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合意管轄条項の不思議

合意管轄条項は、不思議と一般の方にもよく知られている条項です。

合意管轄条項とは、たとえば以下のような条文です。
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(合意管轄)
第○条 本契約及び個別契約に関し、訴訟の必要が生じた場合には、○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

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合意管轄条項がなければ裁判ができないわけではない

当然ながら、契約書に管轄の合意をしなくても、裁判ができなくなるわけでも、無秩序に裁判所が決められてしまうわけでもありません。そもそもどのような訴えについてどの裁判所に提起されるかは、法律上のルールが決められているからです(法定管轄)。

離れた当事者との契約には、合意管轄条項が必要?

一般的にいわれていることは、「東京と大阪」のように、地理的に離れた場所にある会社が取引をすることになったら、将来的に万が一裁判になったときのために、どちらかの所在地を管轄する裁判所で訴訟をするという合意をしておくべき、ということです。

つまり、遠方の裁判所での訴訟を避けるために、自社の近くの裁判所を指定して管轄の合意をしておくことが教科書的なセオリーとなっています。自分が訴訟を起こそうとしたとき、もし遠方の裁判所で合意してしまうと、交通費などの訴訟コストがかさむだろうという判断ですね。

合意管轄を定めなかったら裁判所はどこになるのか?

裁判の管轄については、通常は「土地管轄」といって、地理的な場所に関する法定管轄があります。原則として、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所が管轄権を有します(民事訴訟法4条1項)ので、個人なら被告の「住所地」(民事訴訟法4条2項)、法人なら被告の「主たる事務所・営業所の所在地」(民事訴訟法4条4項)が、訴えるべき裁判所となります。

(普通裁判籍による管轄)
第4条
1 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。
2 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。
3 大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人が前項の規定により普通裁判籍を有しないときは、その者の普通裁判籍は、最高裁判所規則で定める地にあるものとする。
4 法人その他の社団又は財団の普通裁判籍は、その主たる事務所又は営業所により、事務所又は営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まる。
5 外国の社団又は財団の普通裁判籍は、前項の規定にかかわらず、日本における主たる事務所又は営業所により、日本国内に事務所又は営業所がないときは日本における代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まる。
6 国の普通裁判籍は、訴訟について国を代表する官庁の所在地により定まる。

民事訴訟法第4条

ただし、土地管轄にも例外(特別裁判籍)があって、財産権上の訴えについては「義務履行地」において訴えることができます。財産権上の訴えですから、契約した会社が代金を支払わないので訴える、みたいなケースがこれにあたります。この訴えの場合、被告の所在地の裁判所にも、義務履行地である売主の営業所の所在地の裁判所にも、訴えを起こせます。


契約書で裁判所を決められる根拠は?

じゃあ契約書に合意管轄条項があるのはなんでなんだというと、一定の法律関係に基づく訴えに関して書面(電磁的記録もOK)で合意することにより、第一審に限って、当事者は管轄裁判所を定めることができる、というルールにもとづくものになります。

(管轄の合意)
第11条
1 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 第1項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

民事訴訟法第11条

 
ちなみに、「書面または電磁的記録」により「一定の法律関係に基づく訴え」に関して合意する必要があります。契約書を作成して合意管轄条項で合意しているので、書面または電磁的記録の要件は、通常は満たせています。記載の方法(契約書の文言)として、「一定の法律関係」の要件があるため、たとえば「当事者間の一切の紛争に関して」などとしてしまうと「一定の法律関係とはいえない」とみられるリスクがあります。あくまでも「本契約に関して」「個別契約に関して」といった適用範囲を明確にしたいところです。

契約書では自社の近くの裁判所を合意管轄にすべきなのか?

契約書を作成するにあたっては、先に起案する側が自社の所在地を意識した書き方にするのが通常だと思います。
つまり、仮にあなたが契約書を作成して、相手方に提示するシチュエーションならば、初回のドラフトには当然、自社の所在地に専属的合意管轄裁判所を置くでしょう。

ただ、相手が遠方の会社だと、こちらで起案した契約書を提示した場合、相手にとっては逆に裁判所が「遠方」になるので、相手が自分の所在地に引き寄せるべく修正を求めてくることがあります。そうなれば交渉次第ということになりますから、話し合いでどちらかに決着させるしかありません。

もしも交渉が長引いたら考えたいこと

この「合意管轄条項」は、多くの方が知っているおなじみな条項なだけに、つい「自社の近くの裁判所」にこだわってしまう方もおられるかもしれませんが、もし、それによって交渉が長引いてしまうとしたら、非常にもったいないことだと思います。

そこに時間をかけることの意味は、多くの取引の場合、それほど多くはありません。なぜなら一般的に、訴訟に発展すること自体が割合としては少ないし、仮に「どうしても訴訟しなければならなくなった」場合には、裁判所の場所がどこであれ、結局訴訟そのものは可能だからです。迷われた場合は、少し視野を広げてみてもいいのかなと思うところです。


まとめ

合意管轄はかなり定番化した一般条項です。しかし現実のビジネスに契約書を活用していくとき、必ずしもセオリー通りでなくてはならないわけではありません。

よくある条文だけに「型」にとらわれがちですが、実際の取引相手との距離感(地理的、心理的)や、取引の内容(どの程度訴訟リスクがあるのだろうか)もよく見て、主体的に使いこなしたい条文のひとつです。 


用途別の、契約書のひな型をまとめています。あなたのビジネスにお役立てください。


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