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秘密保持条項の真実 最近の裁判例を基に身近なリスクを分かりやすく解説

目立たない条項に潜むリスク 

あなたは契約書のひな形をみて「ここはたぶん、こう書いておくものなんだろうな」のように、気軽な気持ちで読み飛ばしてしまったことはありませんか? 

特に、契約書の一般条項(様々なビジネス契約書等に共通的に用いられる条項)は、かなり「定型化」していますから、あまり深く考えなくても、それなりに契約書らしく見えるものです。

しかし、実は一般条項にも大きなリスクが潜んでいるかもしれませんし、典型的な条文であっても、なぜその条項が必要なのか、どうしてこのように規定したのかが明確になれば、より自信を持って起案できるというものです。

そこで、今回はビジネス契約書で頻繁に使われる一般条項のひとつとして、「秘密保持条項」について解説します。この条項の意義と機能を深く理解すれば、誰でも適切な契約書の作成と運用ができるようになるでしょう。


家の鍵を掛け忘れたらどうなるかを想像してみてください

秘密保持条項はビジネス契約で特に重視される条項ですが、定型的な記載が多く「これでいいんだろうな」と読み流してしまいやすい条項の典型です。秘密保持条項は、いわばビジネス契約のセキュリティシステムのようなものです。家の鍵を掛け忘れたらどうなるかを想像してみてください。それと同じように、この条項を軽視すると重大なリスクが生じます。

まず、一般的な秘密保持条項の例を挙げます。

第○条(秘密情報)
1 甲及び乙は、本契約の存在及び内容、並びに本契約の締結及び履行に関連して知り得た相手方の技術上又は営業上の情報(以下、併せて「秘密情報」という。)を、次項に定める場合を除き、相手方の承諾を得ない限り、第三者に開示し若しくは漏洩し、又は本契約の目的以外に使用してはならない。ただし、以下の各号のいずれかに該当する情報は、秘密情報に含まれないものとする。
(1) 開示を受けた時に既に保有していた情報
(2) 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
(3) 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報
(4) 開示を受けた時に既に公知であった情報
(5) 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
2 前項の規定は、以下の各号のいずれかに該当する場合には、適用しない。
(1) 情報を受領した者が、自己若しくは関係会社の役職員又は弁護士、会計士、税理士等法律に基づき守秘義務を負う者に対して、自己と同様の義務を負わせることを条件に、必要最小限の範囲で秘密情報を開示する場合
(2) 適用のある法令等又は金融商品取引所規則の定めに従って開示する場合
(3) 裁判所、行政機関又はその他の政府機関の命令又は要求に基づいて秘密情報を開示する場合
3 甲又は乙は、前項第2号又は第3号の規定に基づき秘密情報の開示を義務付けられた場合には、事前に相手方に通知し、開示につき可能な限り相手方の指示に従うものとする。
4 本条に定める義務は本契約の終了後〇年間存続するものとする。

この条項の意義

秘密保持条項は、契約当事者間で開示される「秘密情報」の取り扱いについて定めており、これはビジネス上の秘密を保護し、当事者間の信頼関係を維持する上で重要です。上記のサンプル条文は、具体的には以下のことを定めています。

秘密情報を定義し、秘密保持義務を定める

第1項は、秘密情報を定義し、それに対する秘密保持義務の内容を定めています。つまり具体的には、契約当事者は、相手方から開示された秘密情報を第三者に開示・漏洩してはならず、また契約の目的以外に使用してはならない、としています。
ただし、この義務の対象から除外される情報(既に保有していた情報や、公知の情報など)を列挙することで、秘密情報の範囲を明確にしています。

秘密保持義務の例外を定義する

第2項は、秘密保持義務が適用されない場合を定めています。具体的には、法律上の守秘義務を負う者への開示、法令等に基づく開示、裁判所等の命令に基づく開示などが、義務の例外として認められています。
これにより、合理的な範囲であれば例外的に情報を開示することができるようにしています。

開示を義務付けられた場合の手続きを定める

第3項は、第2項第2号又は第3号に基づく開示を行う場合の手続きを定めています。これにより開示を義務付けられた当事者は、事前に相手方に「通知」し、可能な限り相手方の指示に従うことが求められます。これは、情報の開示に際して、相手方の利益にも配慮するための規定です。

秘密保持義務の存続期間を定める

第4項は、秘密保持義務の存続期間を定めています。契約終了後も一定期間(たとえば「3年間」など。)は義務が継続するとすることで、情報の保護をより確実なものにしています。

秘密情報明確化の3ステップ

さて、秘密保持条項において最も重要なポイントは、秘密情報の明確化です。秘密情報の範囲を曖昧にして契約してしまうと、情報の漏洩があったとき、それが秘密情報であったかどうかの判断が難しくなり、結果的に不利になる可能性があるためです。このような失敗を避けるために、秘密情報はできる限り明確に定義することが必要です。

自社の秘密情報を明確にする3ステップ
① 自社が保有する情報をリストアップする
② 相手から受け取る可能性のある情報を予測する
③ 具体的な秘密情報を契約書に記載する

秘密情報の明確化は、このように理屈上はシンプルですが、実際はなかなか難しい部分です。「何を秘密情報とすべきか」は、そもそも自社はどのような情報を保有しているのかや、相手から今後どのような情報を受領する可能性があるか、などを知り尽くしていないと検討できないためです。きちんと具体的な情報を検討したうえで秘密保持契約を締結できているのかというと、正直言って漠然と「念のために」締結しておく、といった場面の方が多いというのが実情だ思います。

そこで、せめて少しでも秘密情報の特定が容易になるように、一般的な9つの秘密情報をイメージしておきましょう

秘密情報を具体的にイメージしよう!

一般的に秘密情報とは「公開されていない、企業にとって価値のある情報」を指します。たとえば以下のようなものです。取引の際にこれらの情報がやり取りされる可能性がないか? 確認してみてください。

1. 技術情報:
特許や特許出願中の技術
研究開発の進行状況や成果
製品の製造プロセスや工程の詳細

2. 顧客情報:
顧客リストや取引先の情報
顧客との契約条件や価格交渉の内容
顧客の好みや嗜好、購買履歴

3. マーケティング情報:
ターゲット市場や競合他社分析の結果
広告戦略やプロモーション計画
マーケットリサーチの結果や調査データ
ソーシャルメディア戦略やオンライン広告の計画

4. 人事情報:
従業員の個人情報や雇用条件
給与体系やボーナス計画
リソースの配置や組織構造の変更計画
従業員の評価やパフォーマンスデータ

5. 財務情報:
収益と利益の詳細な内訳
資金調達の計画や条件
財務報告書や財務分析の結果
税務関連の情報や会計処理の方法

6. 価格情報:
原価や仕入れ値などの価格情報
値段設定戦略や価格変動の計画

7. 経営戦略・事業計画:
企業の経営戦略や事業計画の詳細情報
新規市場参入戦略や事業拡大計画

8. 製品・サービスの仕様・設計情報:
製品やサービスの仕様書や設計情報
品質管理プロセスや規格遵守の詳細

9. 販売・マーケティング戦略:
製品やサービスの販売戦略やマーケティング戦略
店頭プロモーションや展示会参加計画

これらの情報は一般的に「企業にとって重要」であり、企業の「信頼性」や「競争力」に影響を及ぼす可能性があるため、競合他社や第三者に漏洩することは極力避けるべき情報といえます。

秘密情報の具体的イメージ


情報が漏洩するとなぜ危険なのか?

さて、こうした情報が漏洩するとどうなるのでしょうか。情報漏洩のリスクをイメージしてみましょう。社内での周知や意識づけにも役立つでしょう。

① 技術情報が漏洩すると?
自社が開発した特許技術が競合他社に漏洩した場合、競合他社が自社の製品を模倣し、市場で競争力を持つことができてしまうでしょう。つまり技術情報の漏洩は、他社が製品やプロセスを模倣する可能性があり、これにより、企業の競争優位性が損なわれ、市場シェアや利益に影響を与える可能性があります。

② 顧客情報またはマーケティング情報が漏洩すると?
顧客リストと購買履歴が漏洩した場合、競合他社が、弊社と同じ顧客をターゲットにしたマーケティングキャンペーンを展開し、顧客を奪取する可能性があります。顧客情報の漏洩は、競合他社が顧客を狙った施策を展開し、顧客の流出や新規顧客の獲得競争が激化する可能性があるため、秘匿すべきです。
同様に、マーケティング戦略や新製品の計画が漏洩した場合、競合他社が同様の戦略を展開し、市場での競争が激化する可能性があります。弊社の戦略的計画や差別化ポイントが露呈され、競合他社による模倣や対抗策が生じる可能性があります。

③人事情報が漏洩すると?
弊社の従業員の個人情報が漏洩した場合、その従業員のプライバシーが侵害され、企業への信頼関係が損なわれる可能性があります。

価格情報が漏洩すると?
調達にかかる原価、仕入値、卸値など原価情報が漏洩した場合、競合他社が同等の製品をより低価格で提供することができ、競争上の変化を招くか自社の利益率が低下する可能性があります。価格情報の漏洩は、市場競争における価格戦略の崩壊や利益率の低下を招く可能性がありま
す。

=ようするにどんな危険がある?

競合他社に自社の強みを知られ、競争力を失う
人事や顧客情報の漏洩により、信用を失う、損害賠償を請求される
価格情報の漏洩により、価格交渉力を失う
製品・サービスの模倣品が出回り、売上が減少する
などのリスクが考えられます。

何がリスクになるか

秘密保持条項を起案しよう

このように秘密保持条項は「定型文」のままにせず、自社にとっての秘密情報を具体的に定義し、秘密保持義務、例外、期間、漏洩時の損害賠償、情報の返還・削除を明確にすることで、実効性のあるものにすることができます。

実効性のある秘密保持条項を作成するための6ステップ
①秘密情報の定義を具体的に記載する(具体的な情報の特定)
②秘密保持義務の内容を明確にする(目的外使用の禁止、第三者提供の禁止など)
③秘密保持義務の例外を設定する(公知の情報、独自に開発した情報など)
④秘密保持義務の期間を定める(契約終了後〇年間など)
⑤漏洩時の損害賠償を規定する(損害賠償額の設定、違約金の設定など)
⑥秘密情報の返還・削除の手続きを明示する(契約終了時の措置)

秘密保持条項の6ステップ


裁判例に学ぶ秘密保持条項のリスク対応

ここで、一つの裁判例を紹介します。ある小売店が、メーカーからの商品の仕入価格を一般に公開して安売りセールを行い、これが秘密保持義務違反にあたるなどとしてメーカーから訴えられました。この事例を通して、秘密保持条項の重要性と、実務上の対応を学びましょう。

事案の概要

「○○セール」など、安売り等の呼び掛けによって集客、販売促進するのはよくある手法ですが、本事例の販売店は、より効果的なアピールを狙ったのか、仕入価格を公開する形でセールを展開しました。
一般的に、販売店がその商品をいくらで仕入れたのかは明らかにされません。何をいくらで仕入れたかという情報は、商慣習上は秘密とされているものです。そこでこうしたセール手法を問題視したメーカー側が、仕入価格の公開が不正競争行為にあたるなどとしてこの販売店を訴えた、というケースです。

仕入価格は秘密情報か?

仕入価格はそもそも秘密情報といえるのかどうかですが、この点についてメーカー側の主張を紹介し、仕入価格が通常はオープンにされない実情を分析します。

・仕入価格が競業他社に漏れると、競争上の不利益が生じる。
・仕入価格が公開されると、卸価格は流通経路によって同じでないから、自己以外の販売業者に対する卸価格が自己に対する卸価格よりも低い場合、その販売店はメーカーに価格引下げを要求することが可能になる。
・販売店に対して仕入価格が公開されると、消費者から価格引下げの要求を受ける可能性がある。
・メーカーと販売店は、お互いに仕入価格を秘密にすることを前提として取引を行っている。
・商慣習ないし商慣習法上、メーカーは仕入価格を一般に開示してはならない義務を負う。
・メーカーの社内規定では、仕入価格情報は機密情報として取り扱われ、社内で管理されている。
・契約上の秘密保持義務により、メーカーと販売店は仕入価格を第三者に開示してはならない。書面に明記されているかどうかによらず、当事者間では仕入価格の秘密保持義務が黙示的に合意され、取引契約上の義務となっている。

平成14年(ネ)第1413号 不正競争防止法に基づく損害賠償等請求控訴事件より、争点から主張理由の一部分を要約

以上のようにメーカー側は、仕入価格の公開は競争上の不利益につながるものだし、信義則や商慣習上も許されない、といった旨の主張をしています。
そして「全体として販売店の行為が不正競争行為、独占禁止法、景品表示法、不法行為、債務不履行などの規範に反する」として、メーカー側は販売店に対して、契約の解除や不正競争防止法に基づく損害賠償請求等を行いました。

平成14年(ネ)第1413号 不正競争防止法に基づく損害賠償等請求控訴事件 平成16年9月29日判決言渡,平成16年7月7日口頭弁論終結(原審・東京地方裁判所平成13年(ワ)第10472号,平成14年2月5日判決)

秘密保持義務違反なのか?

仕入価格の秘匿が重要なことはわかりましたが、では、この事例の仕入価格の開示は結局のところ、契約違反(メーカーと販売店との間の取引契約における秘密保持義務違反)にあたるのでしょうか? 

結論としては、本裁判例では控訴人(原告、この場合はメーカー側)の請求を「棄却」しましたので、(あくまでもこの裁判例では、という意味ですが)「契約違反にはあたらない」と判断されています。「仕入価格については、秘密保持義務を負っていなかった」という、メーカー側にとっては不利な結果でした。

メーカー側はどうすべきだったか?

ひとつの裁判にもさまざまな要素が影響するため一概にはいえませんが、この裁判例を教訓にするとすれば、メーカー側は「仕入価格も秘密情報であり、販売店は秘密保持義務を負う」ということを契約書で明確にすべきだったといえます。もちろん、事前にそこまで見通すことはかなり困難ですが、秘密保持義務の対象となる情報を定義することの意義として一考に値します。

本事例のメーカーと販売店との間の契約書には「甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。」との規定がありました。ポイントは「本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料」という定義です。

裁判所は、この条項が規定されていたのが(仕入の取引契約とは別の)販売支援などに関する附随契約であったことに加え、守秘義務を負うのは「本契約に基づき取得した乙データ」であって、商品の仕入価格はこの条項によって守秘義務を負うものとはいえない(仕入価格は取引をすれば当然に取得できる情報であって「本契約に基づき取得したデータ」に該当しない。だから契約違反ではない)と判断しています。つまりこの事例においては少なくとも2つの理由で、仕入価格を秘密情報として保護の対象に含められなかったことになります。

本裁判例は秘密情報の「定義」が重要であることに加えて、同じ取引において複数契約を締結する場合に、目的が異なる一部の契約にのみ秘密保持義務を規定していても、全体として秘密保持義務違反が認められない可能性があることを教えてくれます。

「販売店契約と販売支援契約」「システム開発契約とシステム保守契約」のように、一連の取引に複数の契約が締結されることはよくあります。さらに「契約締結前合意書」や「NDA」のように、契約交渉からその後の締結という時系列のなかで結果的に契約書が複数になることもよくあることです。
全体の中の一部の契約書に秘密保持条項がある場合や、複数の契約書にそれぞれ秘密保持条項があり、それらの内容が矛盾している場合には、秘密情報の定義の不完全さと同様のリスクがあります。

仕入価格を秘匿すべきことは、やはり商慣習上当然という気がします。だからあえて契約書で明確にしなくても、仕入価格を開示されるなんてなかなか思わないものです。ただそのこと(商慣習上の常識であるということ)を、裁判上で充分な根拠をもって立証することは、容易ではありません。ビジネス上秘密にするのがあたりまえとされていても、具体的法的根拠をもって秘密にすべきと主張できるかは別問題だということがわかります。

よって今回の例でいえば「本契約に基づき取得したデータ」だけでなく「本製品の仕入価格が秘密情報に含まれる」ことまでも契約書で具体的に規定しておくべきことになります。

△条文例

甲は,本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し,理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。



改善例

甲は,本契約の内容(本件製品の仕入価格、仕入条件、個数を含むものとする。)並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し理由の如何を問わず本契約内容,当該データ,資料又はそれらの複製物を第三者に開示,譲渡,貸与もしくは使用許諾してはならない。

まとめ

契約書の秘密保持条項は、すでにありふれた条項に見えますが、実は取引の中で知った相手の秘密情報をしっかり守るための非常に大切なルールです。この条項には、秘密情報とは何か、どうやって守るのか、守る期間、守らなかった場合の対処法等が書かれています。秘密保持条項がちゃんとしていないと、情報が漏れて会社の競争力が落ちたり、損害賠償を求められることがあります。

たとえば、あなたが新しい取引で、製品の設計図を他社に渡さなければならない場合、この「設計図」が秘密情報に該当しうるでしょう。秘密保持条項には、この設計図をどうやって守るかや、他の誰にも見せないようにすることなどの義務を書きます。また、この情報を守る義務の有効期間なども決めます。契約が終わった後に返却する必要や、その後も継続して情報を守る必要があるなら、その旨や期間も明確にします。

競争力を守り、情報を適切に管理するためには、秘密保持条項を慎重に作成することが欠かせません。取引先との信頼関係を築き、会社の成長を支えるためにも、この条項の重要性をしっかり認識しましょう。


契約書のひな形をまとめています。あなたのビジネスにお役立てください。


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