歌は人を殺すだろうか
先日たまたまQueenの「ボヘミアン・ラプソディ」を聴いていて、すっと歌詞が耳に入ってきた。
Mama, just killed a man
「あ!これって殺人を告白してるんだ」
中学生の頃からずっと知っていた曲なのに、なぜか今まで全く意識をしたことがなかったことは恥よう。
考えてみればボブ・マーレーだって「I shot the sheriff」と歌っている。
英語曲にはこういうマーダーバラッド(殺人歌)があるってことは、昨年観に行った舞台『マーダーバラッド』で知ってはいた。
東理夫氏の講演案内によればマーダーバラッドはアメリカ独特のものとされているのだけれど、殺人を告白する有名曲が少なくとも二曲はあることは分かった。
さて人殺しが歌詞になっている歌を売る倫理観を、ボクらは批判したことがあるだろうか?
ざっくり30年ほど前に友人のエロマンガ家がこう言った。
「尾崎豊の『15の夜』の”盗んだバイクで走り去る”って歌詞は良くないよね。彼は人気がある歌手だからこそそういう犯罪を助長しかねない歌詞は直した方がいいと思うんだよね」
ボクは困惑した。
たしかボクは表現の自由ってものがあるし、仮にもボクらエロマンガ家だって表現者の端くれだし、批判を受けることの多い立場だよ。どう整合性をとるの?などと問い返し議論になった。
大まかな問題点になったのは
(1)ポルノはそもそも悪なのか
(2)尾崎豊は人気だからその歌詞を書けたのか?それともその作家性ゆえに人気が出たのか?
(3)歌詞などの表現が犯罪を助長しうるのか?
だったと思う。
曖昧な決着だったと思うがそれも仕方のないことだ。
(1)に関して必要悪と答えたと思うが、今のボクは悪ではないと答える。
しかし見たくない人への配慮もされて然るべしで、その線引はいまも続いている。
(2)尾崎豊のその他の楽曲に明るくないボクらがそんなこと分かるもんか!という結論に達しざるを得ない。
(3)彼はエロマンガは影響を与えないが人気曲の歌詞は与え得る答えた。ボクはどちらも与えないと答えた。
彼の内心はもちろん変えられないし発言の自由を制したことはない。時々はウンザリしたこともあるけれど(笑)
今だってたまに会えばいろんな話をするしお互いに知識も経験も増えて少し考え方も変わった。
ボクはどのような表現物であれ影響は与え得るけれど、なにがどのように影響するか分からないという立場に変わった。
ただ『15の夜』の歌詞は、30年経った今でも問題視する人がいるのは変わっていない。
マーダーバラッドや殺人を告白する歌詞が、倫理的にダメとされない理由はいろいろあるかもしれないが、誰しもがまず挙げる理由は「フィクションだから」だ。推理小説や探偵ドラマなんかと同じで、殺人なんてハードル高くて、人は容易に影響されたりはしないとボクらは信じている。
「I shot the sheriff」は、ざっくりまとめると保安官は確かに撃ったけどあれは正当防衛だし助手は撃っていない信じてくれって内容で、そう決めつけられてしまう社会背景があるってことが読み取れる。
つまりそういう抑圧があるってことをショッキングな内容で歌っているわけで、1970年代のロックやフォークソングには当たり前の表現方法だったし、尾崎豊が感じていた抑圧だったりした何かを”盗んだバイクで走り去る”と表現したことにボクにはそもそも何の問題も感じていなかったし、今もそう思っている。
尾崎豊は犯罪行為を織り込んだ歌詞を書いたし、皮肉にも違法薬物である覚醒剤の過剰摂取に伴う精神的な混乱と肺水腫によって他人の家の庭で死んだ。だけどそこに因果関係を見出すことに意味があるだろうか?
本人にそのつもりがあったかなかったかは分からないし、ご遺族には迷惑かもしれないけれど結果的にボクは尾崎豊は「全身アーティスト」だったと考えるし、だからこそ死を惜しまれているんだと思う。
ここまで楽曲や人気アーティストの表現を例にしてきたが、人気だから許されているなんてことは少なくともあり得ない。
(2)そもそも尾崎豊の詳しい楽曲を知らないボクらが、歌詞の一部について議論になったかってことに注目したい。
人気曲として多くの人に聴かれるようになったからこそ起きる議論である。
多くの人の心に影響を及ぼしたともいえる。
フィクションに描かれるハードルの高い犯罪は他人に影響を与える率は少なくて、窃盗やわいせつ行為は他人に影響を与えやすいと漠然と信じている。
だけど、翻ってみてボクたちは殺人よりは量刑が確実に低いからって理由も込みで、バイクを盗んだりするだろうか?
万引きももちろん窃盗だけど、金額が安い上に商品も小さく、おまけに言い換えられているせいでハードルが下がっていると思われてるけど、安易に万引きをするだろうか?
むしろ金額が安いからこそ買うのではないだろうか。
実は万引きには昔は窃盗罪が適用されていて、容疑者は経済的に余裕がないから被害弁済が出来ないだろうという理由で懲役刑しかなかったのだ。でもその再犯率の高さから経済的には余裕があるにも関わらず盗んでしまう窃盗癖、つまり精神的なもの、他の原因からそういう行為に及ぶことを止められないケースが多いってことが分かって罰金刑も作られたのだ。
つまり言い替えられているから万引きが減らないというのは、そもそも順序を間違った思い込みだし、金額が低いものを万引きって言い換えられているのは、それなりに整合性があるということだ。
もちろんあまりに繰り返すようだと懲役刑が適用される。
そこに横たわっているのは、これだけ啓蒙しているのに減らないのは理由があるに違いない!ってイメージの連想だ。
経済的にはずっと不況だし一般的に低所得化した日本だけど、だからといってボクらは万引きなんか普通はしない。こんなに身近でハードルの高くない犯罪行為を止めるものは、ひとつに発覚のしやすさで監視カメラなどの予防的措置も一役買っているとはいえ、やっぱり犯罪を犯さないって基本教育があるからだ。
誰しも家庭や学校でいろんなことを「やってはいけない」と繰り返し教育されることで、まぁ多少の失敗もありながら基本的には犯罪を犯さない大勢の一般市民になってゆくのは自明だ。もちろんこれは社会的に安定した国だからこそ得られる秩序で、それはとても大事なことだ。
けれど漠然と量刑の低い犯罪や性犯罪は安易に起こりうるってことになっている雰囲気はいったい何なんだろう?
分からないからとりあえず予防しておこうってことになる。
たしかにボクらはよく言うし耳にする。
「起きてからじゃあ遅いんです」って。時間を戻せないのは分かっているし、起き得ると考える悪い未来は積極的に取り除いていこうって。
それを怠って発生したとされる事件事故の加害者や責任者は、どんなに断罪されてもいいことになっている(なってない)
予防的措置をしておくことは基本的になんの問題もないんだけど、具体的にどこまで考えてどこまでやっておこうってことはコストとの相談だったりするから、可能性よりは蓋然性の高さ(ある事柄が起こる確実性や、ある事柄が真実として認められる確実性の度合い)に重きが置かれるんだとと思う。
万引き同様に代表的な性犯罪である痴漢にも誤解がある。
よく被害にあった女性に「そんな派手な格好をしているからだ」などという声を浴びせる輩がいるが、これも実は間違っている。痴漢はむしろ地味な女性、触っても声を上げなそうな女性を狙う傾向がものすごく高いのだ。
だから地味な格好で予防しておきなさいという忠告は全く的はずれだし、被害者を責めるのはお止しなさい、それになぜ加害者でなく被害者に攻撃の矛先が向かうのだ。男女ともにこのような心無い声を投げるのが、腹立たしくて仕方がないのだ。
出版業界も含むマスメディアにも責任の一端があることを承知で言うが、男がポルノに影響されて性犯罪を犯すというイメージも同時に間違ってはいないだろうか?
実際に子どもたちの問題を見てきた警察官や医者やNGOの人たちが口を揃えて「問題は起きてます」って言うのはもちろん正しい。
犯罪や犯罪まがいのことは確かに起きてるのも知っている。何も問題がないとも言わない。
しかし万引きのように再犯率が高い性犯罪について、なにか調べられているだろうか?
30年前と比べたら日本は随分変わった。
ゴミだらけだった街もキレイになった。国鉄からJRになり車内も清潔になった。昔は弁当を食べたら座席の下に放りっぱなしだったし、網棚に週刊誌を置いて降りるのは当たり前の行為だった。
この何十年という間出版業界やアダルト産業は問題視され続けて、犯罪を助長する原因だいう声に応え続けてきたことをご存じの方も多いと思う。
つまり予防的措置を続けてきたのだ。
野放図と責められるたびに落胆しながらも対話の門をずっと開き続けているのだ。
だから知りたい。
いままでやってきた予防的措置に効果があったのかどうか。
と同時に、その予防的措置には意味がないという正しさだけでは、将来起きる可能性があるかもれない不安や社会を良くしていきたいっていう正しさを納得させられないってことも薄々感じてもいる。
性犯罪被害者も「なぜ自分が?」と理由を知りたくなるだろう。
健全な社会生活に戻れなかったり、戻れても事件のことを思い出してしまうことも度々あるだろう。加害者を憎む恨む気持ちもなくなりはしないだろう。
ポルノというと印刷されたり記録されたものを想像しがちだが、その歴史は古く、中世の魔女狩りにしても今考えるとおぞましいが、死ぬ間際にどのようなことを行ったかという告白が観衆の愉しみだったのだ。
人が生み出したものだ。
人から欲望がなくならない限り、上手に付き合ってゆくしかない代物ともいえる。
だから不安を感じていたり被害にあった方には申し訳ないと思いつつも、なぜ性犯罪が起きるのか、よりマシな未来のためにきちんと知りたいと思うのだ。
人が人に為すのが犯罪なら、性犯罪だってそうだ。
もう一回ここから考えてみよう。
歌は人を殺すだろうか?
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