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【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-13
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▼ 初めての別れ話
1983年(昭和58年)9月
夏奈恵の部屋でキスをして、でもその先には踏み込めなかった夜。思いだす度に虚しさがこみ上げ、ついたため息の数だけ想いは募った。
そして9月のある午後。大学のキャンパスの池のほとりで、ついに私は和美に別れを告げた。
和美も予想はできていたのだろう。驚いた様子は見せなかったが、それでもゆっくりと涙を流した。その涙につい罪悪感が芽生えていたから勝手なものだ。
和美とはキス以外にもいろんな初めてを経験した。後にも先にもないような胸の高ぶりを共有し、終わりはないと思いこんだ。
けど、こんなにもあっけなく終わりを迎えることに、淡い思い出は滑稽なものへと変わっていた。思えばずいぶん恥ずかしいことも言った気がする。青春の真っただ中「愛してる」なんて中身のない台詞に酔いしれた。
酒と同じ。冷めればなんてことはない。でも、それだけでは割り切れぬ思いがくすぶった。勝手だったかも知れないが、和美に別れを告げた日だけは、そんな反省に心を沈めた。
▼ 2回目の「おはよう」
和美と別れた翌日ではあったが、プラネタリウムに行けば夏奈恵の姿を探していた。もっともっと夏奈恵のことを知りたかった。
そして夏奈恵を誰もいない客席で見つけた。
初めて会った日のように投影機の側に立ち、星に吸い上げられるように真っ直ぐ立っていた。解説台では佐藤さんが上映の準備中だった。
遠慮する必要なんかないはずなのに、佐藤さんの姿を見た瞬間、足を踏み入れてはいけない気がした。
「おはよう」
「おう、早いな」
夏奈恵から声をかけられ、つづいて佐藤さんも気の抜けた声を届けてくれた。
私は遠くから、届くか届かないかわからないくらいの声で挨拶をすませ、客席から逃げ出した。そうしてグッズ売り場で息を整え、棚の整理をしていると、まもなく夏奈恵がやってきたのだ。
「おはよう」
2回目の「おはよう」は少し怖かった。
「ああ、うん……」
「『ああ、うん』じゃないでしょ。挨拶くらいちゃんとしなよ」
「したんだけど、聞こえなかったかな……」
「しても聞こえなかったら意味ないじゃん」
「まあ、そうなんだけど……」
自然に振る舞えない自分に苛立ったのだが、夏奈恵は売り場にあった子供向けの星座表を手にすると、いつもと変わらない様子で話しをつづけた。
「溝口さんはイルカ見たことある?」
「本物の?」
「そう」
「ないけど・・・・・・」
「見にいかない?」
「え?」
「イルカの写真を部屋に置きたいの。だから自慢のカメラで撮ってよ」
やっと夏奈恵の顔を見ることができた。二つ返事だった。そして私はアルバイトが終わると、そのまま渋谷駅近くの「カメラのドイ」に向かい、奮発して新しいレンズを買ったのだった。
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かつて存在したカメラのドイ渋谷店は、現在のタワーレコード渋谷店のすぐそばにありました。リンクをクリックするとマップが表示されます。
1-14へつづく
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