いしばるクルオン。
モノローグ(こいつの場合は、魔法出力を高めて反魔力と同等の火力を出している。このままだと埒が明かない!)

片足で床に踏みつけるクルオン。接地面から反魔力が侵食する。
クルオン(こいつのペースを崩す隙を作らないと。俺ができる方法で――!)

男の足元まで反魔力が侵食する。
男が風魔法を駆使して飛び上がり、両手で囲いを作りながら浮遊する。
床から稲妻のような形で反魔力が伸び、男の足下まで迫る。

両手の中に圧縮していた魔力を反魔力へ放つと、人の太さの竜巻に成って反魔力を巻き込んで散らす。
竜巻は、壁や床を剥がしながらクルオンに突っ込む。
クルオン(反魔力が分離された!?)
クルオン「くっそ!」

暴風に抗って走るクルオン。後ろに迫る竜巻。
クルオン(ダメだ! 俺じゃ隙を作れない! ちくしょう! どうすればいい!?)

刈り上げの男を見上げるクルオン。竜巻を放出する男の横に、黒炎を纏った拳で殴り掛かるディアが居る。
クルオン(どうしたら――)
ディア「新入りをいじめないでもらえるかなっ!」
刈り上げの男「なっ!? いつの間に――」

両腕を交差させて受け止める男。衝突時、黒炎の小爆発が発生する。
クルオンの前方の床に吹っ飛ばされる男。
刈り上げの男「ぐッ!?」
クルオン「ディアさん!?」

後方に親指を向けるディア。大の字に倒れる中年の男。
ディア「あとはそいつを倒すだけだ!」

引き締まった顔のクルオン。
ディア「行け! クルオンくん!」
クルオン「っ……!」

男へ駆け出すクルオン。
立ち上がって手を向ける男。風を固めた斬撃を飛ばす。
刈り上げの男「この野郎――ッ!」

斬撃を避け、男の前まで接近するクルオン。
風の渦を纏った右腕を横振りする男。腰を屈めて男のみぞおちに黒色の拳を突き上げるクルオン。
刈り上げの男「ごはぁっ!?」

気絶して前のめりに倒れる男。汗をかいて息遣いを荒くするクルオン。
隣に並ぶディア。
ディア「クルオンくんは自分のことを口下手だって言ってたけど、そんな事ないと思うよ」
クルオン「えっ?」

「隠密です!」と声を上げたクルオンの回想。
ディア「さっき、クルオンくんが隠密魔法のことを伝えてくれたでしょ? あんな感じに、咄嗟に何かを伝えることは、口下手な人にはできないことだと思うな〜」

クルオンの肩に手を乗せ、笑いかけるディア。
ほんの少し嬉しそうな表情になるクルオン。
ディア「だから、自分にもっと自信持ってもいいんじゃないかな」
クルオン「! あ、あざっす……」

 * * *

飲食店内。豊富な種類の料理が置かれた食卓を囲んで座る第二班員とシャリア。
シャリア「乾杯!」

ジュースが入ったジョッキを持ち上げる一同。
三人「「「乾杯〜!」」」
クルオン「乾杯……」

飲んだジョッキを口元から遠ざけるご機嫌なエモと呆れ気味のディア。
エモ「くぅー! 仕事終わりの一杯は染みるね!」
ディア「なんでおっさんみたいな反応なんだよ。お酒飲んだわけじゃないのに」
エモ「いいじゃ〜ん。こういう機会滅多にないんだからさ〜」
ディア「言っとくけど、クルオンくんの歓迎会だからね? 主役はお前じゃないからね?」

空になったジョッキを卓上に置き、大きく息をつくクルオン。びっくりするミナン。
ミナン「おぉっ!? 飲み干してる! そんなに喉乾いてたんですか?」
クルオン「いや、そうじゃないっす。こういうの飲むの二年ぶりだったもので、つい……」
ミナン「なるほど。苦しい生活だったんですか?」
クルオン「あ、そういうわけじゃないんですよ。なんというか、俺自身あんま食に拘ってないから、ほとんど最低限の食事で済ませてたんすよ」

「細い体になっても仕方ない生活でした」と言葉を付け足して食卓に手を伸ばすクルオンに、興味深そうな表情で首を傾げるミナン。
ミナン「へぇ〜。けど、ほとんどってことは、何か美味しいものは食べてたんでしょ?」
クルオン「そうっすね。と言っても、コレしか食べてないんですけどね」

手に持つリング状のスイーツを頬張るクルオン。それを眺めるミナンとシャリア。
ミナン「あぁっ! クレーナツですか! 好きって言ってましたもんね〜」
シャリア「そうなんですか。だから注文する時に声がいつもより元気だったんですね〜」

きょとんとした顔で首を傾げるクルオン。人差し指を立てるシャリア。
クルオン「え、そうなんすか? 全然自覚なかったです」
シャリア「ふふっ。自分でも気付けない一面があることは、割とよくありますからね。今日の仕事のことでもそうです」
クルオン「え?」

腕を組んで頷くミナン。サムズアップしてニッと笑いかけるディア。フォークに刺したハンバーグを咥えて首を傾げるエモ。
シャリア「本日の二度の戦闘、どちらも二人の動きに合わせられたと聞いています」
クルオン「えぇ、まぁ……」

頭を搔くクルオン。
シャリア「初日でそれだけ合わせられる人はそうそう居ません。恐らく自覚が無いんでしょうけど、クルオンさんは気遣いが人一倍できる凄い人なんですよ。ですので、もっと自分に自信を持ってもいいと思いますよ」
クルオン「は、はぁ……」

スープを掬うエモ。上目遣いでクルオンを見る。
エモ「自己肯定感が低すぎるのも、返って自分を苦しめるだけだよ? だから、多少は傲慢にならないと、この先疲れるぞー」
クルオン「そうっすね。……気をつけます」

クルオンのジョッキにジュースを注ぐミナン。緩い表情で眉を下げるクルオン。
ミナン「まぁまぁ、そう堅苦しくならないでください! 今は皆で楽しく食事をする時間なんですから!」
ディア「そうそう。もっと明るい話をしよう」
クルオン「あ〜……そうっすね」
ミナン「さっ! 今日はじゃんじゃん食べて飲んでください!」
クルオン「はい。そうさせてもらいます」

ジョッキを口元に運ぶクルオン。
クルオン(最初はどうなるのかと思ったけど、意外と悪くない滑り出しだったな……)

和気あいあいとする一同。
クルオン(けど、雰囲気がいいとはいえ、まだまだ不安なこともある。……明日も頑張んないとな)

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