鬼木達監督について
川崎での鬼木監督
川崎フロンターレを2017シーズンから8シーズンに渡って率い、クラブ初タイトルを含む4度のリーグ優勝、1度のルヴァンカップ優勝、2度の天皇杯優勝と、合わせて7つのタイトルをもたらしてきた鬼木達監督。そんな鬼木さんの川崎での歩みは大きく2つのフェーズに分けることができる、と思っている。
第1次フェーズ 2017〜2019シーズン
前任の風間八宏体制ではタイトルにあと一歩届かなかった中で、コーチから昇格という形で初めてトップチームの指揮を任されることになった鬼木さん。前任の風間さんは止める蹴るの精度にとことんこだわり、自分たちがミスしなければずっと自分たちのターン!を突き詰めていくスタイルであり、自分たちがボールを持っている時の崩しのクオリティはリーグでもトップレベルであったが、一方でボールを失った時や非保持の時のクオリティに課題を抱えるチームでもあり、タイトル争いではそうしたデメリットの面が少なからず響いてしまっていた。
そんな中で鬼木さんがこだわったのが、球際の強度や攻守の切り替えといった部分。ボールを保持する中でたとえ失っても、すぐさま奪い返しに動いて、ボールを取り返して再び自分たちのペースに持ち込む。風間さんが自分たちペースの時間をいかに長くするかという観点で設計していたのに対し、鬼木さんはいかに自分たちペースの時間へと持ち込むか、という観点の設計だったように思える。
この時期の川崎の戦い方は、片方のサイドに人数を掛けて、狭いエリアを数的優位を作ってパス交換で突破していくという戦い方が主流であった。2列目に中央の狭いエリアでも苦にせずボールを持てて捌ける中村憲剛、阿部浩之に加え、抜群のキープ力を自身の立ち位置を変えながら発揮できる家長昭博の組み合わせは、そうした戦い方をピッチ上で表現するに相応しい人材であったし、さらには抜群の動き出しで彼らが作ったチャンスをゴールに繋げる小林悠というエースストライカーも擁していた。
この3シーズンの間にリーグ2連覇を含む、3つのタイトルを獲得したのだから、そりゃ強かったわけなんだけども、弱点を挙げるとするなら中を閉じられた時の対応と、ボールロスト時の裏のスペースへの対応であろう。狭いスペースでも崩すのが得意!とはいえ、そのスペースを埋めるように人を配置されたら流石に崩すのは難しくなってしまう。また、崩しの際にかなり陣形を動かしているので、ロストの際には布陣の歪みが生じやすくなっている。即時奪回でカバーできれば問題ないのだが、そこを掻い潜られ裏のスペースに相手アタッカーとのスピード勝負に持ち込まれると、センターバックがなんとか個の力食い止められるのか否か、の瀬戸際に立たされるシーンは度々起こっていた。
第2次フェーズ 2020〜2024シーズン
川崎の戦い方が変わってきたのは、鬼木体制4年目の2020シーズンあたりからだろう。大きなトピックスとしては4-2-3-1だった基本布陣を4-1-2-3に変更したことである。
布陣を変更した理由としては2つ挙げられる。1つは編成面。これまでトップ下に君臨していた中村憲剛を大ケガで欠いた状態で開幕を迎えることになりそのポジションが空いたこと、そして何よりウイングのポジションに三笘薫、長谷川竜也、齋藤学とドリブラーが揃っていたことが大きい。彼らに中に入り込ませて狭いスペースでのパス交換に参加させるより、大外から相手DFと勝負して仕掛けられる展開に持っていった方が良さが活きやすいということである。
また、もう1つの理由はマンネリ感の打破だろう。どんなに優れた監督でも3年同じチームで指揮を執れば、多少なりとも慣れが生じてくるので、それがマイナスに働く部分もある。そうした部分を解消するのに手っ取り早いのは人を入れ替えることや布陣を変えることといった、ドラスティックなこと。鬼木さんは4年目にあたって、後者を選んだというわけだ。
布陣を変えたことによって、川崎の攻め方は徐々に変わっていく。以前はピッチの片側に人を多く集め、狭いエリアを突破しようとしていたが、2020シーズンあたりからはピッチを広く使って揺さぶりをかけながら、サイドの優位性を使って攻めるようになっていった。右サイドの山根視来&家長昭博のような鉄板の関係性ができたのもこれの影響だし、この戦い方をベースにして三笘薫はJリーグで無双して海外へと旅立っていった。小林悠に代わり、CFのファーストチョイスにレアンドロ・ダミアンが選ばれるようになったのも、彼がサイドから崩した後のクロスのターゲットとして最適な人材というのも大きかったはずだ。
じゃあ、なんでそんな川崎が最近勝てなくなったんですか、というお話である。これは端的に、主力の入れ替わりのサイクルがあまりにも早すぎた部分が大きい。上記の布陣図の中でも、守田英正に田中碧、三笘薫、旗手怜央、山根視来、谷口彰悟といったチームの核となっていたような選手たちが次々と海を渡っていき、今季もシーズン途中で大南拓磨と瀬古樹が海外に移籍していった。これを他クラブからの選手獲得と若手の成長で全部埋めるというのは、強くなったが故のあまりにも難しい問題であった。
また、その中で前提としていたベースが整わなくなってきたのも大きい。たとえば、ボール保持の部分。風間フロンターレを知らない選手たちが入ってきた選手たちは、止める蹴るにこだわり続けた在籍時の選手たちと明らかにその部分での経験値が違ってくる。また、ハイプレスからの即時奪回を狙っていた中で、ハイプレスの強度が落ちてきて剥がされるシーンが増え、その裏をカバーしていたセンターバック陣も移籍やケガで人が入れ替わったことで、そのエリアをカバーしきれなくなってきたことも戦績には間違いなく影響していた。
とはいえ、この5年間でもJリーグ連覇を含む4つのタイトルを獲得しているのは優秀という他ない。どんな時でも一定以上のクオリティを保ち続け、今季は一時残留争いに巻き込まれるのでは?、というところまで順位を落としたが、それでもチームに不協和音をそれほど感じさせず、しっかりと地力を見せて1ケタ順位でフィニッシュしたのだから、そういうチームに仕立てあげた鬼木さんの功績は十二分に評価されるべきであろう。
鬼木さんの特徴
ベースは球際の強度、攻守の切り替え
前述したように、鬼木さんが監督になってより意識付けされたのは球際の強度や攻守の切り替えといった部分。おそらく、これが鬼木さんが最も大事にしている部分であり、鹿島でもそこにはこだわっていくはずだ。
川崎みたいなボールを握って攻め続けるようなチームになるのでは?、という見方もあるかもしれないが、そこは鬼木さんの特徴というより、川崎フロンターレというクラブとしての文化の影響が大きいように思える。もちろん、鬼木さんとしてもボールを握ることに関してはもっと伸ばした方が良いと思っているだろうし、そこに対しての取り組みもしていくかもしれないが、上記で述べた強度の部分の方が優先度としては高いはず。鹿島がこれまで歩んできた文化的な部分を踏まえても、川崎ほどボールを持つことにこだわりを見せないのではないか?、と個人的には思っている。
それを考えると、現状の鹿島の戦い方からそれほど大きく変わるようなイメージはあまりない気がする。なので、武器としている部分も苦手な部分もそこまで変わらないと予想している。鬼木さん自身が鹿島OBということも相まって、新監督就任によるギャップが生まれる可能性は低いと思われるが、そこからどう自身の色を見せて、チームを上向きにしていくかは一つのカギになりそうだ。
選手たちに求めるもの
繰り返すようで恐縮だが、鬼木さんが選手たちに求めるのは強度。球際で激しくいけるか、攻守の切り替えでサボらずやれるのか、そういったところは徹底して求められていくことになる。
鬼木さんはそうした求めたものに対しての基準があり、そこを満たさない選手をピッチに立たせることはあまりない。代表的な例を挙げると、山根視来がいた時の川崎の右サイドバックは、連戦の中でもほとんど山根が固定されて起用されていた。鬼木さんの中での基準を満たさなかったので、山根以外の選手を使うに至らなかったのだろう。逆に言うと、そこを満たしている選手なら若手でも使うことに躊躇はない。やることをやれる選手ならチャンスは訪れるはずだ。
マネジメントの上手さと特徴
鬼木さんの大きな特長として挙げられるのは、人心掌握力の高さだ。川崎ではプレイヤーとしても指導者としても長く在籍したことや、コーチから監督に昇格したこと、何よりチームが強かったことも大きいのかもしれないが、「オニさん」と多くの選手に慕われていたその姿は、フロンターレのファン・サポーターでなくとも認識できるものだったし、今季の退任が決まってからの「オニさんのために」というチーム全体から感じられる姿勢は長くクラブに在籍した小林悠を中心に最終戦が近づいていくにつれてより一層深まっていくように思えた。選手層が厚く、出番を得られない選手も多く抱える中でもそうした部分をチームの中でブラさなかったのは、間違いなく鹿島でも活きてくるはずだ。
ただ、一方で新戦力のフィットやチームが定まってくるのにはやや時間がかかるかもしれない。就任初年度は開幕10試合の戦績が4勝4分2敗で首位と勝点5差の6位となっており、そこからの上昇で初優勝を勝ち取ったように、決してスタートダッシュからフルスロットルでいけたわけではなかった。また、今やチームに欠かせない存在になっている家長昭博も加入初年度はやや出遅れた感があり、チームに本格的にフィットしたのは夏場ごろだったし、その他にも他クラブから獲得した新加入選手で早々にフィットしたのは阿部浩之と山根視来くらいで、他の選手は最終的な活躍度合いは別としても、フィットに一定の時間を要している。鹿島でもその辺りは認識しておく必要があるだろう。
今後の展望
攻め筋どうする?
鬼木さんが鹿島の監督になったからといって、おそらく今の鹿島から大きく変わることはないだろう。そこまでボール保持にはこだわらず、シンプルに前線に供給して、球際の強度と攻守の切り替えで主導権を握り、相手を押し込んでいくことを目指すはずだ。自分たちのテンポを落ち着かせるためにボール保持をテコ入れしたり、ソリッドな守備ブロックからのミドルプレスをよりハイプレス寄りに移行することはあり得そうだが、それでもザーゴが監督になった時ほどのドラスティックな変化は起こらないと見ている。
気になるのは攻め筋をどう選ぶか、ということである。川崎での戦い方を見て分かるように、鬼木さんが選択する攻め筋としては大きく2つあり、狭いエリアをパス交換で突破していくスタイルと、ピッチを広く使ってサイドアタックで突破していくスタイルがある。
このうち、すぐに取り入れやすいのは後者の方だろう。ピッチを広く使うということは、個々のカバーエリアが広がり、求められる運動量も増すことになるが、スペースが広がるためにボールホルダーも受け手も余裕が持てるようになるし、何よりサイドで勝負できるアタッカーがいれば、相手を崩せる可能性はより高まってくる。前者の方が狭いスペースでボールロストせずに突破しなければならないため、カバーエリアは狭くなるが突破の難易度は上がってくる。
ただ、今の鹿島はどちらかというと独力で仕掛けられる選手より、狭いエリアでも苦にせずプレーできる選手の方が2列目に多く揃っている。仲間隼斗、樋口雄太、名古新太郎、ターレス・ブレーネルはそのタイプであり、独力で仕掛けられるのは精度に課題を抱える藤井智也くらいである。つまり、今のままのメンツで戦うなら、鹿島は難しい方に取り組んだ方が選手の個性には合っているということになる。
ただ、そのためにはボール保持にもっとこだわる必要があるし、そのための後ろの選手起用や仕組みの整備が必須になってくる。一方で、サイドアタックをメインにするなら、ターゲット役となるFWや単独で仕掛けられるサイドアタッカーの獲得は間違いなく欠かせない。その辺りを今オフの選手補強や編成でどこまで助けられるのか、そもそも鬼木さんがそれを望んでいるのか、その辺りによって攻め筋の変化が生まれてきそうな予感がする。
ユースをどうするのか
直接トップチームとは関係してこないが、気になることはもう一つ。上記は12月8日配信の時事通信社の記事だが、これによると鬼木監督就任に当たって、コーチにユースから柳沢さんを引っ張ってくる構想があるという。
これが実現した場合、否が応でもユースの指導体制は再構築を迫られることになる。今季、プレミアリーグに昇格したユースはプレミアEASTで2位と躍進を果たし、また1〜2年生にも有望な選手を多く抱えるチームになっている。指導者に多くのOBを揃え、そうした育成組織への投資が少しずつ実になりつつある状況であるのだ。その状態で監督が抜けるというのは、良い悪いは別にしてターニングポイントとなるはずだ。
問題はユースの指揮を誰が引き継ぐのかである。毎年、卒業と入学で選手が必ず入れ替わる中で、レベルが高く拮抗した状態であるプレミアリーグの座を守り続けることは決して簡単なことではない。もし、降格してしまえばトップレベルでの戦いができないことになってしまうし、昇格するにはプリンスリーグで結果を残した上で、一発勝負の参入戦で2勝する必要がある。中々に修羅の道だ。その中で、アカデミーの選手に時に厳しいことも言いながら成長を促し、より多くのプレイヤーがトップチームで活躍するような存在になったり、自身の目標を達成できるように、仕込んでいかなければいけない。ユース監督の仕事は、予想以上に大事な役職である。
流れで言えば、アカデミーのテクニカルアドバイザーを務めており、ユースの指導にも当たっている小笠原満男さんが後任になるのが自然なのだが、満男さんは果たしてユース監督に必要なライセンスを持っているのか?問題がある。もし、なければ他の人材を充てる必要があるだろう。その時の人選も一つのポイントとなってくるはずだ。
さいごに
鬼木達というカードは今の鹿島が持っている最後にして最強のカードと言えるだろう。外部の人材との関係性が薄く、お互いにギャップに苦しむことが多い中で、OBというクラブのことをよく知っている人であり、これまでの監督としての実績は文句なしで日本トップレベルである。フィットしやすい、チームを強くしてくれるという意味での良い監督を呼べる、ということは素直に評価すべきであろう。
ただ、鬼木さんでもダメならいよいよどうすんねん感は否めない。現状で切れるカードで一番強いカードを切って負けたとしたなら、いよいよ今のやり方では目標値に届かないので、アプローチの方法を変えることを考えなければならないフェーズに入ってくるだろう。その時に、今の鹿島がそれをちゃんとできるのか、大コケしないのかという点は実に怪しい部分である。
いずれにせよ、鬼木さんで上手くいくように今は準備を進めていくしかない。編成面はまさにそれである。その上で、ここ数年は持って1年半という監督のスパンの短さに終止符を打ちたいところだ。そのためには、ある程度我慢が必要とはいえ、最低限の結果を出していくことが必要になってくる。編成でどこまで整えられるかによるが、カップ戦の優勝もしくはACL出場権の獲得あたりが現実的なノルマになってくるだろう。