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著作者人格権の「不行使特約」はマズいのか?

Twitterで「著作者人格権の不行使特約があれば契約すべきでない」といった内容の意見をみかけました。

たとえばイラストレーターさんが、企業から依頼を受けてイラスト作品を納品する際に、業務委託契約書に「著作者人格権」のことが書いていなかったり、著作者人格権を行使しない意味の条文(不行使特約)が書いてあったりするのは「悪質」だから断るべきだ、といった趣旨でした。

はたして著作者人格権の不行使特約は、マズいのでしょうか? 

僕の意見をいえばこれはケースバイケースだと思います。つまり著作者人格権の不行使特約が入っているから危険(あるいは悪質)な契約書だ、とは一概にはいえません。むしろちゃんとした契約書だからこそ、不行使特約まできちんと書いてある、と考えることもできます。

もちろん、契約書がないとか、強引に不本意な契約を結ばされたとか、実際の条件と違ったとかなら不当ですが、それは著作権とはまた別の問題になるでしょう。


そもそも著作権とは?

「著作権」は、実は複数の権利を総称した呼び方で、具体的な権利にこまかくわかれています。

たとえばよく「(勝手に)コピーすると著作権を侵害する」といわれるのは、著作権のひとつである「複製権(の侵害)」のことを指しています。関連するいくつもの権利の束が、著作権です。

(ここら辺の初心者向けで具体的な説明は、たとえば文化庁のウェブサイトなどにまとまっております。)

文化庁 著作権制度の概要


著作者の権利

さて当然ながら著作権は、著作者の権利です。たとえばクリエーターさんが作品(イラスト、文章、プログラム、etc.)を納品したとき、「成果物は納品されたけれど著作権はどうなんだ?」 という問題が起こります。

なんでそうなるかというと、もともと著作権は著作者(クリエーター)が、独占できる権利だからです。「権利」なので、物として納品した後も、コントロールだけは手放さないでいることができます。


著作権は譲渡できる

依頼する際、著作権もいっしょに譲渡してもらえばよいのではないか? あなたも発注者だったら、このように考えるのではないでしょうか。おそらく「あとで面倒なトラブルにならないよう、著作権ごと買い取りたい」と思うのが自然だと思います。

それに著作権は「譲渡」することができますから、お互いに合意すれば譲ってもらうことは可能です。

ただ前述のとおり、著作権はさまざまな権利のあつまりですから、譲ってもらった著作権が著作権の全部だとは限りません。著作権は、理論上「バラ売り」ができるため、本当に全部譲渡されたかどうかに注意を払う必要があります。

そうした事情をふまえて、著作権の譲渡を定める契約書の条文は、たとえば次のようになります。著作権にさまざまな権利が含まれるため、それに配慮した表現になっていることが分かると思います。

(著作権の譲渡等)
第〇条 乙は、成果物が著作権法に規定する著作物(以下「著作物」という。)に該当する場合には、当該著作物に係る著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む。)のうち乙に帰属するもの(著作者人格権を除く。)を当該成果物の引渡し時に甲に譲渡する。


著作者人格権は譲渡できない

そしてここからが少しややこしいのですが、さまざまな権利のあつまりである著作権のうち、「著作者人格権」と呼ばれる権利は、「譲渡できない」権利であるとされています。

さっき著作権は「譲渡できる」といったばかりなのに、混乱させてしまいそうなのですが、「著作者人格権」だけは例外なのです。

著作者の名前を表示する権利(氏名表示権)や、勝手に著作物を作り変えたりされない権利(同一性保持権)などが、著作者人格権だといわれているのですが、いってみればこれらは「特別枠」ということです。

著作者人格権はその権利の性質上、クリエーターの尊厳というか精神を守るための権利であって、誰かにあげたり売ったりできるものではないという考え方です。なので、たとえ著作権が適法に譲渡されたとしても、著作者人格権だけは著作者に残るとされています。


譲渡できないならどうすればよいか

でも、「譲渡できない」と言われても困りますよね。
発注者が譲渡してほしいといい、クリエイターもそれに同意するケースもあるからです。

もうお分かりだと思いますが、そこでこの、著作者に残ってしまう権利である著作者人格権を、著作者は「行使しない」と約束するのが不行使特約です。権利は著作者に残るけれども「その権利を使わない」という意味です。

不行使特約は、具体的には次のような条文になります。

(著作者人格権の制限)
第〇条 イラストレーターは、発注者に対し、次の各号に掲げる行為をすることを許諾する。この場合において、イラストレーターは、著作者人格権を行使してはならない。
(1)成果物の内容を公表すること。
(2)必要な範囲で、成果物を甲が自ら複製し、若しくは翻案、変形、改変その他の修正をすること又は発注者の委託した第三者をして複製させ、若しくは翻案、変形、改変その他の修正をさせること。


不行使特約は「マズい契約」なのか?

以上のような構造をふまえてみますと、クリエーターが自分の権利である著作権を、譲渡できるものもできないものも含めて、その契約でどのように取り扱うかという問題であることがわかります。

ビジネスとして作品をつくるなら、価格も含め取引条件は本来、当事者間の交渉で決まります。ゆえに、「著作者人格権の不行使」にしても、自分にとってその方がメリットがある(あるいは釣り合う)と思えば契約し、そうでないと思えばそもそも譲渡しない方向で交渉すればよいです。つまりはいずれもまっとうな契約条件のひとつであり、選択肢です。

譲渡や、その結果としての不行使特約が意にそぐわないものでれば、当然、譲渡しない方向で交渉し、その結果としての契約書に自ら反映させなければなりません。

契約条件と報酬とが、ご自身のポリシーや活動方針にてらしてどうあるべきなのか、クライアントとの関係性もふまえてよく検討し、納得のいく契約にしていきたいですね。

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