「スタート・ドリーム―魔法殺しの魔法使い―」第六話

薄暗い部屋。机に足をかけて座る細い体の人影と対面に立つ長身の女の人影。
細身「不幸な事故だったなァ……まさか〝監視対象〟が護星団(スターリー)に渡るとはァ」
長身の女「私の不注意が招いた失態です。申し訳ございません」
細身「いやァ、いいよォ。得られたこともあったしなァ」

足を下ろし、机に片腕を乗せる細身の人影。白い歯を見せた大きい口角が見える。
細身「だからなァ、オマエにはアイツを奪い返してもらう。期待してるぜェ――エヌ」

感情の乏しい表情で会釈するエヌ。
エヌ「はい。ご期待に応えてみせます」

 * * *

課長室。オフィスチェアに座り、机上で書類整理するラモン。隣に立ち、机にティーカップを置くシャリア。
ラモン「あれから二日経過したけれど、クルオンくんの様子はどうだい?」
シャリア「初日と比べて、だいぶ丸くなりましたよ。まだまだ距離は感じますが、円滑な会話ができるようになりましたし、自分から話を切り出したりもしてます。ただ、一つ問題がありまして……」
ラモン「問題?」

トレイを抱え、視線を俯かせるシャリア。
シャリア「エモさんです。彼女はまだクルオンさんと打ち解けていなくて」

苦笑するラモン。
ラモン「あぁ……エモくんは難しい人柄だからね。なかなか心は許してもらえないだろう。私も未だに距離を感じてるからね。ハハハ……」
シャリア「そ、そうなんですね……知らなかったです」

スラム街の景色。
ラモン「でも、クルオンくんとは打ち解けてくれると思うよ。彼とは似てる部分があるからね」
シャリア「そうだといいんですけど……」

路地を歩く居心地悪そうなクルオン。
クルオン(とうとうこの日が来てしまった。何となく苦手意識があった人とのペア……)
エモ「クルオンくーん」

隣に並んで歩くエモ。背後で手を組み前のめりになる。
エモ「何か趣味とかないのー?」
クルオン「特にないです……」
クルオン(気まずいッ! そう思ってるのは俺だけなんだろうけど、とにかく緊張と不安で落ち着かないッ!!)

悪巧む表情のエモ。目を瞑って胸に手を当てるクルオン。
クルオン(けど、大丈夫だ。エモさんは悪い人じゃない。ただ俺がエモさんのテンションに慣れてないだけなんだ)
エモ「ふーん……」

頭の上に浮かぶこれまでの出来事。曲がり角から顔を覗かせるエモと驚くクルオン、昼食中のクルオンの隣に座って眺めるエモ、会話中のディアとクルオンの間に割り込むエモ。
クルオン(昨日は何回も話しかけてくれたんだし、明らかに俺に落ち度があるだろ)

グッと手を握り締め、引き締まった表情で空を見上げるクルオン。握り締めた方の腕に抱きつくエモ。
クルオン(よし。今日はエモさんと少しでも打ち解け)
エモ「えいっ」

目を点にさせるクルオン。
クルオン「えっ」

目を細め、じっとりとした笑顔で見上げるエモ。ふふんと声を漏らす。
エモ「クルオンくんさ、女の子と話すの苦手でしょ。だからさ――」

目を見開き、唖然とした表情のまま「あ、えっ、いや」と声が吃るクルオン。
エモ「今日は二人きりだし、クルオンくんが女の子慣れできるように、私が色々教えてあげようと思ってね」

より密接に腕を絡ませ、胸を押し当てるエモ。クルオンの耳元に口を近付けて囁く。
エモ「今日の仕事頑張ったら、皆には秘密のご褒美あげるよ」
クルオン「え、えぇ? か、考えときます……」

俯くクルオンの顔を覗き込むエモ。
エモ「ふふっ。ねぇ、クルオンくんは何か目標とかあるの?」
クルオン「え?」

目を細めるエモ。困惑した表情で顔を逸らすクルオン。
エモ「何がしたいとか何が欲しいとか、君が望んでることだよ――クルオンくんは、何のためにここで頑張ってるの?」
クルオン「そ、それは――」

爆発音。それに反応して目が覚め、真剣な顔つきになるクルオン。笑みが抜け落ち、退屈そうな表情になるエモ。
クルオン「! 今の音――」
エモ「……ちぇ」

クルオンから離れ、水晶板を片手で操作するエモ。自信無さげに眉を下げ、頭を搔くクルオン。
エモ「またバカどもが喧嘩してるかもね。ま、抗争だとしてもクルオンくんが活躍してくれるだろうし」
クルオン「いや、前の抗争はミナンさんの力が大きかったので、あんまり期待しないでくださいよ……」
エモ「ほんとに自己評価低いねー。けど――」

振り向き、微笑するエモ。
エモ「どっちにしても、クルオンくんの実力には興味あるし、頑張ってね」
クルオン「は、はい!」
エモ「それじゃ行くよ」

横に並んで路地を駆けるエモとクルオン。
エモ「……クルオンくんって、だいぶ仕事に慣れてきたよね」
クルオン「えっ? あぁ、そうっすね」
エモ「君は飲み込みが早いから、護星団(スターリー)の団員じゃなくても仕事が続くと思うけど」
クルオン「そうっすかね? 全然イメージできないですね……。ここで上手くやれてるのも、ギャングの時の経験があるからですから」
エモ「へぇ。……クルオンくんはさ、ギャングとかが蔓延る今の社会はどう思う?」

難しい顔をするクルオン。
クルオン「……難しい質問ですね。俺は、なるべくしてなった状況だと思ってます」
エモ「どうしてそう思ったの?」

城塞都市ロンバスの外側の一角にあるスラム街と、中央に建ち並ぶ高層ビル群。
クルオン「……だって、しょうがないじゃないですか。その人達の行き場所が無くなって、生きるために犯罪に手を染めるのも。そんな人達が集まってマフィアができるのも。……急に発展する社会に置いてかれたんですから」

学生服を着た二人の子供が見下ろしているフラッシュバック。
クルオン「異分子の魔法しか使えない、俺みたいに――」

地面を滑って足を止める真顔のエモ。少し進んだ先で足を止め、エモに向き直り戸惑うクルオン。
エモ「…………」
クルオン「え? と、どうしたんすか?」

両手を下ろし、足を肩幅まで広げるエモ。目だけを動かして周囲を見ている。
エモ「変だと思わない?」
クルオン「え?」
エモ「結構近くまで来たのに、最初の爆発から何の音もしないんだよ」
クルオン「あっ、確かに。それじゃあ、何かが爆発しただけとか?」
エモ「そうだとしたら、あのバカでかい音に見合う爆煙が上がってるはずでしょ」
クルオン「……つまり」

ジャケットの内側に手を入れるエモ。
エモ「目的は知らないけど、誘い込まれてるかもしれないってこと。このパターンは初めてだから、俺の勘なんだけどね。ほら、クルオンくんも警戒して」
クルオン「は、はい」

拳を構えて周りを見るクルオン。手を突っ込んだ状態で周囲を警戒し続けるエモ。
エモ「……隠れてるならとっとと炙り出すに限るか。仕方ない――魔法開」

エモの言葉を遮るように、クルオンの足元の地面に魔法陣が展開される。
魔法陣に驚き、慌てて横に跳ぶクルオン。
クルオン「!」
クルオン(空間転移魔術!?)

懐から取り出したリボルバーを魔法陣に向けるエモ。
射撃と同時に、地面から等身大の白い人形が飛び出す。
人形の体の着弾点を中心に黒いヒビが入り、黒い火花を散らして爆散する。
エモ「!」
エモ(今の人形――)

煌めく魔法陣。焦燥するクルオン。
クルオン「ダメだ! 間に合わな――」

魔法陣と共にクルオンが消える。
消滅する人形の残骸を冷淡な表情で見下ろすエモ。
エモ「クルオン目的だったかー。あいつの様子から見るに、事前に知らせてたわけではなさそうだけど、完全にグルじゃないとは言えないよね?」

細道から出てくる武装した男達に目を向ける。
エモ「ま、どっちにしろ気に食わないね。やっとじっくり品定めできる機会だったのに、こうも計画的に横取りされちゃあさ」

二十人近くの男達がエモを囲む。
嘲笑する男達とため息をついて銃を構えるエモ。
エモ「答え合わせしに行かないと――邪魔な障壁をぶっ壊して」

 * * *

暗い場所に転移し、床に尻餅をつくクルオン。
クルオン「い゛っ――!?」

目を見開き、不安混じりの焦燥した表情でしゃがむ。
クルオン(しまった! 転移された! しかも、こんな暗闇に――)

両腕に反魔力を纏わせて警戒する。
クルオン(いや、まだだ! 俺はまだ戦える状態だ! 上手く立ち回れば、ここから脱出することもできるはず――)

部屋の電灯が点き、眼前に片手を添えて目を細めるクルオン。
クルオン「っ!」
クルオン(部屋の明かりが点いた!? 近くに誰か居る――!)

背後から迫る人の気配を察知し、瞬時に振り向いて腕を振りかぶるクルオン。
エヌの首元で腕を止めるクルオン。目を見開き唖然とする。
エヌ「助けに来たぞ。クルオン」
クルオン「なっ!?」

ポケットに両手を入れ、感情の乏しい表情でクルオンを見下ろすエヌ。
クルオン「え、エヌさん――!? なんで、どうして!?」
エヌ「私がお前を気に入ってるから――それ以外に理由なんてあるか?」

反魔力が消え、混乱した様子で狼狽えるクルオン。クルオンに背を向けて部屋の出口へ歩き出すエヌ。
クルオン「そ、そんな……ほんとなんですか?」
エヌ「二度も言わせるな。護星団(スターリー)が来る前に行くぞ」
クルオン(エヌさんが俺のために助けに来てくれたのか? しかも、こんな俺を気に入ってくれてたのか。な、なら……エヌさんについて行った方がいいよな?)

――少しでもクルオンさんと親睦を深めたいんです……ダメ、でしたか?

一歩を前へ出たところで動きを止めるクルオン。
クルオン(本当に、いいのか?)

――自分にもっと自信持ってもいいんじゃないかな。
――もっと自分に自信を持ってもいいと思いますよ。

俯いて葛藤するクルオン。出口前で立ち止まり、振り向くエヌ。
クルオン(お世辞だとしても、俺を見てくれたみんなを選ばなくていいのか?)
エヌ「どうした。早くしろ」

拳を握り締めるクルオン。
クルオン「……エ、エヌさん」

恐怖を押し殺した真剣な表情を向けるクルオン。
クルオン「助けに来てくれたことは感謝してます。け、けど、すみません。俺は――この環境に居たいんです」

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