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レネ・ヴァイラーの解任を受けて

まあ、そうなるわなという感じだった。今季のタイトル獲得を目指しているチームにとってみれば、昨日の広島戦は優勝の望みを繋げる上でどうしても落としてはならない試合だったし、おそらく解任デスマッチだったはずだ。現場もそれを認識していたのであろう、現状で出来うる限りの準備をして臨んだ試合だった。しかし、結果は0-2の敗戦。首位の背中がさらに遠くなる結果に終わってしまい、チームのムードも明らかに下降していた。

この状況でこのままシーズンを戦っていても厳しい状況は変わりないし、リーグ戦はともかく生き残っている天皇杯ですら優勝出来るかわからない。それならば目標とする結果に手が届きそうにないので監督を切る、という判断なのだろう。これで必ずしも良くなる保証はないけれど、このまま何もしないよりはマシという判断で、2年連続の監督交代は行われることになった。

ヴァイラーに何を求めていたのか

そもそも、鹿島はヴァイラーに何を求めていたのか、という話である。鹿島初のヨーロッパ系の監督ということもあって、ザーゴを招聘してきた時のようなドラスティックな改革や現代的なフットボールへの移行を狙っていた部分もあったのかもしれないし、そう考えている方も少なくないのかもしれない。

ただ、ヴァイラー招聘について吉岡宗重フットボールダイレクターはその意図をこう答えている。

「数年結果が出ていなかったので、ヴァイラー監督に託した一番の理由は勝つため、それだけです。まず選考のフィルターにかけるのはタイトルを獲っているか獲っていないかということ。ヴァイラー監督が過去に指揮したクラブ(ベルギー・アンデルレヒト、エジプト・アルアハリ)でタイトルを獲ってきたということは何かしら勝利に対する経験を持っているということです。ウェブでミーティングしたときに、一つのことにこだわらない臨機応変さ、柔軟さがある監督だと感じました。鹿島が課題として捉えていた攻撃の停滞感を改善する術を持っているとも思います。勝ちにこだわっているという点も鹿島に間違いなく合うと思って、ヴァイラー監督に決めました」

スポニチより

これを読む限り、ヴァイラーにフロントが求めたのはスタイルの構築だったりよりも、とにかく今季結果を出してタイトルを取ることなのだ。ヴァイラーにそれを求めたということは、おそらく今季に入る前の監督選びの段階でそれが第一条件に来ていたということもあるし、それに選択肢の中で一番適していたのがヴァイラーだった、ということなのだろう。

ヴァイラーもそれに応えようとしたのだろう。ピッチ上で見せていたのは、目の前の試合をいかに勝つか、ということにフォーカスしていたサッカーだった。合流直後からしばらくは上田綺世と鈴木優磨の2トップの破壊力を最大化するために、強度を全面に押し出し、中央突破とショートカウンターでゴールを奪うスタイルで戦い続けた。そこから上田綺世が海外移籍で抜けた後は、強度が低下してきたこともあり、徐々にボール奪取位置を下げて、強度をコントロールしながら、ロングカウンターも織り交ぜていく、鹿島が戦い慣れたスタイルにシフト。現状の状況と持っている手駒を鑑みて、どうすればいかに目前の試合に勝利出来る可能性を高められるか、そういうようなアプローチで指揮をとっていた。そう考えると、ヴァイラーはフロントからリクエストされた仕事はこなしていたということになる。

しかし、肝心カナメの結果という部分は夏場に入ってから全く出なくなってしまった。フロントにしてみれば、これではヴァイラーが要求に応えられていないことになってしまうし、今年の結果を求めるという意味ではこのままではどんどんそこから遠ざかってしまう。おそらく、クラブとしてはまだタイトルを諦めてはいないのだろう。天皇杯はもちろん、リーグ戦も。だからこそ、そこにたどり着く可能性を1%でも上げるべく、今回の監督交代に踏み切ったのではないだろうか。

ヴァイラーの誤算

では、5月までは紆余曲折ありながらも首位を走っていた鹿島がなぜ急にブレーキとなってしまったのか。そこにはヴァイラーの中で3つの誤算があったのではないだろうか、と個人的には考えている。

1.上田綺世の離脱

1つは言うまでもない、上田綺世の海外移籍である。前線で起点になってくれて、フィジカルで優位性を示せる上田綺世の存在は、ヴァイラーの強度を全面に押し出したスタイルに、ゴールという仕上げをしてくれる存在として欠かせないものだったし、上田綺世ありきで構築されていた部分がある。今季の鹿島はリーグの中でも中央突破の指数がトップクラスに高いのだが、それに大きく貢献していたのが、裏抜けも得意で理不尽な形でもゴールを奪っていた上田綺世だったという訳だ。

そんな上田綺世がシーズン中に海外移籍で抜けてしまうことは、予期できたこととはいえ、チームにとっては大ダメージだった。ヴァイラーの構築していたスタイルでは特にその影響は大きく、あらためてスタイルを構築し直すか、代わりの存在を連れてくる必要に迫られたのである。ただ、スタイルを構築するにしてもこれまで上手くいっていたところから限られた準備期間の中で変えるのは容易ではないし、何より代わりが最後まで見つからなかった。エヴェラウドは復活の兆しを見せる場面もあったものの、調子の波が大きすぎて計算しづらかったし、染野唯月はヴァイラーの信頼を掴みきれずに、出場機会を求めて移籍してしまった。結局、救世主的な存在として期待されていたエレケもデッドラインには間に合わず、最後まで上田綺世の穴は埋まらなかった。

2.予想以上の強度の低下

2つ目はおそらく想定以上に選手の強度が持たなかったという事である。ヴァイラーのスタイルでは90分間、ボールにアタックし続けること、素早い攻守の切り替えを求め続けていたし、それがピッチで発揮できている時は紛れもなく相手の脅威になっていたし、成果は出ていた。

しかし、そこから疲労によりペースが落ちると、チームとして一気に後手に回ってしまう。それは上田綺世が移籍する前からの懸念事項でもあったし、夏場に入り高温多湿の中で戦うことを求められるようになれば、間違いなく憂慮されるべきところではあった。ただ、ヴァイラーはエジプトなどでも監督経験があり、そうした自身の経験からして夏場での戦い方もある程度想定はしていたのだろう。

それでも、日本の夏はヴァイラーの予想とは違うものであったし、そこに選手たちの強度は予想以上に維持できなかった。エジプトの暑さと違い、日本の夏は高温多湿で蒸し暑さが残る部分だったり、そうした気候の中が割と早い段階でやってくるということも計算外だったのだろう。5月のアウェイ広島戦やアウェイFC東京戦のような気候がヴァイラーにとっては想定外だったのだろうし、その後の夏場の試合でもここまで選手たちの強度に影響を与えるものとは思っていなかったのではないかと思われる。この部分に関しては、事前の情報共有が足りていなかったという部分もあるのかもしれないが、いずれにせよヴァイラーが初の日本での指揮ということを考えると、致し方ない部分でもあるのかもしれない。

ただ、強度が生命線のサッカーにおいて、その強度が落ちてしまいやすいというのは、シーズンを戦っていく上では致命的でしかなかった。そうしたことを考えると、上田綺世が移籍したにせよしなかったにせよ、どのみちチームはスタイルの再構築を迫られたのではないだろうか。ここの読み違えが、結果的にヴァイラーの自らの首を絞める結果となってしまったことは否定できないだろう。

3.限られた選択肢

3つ目は今の現有戦力と積み上げたものでは、あまりにも選べる術が限られていたということである。これがスタイルを再構築させるときに大きな足かせとなってしまった。

例えば、チームとしてもうちょっとボールを大事に保持したいと考えたとする。これは現状のメンバーでも時間をかければ、そこまで編成を変えずとも出来ることだろう。しかし、ザーゴ体制の時ぐらいしか、鹿島がポゼッションにこだわりを見せていた時期はないし、そこで積み上げたものは相馬直樹前監督の時に完全に更地にしてしまっている。その状況でもう一度やろうとするには、またザーゴ体制の時のようなトライ&エラーを繰り返すことになることが想定される。目の前の結果を求められているヴァイラーにとって、そんなことをしている余裕はない。だから、そうした戦い方は選べなくなってしまう。

また、完全に引いて相手を引き込むことを選んでも、同じことが言える。鹿島はこれまでずっとセンターバックの対人の強さを活かし、彼らが持ち場を出ていってもマーカーを潰し切ることで、中央の守備の強固さを維持して、守備を成立させてきた。しかし、今の鹿島のセンターバックたちは安定感や強さ、リーダーシップという意味で歴代の選手たちと比べるとまだ途上段階にあると言える状況だ。そんな中だとどうしても齟齬が生まれてきてしまう。では、センターバックの対人の強さに頼らずに守備を構築すればいいのではないかと思うのかもしれないが、今までの鹿島にそうした経験の土台はなく、どんな時でも強いセンターバックありきの状態でチームが構築されてきた。それを考えると、ポゼッションの時と同様に目の前の結果を求められているヴァイラーにそこに着手している余裕はない。そんな中で戦い続けざるを得ないので、チームとしては拮抗している状態になると守備陣の不安定さがどうしてもネックになってしまう。そうしたネックが響いてしまったのが、ここ最近勝てなかった試合で失点という形に繋がってしまっているわけだ。

監督が手を付けられない以上、ここの部分を改善したいのなら、一番即効性あるのは能力値の高い選手を連れてくること、つまりは補強である。事実、フロントもそれを感じて、動いてはいたのだろう。しかし、実際に獲得できたのはエレケ1人のみで、そのエレケも未だに合流できていない。この部分での出遅れも最終的にヴァイラーにとって大きな向かい風となってしまった。

何が必要で、何を求めるのか?

というわけで、ここまでヴァイラーが上手くいかなかった要因とヴァイラーを切ることになった要因には触れてきた。この部分に関しては賛否両論あるだろうが、フロントの判断としては結構ロジカルであり、そうした判断に至った理由についても説明がつく部分である。

問題なのは、フロントの現状認識とそれを踏まえた目標設定が果たして本当に現場に見合ったものになっているのか?目標設定に近づくための振る舞いは問題ないのか?ということである。

今の鹿島は優勝争い出来るポテンシャルはあると思う。上田綺世がいなくなってチームとしてはスケールダウンしてしまったが、それでもポテンシャルがあることに変わりはないと思うし、その中で優勝を勝ち取る資格はあるかどうかは微妙なところだが、その資格をシーズンを戦っていく中で身につけたり、タイミングを活かして引き寄せることが出来れば、タイトルを掴み取ることは可能だろう。

だが、優勝を目標にするのと、優勝をノルマにするのは同じようで違うものである。今の鹿島は優勝争い出来るポテンシャルはあるが、その中で確実に競り勝てるだけの力はまだない。川崎フロンターレや横浜F・マリノスといったライバルとはそこの部分でまだ差があるのは明らかであり、優勝する可能性を上げるにはその差を埋めて、上回る必要がある。その差というのが、チームとしてここ数年築いてきたプレー原則などの土台の部分だったり、再現性の部分であるということは、両チームと対戦して鹿島は痛いほど突きつけられてきたはずだ。

しかし、フロントの目標設定はその差を無視して、目標設定をしているようにしか現状は思えない。確かに、鹿島アントラーズというクラブは常に勝利が義務付けられているクラブであり、優勝という結果以外では評価されないという前提があるのは分かる。だからこそ目の前の結果を追い求めなければならないのは分かるが、それをここ数年続けた結果としてタイトルに届いていないのだから、このままその取り組みを続けていても、目標を達成できる可能性はいつまで経っても上がらないのではないだろうかと思えるし、むしろその差は広がることはあっても、狭まることはないのではないだろうか。

だからこそ、アプローチを変えなければならないと思ったが故に、ヴァイラーを招聘したのだろう。ただ、今までと同じ基準でヴァイラーを選び、ヴァイラーに求めていることが今までと変わらない段階で、それは本質的にアプローチを変えたとは言えないだろう。

鹿島が目指すスタイルというのは、アグレッシブに戦いながら、主導権を握りつつ、どんな相手に対しても能動的に振る舞いを変えられるというものである。特定のスタイルに拘らず型なしの境地を目指していること自体は全く問題ないが、現状の鹿島ではそこを目指すにはあまりにも土台の部分が薄すぎる。選択肢として持っているカードが少ないので、振る舞いを変えようにも選べる戦い方が限られ過ぎているのである。ここの部分に手を付けない限り、いつまで経っても本質的な差を自ら埋めることは難しくなってしまう。

今の鹿島が指導陣に求めなければならないのは、この部分ではないだろうか。ここの差が埋まらなければ、いつまで経っても現場は可能性の低いサイコロを振り続けなければならないし、その可能性を高めるための補強や選手編成というお助けがない限り、よりギャンブル性の高い勝負に挑まなければならなくなる。この状況で結果が得られなくなると、現場は真っ先に矢面に立たされて責任を取らされるわけであり、そうなると中々にやるせないものがあるし、誰もハッピーになることはない。

正しい現状認識がフロント内で共有され、それを発信して、その上でチームを作っていかなくては、鹿島アントラーズに常勝軍団復活という未来はない。ここ数年突きつけられ続けた課題に対するアンサーが、今一度クラブには求められている。

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遠征費とスタグル代に充てるので、恵んでください