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16歳の猫がその一生で教えてくれたもの

本日夕方、飼い猫が亡くなりました。2004年に拾ってからだから16年、人間で言えば80歳以上のおばあちゃんです。大往生と言ってもいいですよね。

体力はだいぶ前から落ちてて、去年から2週間おきに病院での点滴と毎日の薬でなんとか保っていましたが、実は腹水がたまり、体力的に手術もできず、レントゲンでも腫瘍が多数見つかっていて、すでにかなり衰弱していました。

思えばこの子は常に病気との戦いでした。最初は病院にも行かずでしたが、おしりの周辺が破裂する「肛門腺破裂」というのは都合3回経験しました。ある程度高齢になってから発情を抑えるために避妊手術をしたのですが、そこから腎臓病が見つかって腎臓自体はもうほんとに小さくなってしまっていました。

さらに、腎臓と膵臓の問題で激痩せし、結石で手術も行いました。何度も何度も、もう無理だと思える時期を乗り越えてきました。相当にがんばった方だと思います。

この1カ月くらいは自力で動けないほどで、少し前は、もう最後を覚悟してもいました。輸血でなんとか持ち直したものの、対処療法しかないのでいつか来るその時をなんとはなしに考えながら、なんだかぼんやりと過ごしていました。正直少しだけ、仕事も上の空になっちゃってたと思います。

今朝は、水と流動食を注射器であげて、でも口に流し込んだごはんはそのままたれてしまっていました。目の焦点も定まらず、名前を呼んでも反応は薄い。ああ、本当に今日が最後かもなぁ、とは思っていました。

で、通院のために早めに帰った妻から17:30頃に電話。妻に亡くなったのを最初に発見させてしまいました。

娘に報告したら「いないのいやだ」と泣きじゃくったそうです。

娘は寝る前に妻に、いつも一緒のクマのぬいぐるみをもって「くまちゃんは死なないもんね」と言っていました。命を失うことのつらさを、身を持って教えてくれましたね。

自分はまだ気が張っていて、事前に気持ちを整理できていたこともあって、だいぶ落ち着いています。

でもきっとどっかで、防波堤が決壊してしまうと思う。まあ、それでいいですよね。

これでやっと、嫌な病院通いも、おいしくない腎臓療法食も、点滴の注射も受けなくてすみます。ふとんのなかで猫たんぽになってくれることはもうないけど、安らかに眠ってくれたらそれでいいです。

16年間、ありがとう。

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