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転機を好機に変えるライフキャリアデザイン

2018年9月に入社した株式会社ドリームですが、6月に辞める決意をして、7/29ついに最終出社日となりました。約4年ですが、かなり有意義で濃密な時間を過ごしてきたように思います。「ティール組織」や「パーパス経営」などの経営哲学をベースに、大橋秀男社長流にカスタマイズされた自立分散型組織の元で得た経験は、何者にも変え難い貴重な財産になりました。

自立分散型組織で何をしてきたか

上司不在でのセルフマネジメントが基本で、新しい事にチャレンジしたいと言えば、やらせてもらえる風土。みんなを巻き込んで場を創る。一緒にやろうよ!やりたいように楽しもう!新設された企画チームはそんな雰囲気でした。マーケティングリサーチを試行錯誤でやってみたり、ブランド開発についてデザイナーと議論、格闘したり、葛藤の連続でもありましたが、非常にエキサイティングな商品開発が出来ました。

そんな環境下だったからこそ、こんな僕でも自己成長を果たせたのではないかと思います。最終的にはブランドの立ち上げ初期の商品開発に中核的に関わり、代表的な商品を創り上げる事が出来ました。その背景には杞憂な企画チームの支援し合う仲間と外部の強力なパートナーシップがありました。

境界を解放して共創してくれる仲間を集める

最終日、最後の挨拶の時に、大橋社長から頂いたコメントの中で印象に残った事は、「ドリームに境界の開放性を導入したのは竹中さんだった」と言っていただけました。

ドリームが目指していたのは、境界の開放性、力の流動性、情報の透明性、の3つのテーマがありました。その中でも情報を透明化してオープンにして、境界を開放して、ドリームと共創してくれる仲間を創り出すことを僕は追いかけてきたように思います。商品化のチャンスがあるプロセスに企画者を招いて、一緒にものづくりをすることが好きでした。結果的には、商品化実績に繋がったものは一つだけでしたが、外部の方がドリームで商品を創り上げる、その道筋を残せた事は、自信につながりました。

楽しく発想するクリラボを設立

それ以外にも、社外から講師を招いてクリラボワークショップを開催して、「日本一の企画会社を創りたい!」と全社を巻き込んだプロジェクトを推進しました。クリエイティブシンキングラボから始まり、頭で考えても埒があかないので、クリエイティブドゥーイングラボとして、思考だけではなく、試行するところまでをやってきました。楽しくて仕方がなかった自主プロジェクトです。こういうチャレンジも大きな器で見守ってくれているトップでした。社内と噛み合わない部分もあったり、空回りしている事も多かったと思いますが、境界を解放する事に価値を見出して見守ってくれていたのは最後まで大橋社長だったと感じています。

社外との境界を開放する外部企画

社外の企画者を招いて商品開発をする外部企画開発の流れを創りました。これは大橋社長が元ドリーム社員と始めた事ですが、僕もこの外部企画者の支援に大きく関わらせていただきました。

そして最終出社日である7/29に担当する社外企画者初の商品化が決定されました。開発期間は2年2ヶ月。売り方も考え、プロモーションも考え、各販売チャネルでどう売るかまでを模索して、営業と個別でヒアリングを積み重ね、量産の目処が立ちました。この企画は元ドリームの企画者の方が考えたコンセプトで、社内の様々な意見をヒアリングしながらも、打たれ強いコンセプトに仕上がりました。売るためのコンセプトスクリーニングテスト(CST)も実施し、定量的な評価実数も獲得しています。全社の販売チャネルでも手応えのある営業意見もたくさん頂き、まさに製品から商品に仕立てて行きました。

商品企画×マーケティングという視点

元々はプロダクトデザインから始めたキャリアですが、そこに商品企画と、マーケティングという視点が融合する事でようやく商品化がかなった瞬間を目の当たりに出来ました。途中諦めかけたこともありましたが、粘り強く企画を練り上げていった結果、ブレイクスルーとなるアイデアも盛り込みながら、ミニマルでシンプルなデザインに仕上がったと自負出来ます。

マーケティングの本質は消費者を理解することであり、さらには、社会課題という切実なお悩みに寄り添ったり、解決したりするソーシャルニーズをしっかりと把握することが先決です。ロングヒットになる商品開発の経験は唯一無二の経験です。ユニークな切り口がコアな価値としてもインパクトがあるので、記憶に残る独自性を打ち出すために1キャッチ1ビジュアルを徹底して考え抜く事も学びました。 

今後のキャリアの意思決定

3月頃から転職活動を行っていましたが、応募した企業は100社を超えました。その中で面接まで勧められた企業は数社。晴れて内定を2社より頂くことが出来ました。

どちらの企業もやってみたい事が満載で、条件面も好条件だったので、最後の最後まで悩みに悩んだ挙句、一社に決定。その間、色々な選択肢を用意して、人に相談を繰り返しながら、今後のキャリアを大きく左右するであろう意思決定を行いました。場合によっては神様にお伺いなんかもしてみたりしながら、あらゆる手段を尽くしました。

どの様な意思決定を行なったのか?

では、どの様な意思決定を行なったのか?と言いますと、結論は、僕がやりたい事とやるべき事を対比させてみて、今回はやりたい事に踏み切ったという事になります。本来自分が純粋にやってみたい!と思えるWANTなのか、今後の将来を見越してやるべきだと思えるMUSTなのか。あなたはどちらを選びますか?

なぜ転職しようと思ったのか?

人生の一大転機にもなり得る転職に踏み切ったのは、何故かと言われれば、キャリアプランを作ってみたところ、少し軌道修正するためにも転職という道が良かったといえます。
今の時代は一つの企業に属して人生終えるということはないともいえます。コロナでよりその傾向が顕著になりました。オンラインでのミーティング、リモートワークで仕事をする環境が整う事も分かりました。通勤時間が無くなったことで、副業時間にも当てられます。僕の場合は、睡眠時間を削って副業の仕事をする事が多かったですが、より働き方が柔軟になってきた事によって、本業と副業の境目がなくなっていきました。ほぼフリーランスに近い働き方をしつつ、本業は本業でやっている。
最近では週休三日制を導入する企業も増えてきていますが、まとまった休みを取るのではなくて、労働時間をフレキシブルにして行く事でより自由なパラレルワークが、可能になりそうだというところまでは掴めました。

VUCAの時代に新規事業に力を入れる企業が多くなってきた。

僕にとってはチャンスになる時代背景になってきたと実感しています。先の見えない時代だからこそ、次なる事業を立ち上げて行くことに力を入れている企業がたくさんあります。成功しているケース、状況によって様々なケースがあるかと思いますが、ゼロイチで主体的に関わっていく事が求められているのではないでしょうか。先が見えないからこそ、面白くて独自性がありわくわくするものに人は魅力されますし、面白さの中にもしっかりした根拠があれば、なるほどー!と思われますし、社会的な課題や悩み事の解決になればそこに人は愛を感じます。

僕も商品企画やデザインでは飽き足らず、次のフェーズに進みたくなりました。事業全体の企画や、グランドデザインに関わっていきたい。モノだけでなくコトも含めた物語の設計です。新規事業を創り出す側に回りたいと考えるようになりました。

次のチャレンジはそんな前代未聞の事業開発に着手したいと考えています。

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