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損害賠償条項の真実【最近の裁判例から見た契約書の有効性】

目立たない条項に潜むリスク 

あなたは契約書のひな形をみて「ここはたぶん、こう書いておくものなんだろうな」のように、気軽な気持ちで読み飛ばしてしまったことはありませんか? 

特に、契約書の一般条項(様々なビジネス契約書等に共通的に用いられる条項)は、かなり「定型化」していますから、あまり深く考えなくても、それなりに契約書らしく見えるものです。

しかし、実は一般条項にも大きなリスクが潜んでいるかもしれませんし、典型的な条文であっても、なぜその条項が必要なのか、どうしてこのように規定したのかが明確になれば、より自信を持って起案できるというものです。

そこで、今回はビジネス契約書で頻繁に使われる一般条項のひとつとして、「損害賠償条項」について解説します。この条項の意義と機能を深く理解すれば、誰でも適切な契約書の作成と運用ができるようになるでしょう。


一般的な条文例

損害賠償条項とは、たとえば以下のようなものです。

第○条(損害賠償)
甲及び乙は、相手方が契約に違反した場合には、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、契約の違反が相手方の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項に基づく損害賠償は、直接かつ通常の損害に限ってなされるものとし、かつ、賠償義務者に故意又は重過失がある場合を除き本契約に定める委託料をその上限額とする。

一般的な損害賠償条項の意義とポイント

第1項の意義

第1項(甲及び乙は、相手方が契約に違反した場合には、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、契約の違反が相手方の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。)は、契約違反による損害賠償請求権の原則を定めています。

具体的には、一方の当事者が契約に違反した場合、相手方はそれによって生じた損害の賠償を請求できることとしています。

ただし、契約違反が当事者の責めに帰すことができない事由(不可抗力など)による場合は、損害賠償責任を負わないこととしています。これは、当事者の責任を過度に拡大することを防ぐための規定です。

第2項の意義

第2項(前項に基づく損害賠償は、直接かつ通常の損害に限ってなされるものとし、かつ、賠償義務者に故意又は重過失がある場合を除き本契約に定める委託料をその上限額とする。)は、損害賠償の範囲と上限を定めています。

まず、賠償の対象となる損害は、直接かつ通常の損害に限定されます。
これは、特別な事情によって生じた損害(特別損害)や、間接的な損害については、賠償の対象にならないことを意味します。このような限定を設けることで、損害賠償責任の範囲を合理的なものにしています。

また、賠償額の上限を委託料相当額に設定しています。これは、賠償義務者の責任を委託料の範囲内に限定することで、過大な損害賠償リスクから守るための規定です。

損害賠償条項は、契約リスクの適切な配分と、紛争の予防・解決に資する重要な条項です。初心者の方も、この条項の意義と機能を理解し、適切な起案を心がけることが大切だと言えます。

よくある損害賠償条項のパターン

損害賠償の原因には不法行為もありますが、契約で問題となるのはもっぱら債務不履行による損害賠償です。よって、契約で検討すべき損害賠償とは相手方の債務不履行により損害を被った場合に、それを金銭で埋め合わせることといいかえられます。

そしてビジネス契約における損害賠償条項には、大まかに言って①単にこの原則を確認するもの(確認規定)、と、②売主が損害賠償の責任を免除したり制限したりする(つまり損害賠償のリスクを減らす)趣旨のものの2種類が、頻繁に登場します。

つまり、損害賠償条項は、契約上の義務を履行しなかったことによって生じた損害を、金銭で埋め合わせるための重要な規定です。そしてこの条項は、単に民法の原則を確認するだけでなく、売主が損害賠償責任を免除したり制限したりする趣旨で設けられることもあるということです。

債務不履行による損害賠償について深掘りする

そもそもの定義を確認しておくと、民法第415条は、債務不履行による損害賠償について定めています。債務者が債務の本旨に従った履行をしない場合や、履行が不能である場合、債権者は損害賠償を請求できます。

ただし、債務者の責めに帰することができない事由による不履行の場合は、この限りではありません。

参考:民法第 415 条
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能である ときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の 不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2  前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げる ときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

民法第415条

ようするに、民法上は損害賠償請求が認められるためには、①債務不履行、②債務者の帰責事由、③不履行と損害の因果関係という3つの要件を満たす必要があります。このうち、帰責事由とは、債務者の故意や重大な過失などを指します。帰責事由の立証責任は債務者側にあるため、債務者が自らの帰責性がなかったことを証明できなければ、損害賠償責任を負うことになります。

通常損害と特別損害という言葉の意味

また、民法第416条は、損害賠償の範囲について規定しています。賠償の対象となるのは、通常生ずべき損害(いわゆる「通常損害」)です。特別の事情によって生じた損害(いわゆる「特別損害」)は、当事者がその事情を予見すべきであったときに限って、賠償請求が認められます。

契約書にも通常損害、特別損害という用語がよく用いられます。特に定めない限り、これらの用語は、民法416条にいうところの通常生ずべき損害、特別の事情によって生じた損害、のことだと考えられます。

(損害賠償の範囲)
民法第 416 条
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2  特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったとき は、債権者は、その賠償を請求することができる。

民法第416条

具体的な意味はどのように考えられるでしょうか?
通常損害の例
たとえば、Aさんが注文していた商品がBさんから納品されなかったとします。この場合、一般的にはAさんは商品代金相当額の損害を被ったことになるので、これが「通常損害」に当たると考えられます。
特別損害の例
しかし、もしAさんがその商品を転売する予定であったのに、納品が届かなかったせいで転売益を逸失したと主張するならば、この部分が「特別損害」として認識される可能性があります。

有利な損害賠償条項とは?

ひとまず損害賠償についての、民法上の定義を確認してきましたが、一方、契約書では、損害賠償条項を定める際、当事者間で損害賠償の金額に上限を設けたり、賠償の範囲を限定したりすることで、売主の負担を一定の範囲に抑えることができます。

当事者間で取り決めた事(契約)は、原則として民法よりも優先して適用されますから、民法よりも自らに有利なルールを契約で設定しておくことができるわけです。これが契約による損害賠償条項のメリット(反対当事者にとってはデメリット)となります。

「有利なルール」というのはたとえば、契約によって賠償金額の上限を定める方法や、損害賠償を請求可能な期間を短く限る方法、特別損害を除外して通常損害のみを賠償対象とする方法などがあります。

どのように損害賠償責任を「制限」するのか?

自社を有利にするため、損害賠償責任を制限したいとして、そのような条項のことを仮に制限条項と呼ぶことにしますと、制限条項の規定の方法には
、以下のようなバリエーションが考えられます。

損害賠償範囲の限定
「現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う。」 「逸失利益については賠償責任を負わない。」等
損害賠償金額の限定 (賠償額の予定/民法 420 条)
「損害賠償の累計総額は、〇〇〇円を限度とする。」 「帰責事由の原因となった業務の委託料を限度とする。」等
請求可能な期間の限定
「納入後〇カ月間経過後は賠償請求を行うことができない。」等

制限条項の例

ちなみに、上記のように制限条項をパターンで整理しておくと、契約書を読むときもつくるときも、非常に役に立ちますので、おすすめです。

制限条項における「故意又は重過失」という念押しの意味

損害賠償の制限条項には、「故意又は重過失による場合を除く」という言い回しが付け足されることが非常に多くあります。いかにも契約書っぽい表現なのですが意味は少し分かりにくい部分です。そこで「故意又は重過失・・・を除く」という言いまわしの意味はというと、原則的な対応を確認する規定です。いわば念押しの条文表現ということになります。

というのは、まず、契約(当事者の合意)により賠償額の上限を合意で決めておけるということ自体は、有効と考えられています。

裁判例、学説の傾向

ただし、故意や重過失による損害についてまで契約で免責できるかということについては、消極的というか、ほぼ否定的に考えられています。故意による損害を免責できないのは、常識的に考えて当然でしょう。重過失の場合は(重過失の定義にもよりますが)、民法572条の趣旨や判例、学説の傾向などからはやはり免責は認められないと考えられます。

ゆえに、損害を生じさせた行為が「重過失」によるものと認定された場合には、たとえ契約により損害賠償額を制限する条項があっても、そうした免責条項が無効になる可能性が高いといえます。

過失なら免責され、重過失以上は免責されないということは、債務不履行の原因となった事象が債務者の重大な過失によるものかどうかが、損害賠償責任の制限の有効性を左右することになります。つまり契約書で損害賠償額の上限を定めていた(損害賠償責任を制限しておいた)としても、原因が故意または重過失による場合、その制限条項が適用されない可能性があります。

裁判例で損害賠償金額を制限する条項の有効性を確認する

上記の、制限条項の有効性と故意・重過失という論点について、いま一度、裁判例をつかって確認してみましょう。

ある会社が、システム開発会社に、ウェブサイト上の商品の受注システムの設計や保守を委託しました。ところが、このシステム開発会社が製作したアプリケーションの脆弱性が原因で、ウェブサイトで商品を注文した顧客のクレジットカード情報が流出するという事態が起きてしまいました。
委託者である会社は、こうした事態によって顧客対応等で被害を受けたなどとして、システム開発会社に約1億1000万円の損害賠償を求めて裁判を起こしました(東京地判平成26・1・23判時2221号71頁をもとに事例を作成。)。

さて、この当事者間にはシステムを発注するための「業務委託基本契約書」があり、損害賠償額の制限条項も書いてありました。そして、この条項ではシステム開発会社が支払う損害賠償額は、個別契約で定める金額の範囲内に限定されることになっていました。

(損害賠償)
第29条 乙が委託業務に関連して、乙又は乙の技術者の故意又は過失により、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に損害を及ぼした時は、乙はその損害について、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に対し賠償の責を負うものとする。
2 前項の場合、乙は個別契約に定める契約金額の範囲内において損害賠償を支払うものとする。

裁判例をもとに作成

しかし裁判所は、民法の瑕疵担保責任の免責に関する規定(第572条、第640条)を参照しつつ、システム開発会社に故意または重過失がある場合には、損害賠償額の制限条項は適用されないと判断しました。

本件では、システム開発会社がプログラムに関する専門的知見を活用した事業の一環としてシステム開発を受注し、委託者もそれを前提に発注していたこと、それによるシステム開発会社の注意義務の程度は比較的高度であったこと、その対策に多大な労力や費用がかかるとは認められないこと、などから、システム開発会社には「重過失がある」と認定されています。

契約書で損害賠償額を制限していても、故意や重過失による侵害の場合は、制限条項が適用されないというのが、この事例における裁判所の判断です。

以上をふまえて、契約書はどうするべきか? 3つのポイント

①重過失認定の不確実性への配慮

とはいえ現実には、ある行為が重過失にあたるかどうかの認定は非常に難しい問題です。そのため、損害賠償を請求する側としては、重過失の認定を当てにして契約交渉に臨むのは得策とはいえません。よって、自社が損害賠償を請求する側(発注者、委託者など)の場合、故意又は重過失の有無にかかわらず損害が賠償されるような趣旨の規定にしておくのが賢明です。

②消費者契約法上の配慮

さらに契約書において考慮すべきこととして、消費者契約の場合には、消費者契約法により、事業者の責任を全部免除する条項や、故意・重過失がある場合でも責任を免除する条項は無効(消費者契約法第8条1項1号、2号)とされている点が挙げられます。尚、2023年6月施行の改正消費者契約法では、一部免責条項についても、軽過失による行為にのみ適用されることを明記していない場合は無効となります。

賠償請求を困難にする不明確な一部免責条項(軽過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないもの)は無効(8条3項)
(無効となる例)法令に反しない限り、1万円を上限として賠償します
(有効となる例)軽過失の場合は、1万円を上限として賠償します

消費者契約法第8条3項の趣旨

③違約金として定める場合はメリットとデメリットを考慮する

いわゆる「違約金条項」を設ける場合、違約金は賠償額の予定と推定されます(民法第420条)。つまり、契約書に違約金条項がある場合、民法上はその違約金は損害賠償額を予定したものだと推定するという意味です。
違約金条項により、万が一の際の損害額の主張や立証の手間は省けますが、実際の損害が違約金額を上回る場合、かえって賠償額が制限されてしまう(賠償額が違約金額に限定されてしまう)リスクがあります。

例えば、売買契約で商品の引渡しが遅れた場合の「違約金」を1日あたり1万円と定めていたとします。ところが、買主は納期の遅れによって大口の取引先を失い、1000万円の損害を被ったとします。この場合、違約金条項があるために、買主は1000万円の損害のうち、違約金相当額しか賠償を受けられない可能性が出てきてしまいます。

よって、違約金条項は諸刃の剣ともいえる側面があります。損害賠償請求権者の立場からすれば、違約金額を超える損害が生じた場合にも、その超過分について賠償を請求できるような規定を設けておくことが考えられます。

まとめ


以上のように、損害賠償条項は、契約不履行による損害を適切に補償するための重要な規定ですが、その内容によっては賠償額が制限されたり、消費者契約法に抵触したりするリスクがあります。

また、重過失の認定の困難さや、違約金条項のメリット・デメリットを踏まえ、当事者の立場に応じて有利な内容となるよう工夫することが大切といえます。起案の際は、損害賠償の範囲や上限額、免責事由などを慎重に検討し、適切な文言で規定することが肝要です。

参考になれば幸いです。

以下の記事では、契約書のひな形と解説をまとめています。あなたのビジネスにお役立てください。


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