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強い行動力を表す「いてまえ」

 関東の人に「近鉄バファローズを知っていますか?」と聞けば、どれくらいの人が「知っています」と答えるのだろう。詳しい人なら「4回も日本シリーズに出場したにもかかわらず一度も優勝していない球団」「野茂英雄が所属していた球団」「いまのオリックスバファローズの前身」などというかもしれない。そんな近鉄バファローズの打撃の愛称だったのが「いてまえ打線」である。
 ただ、この「いてまえ」は関東の人にニュアンスが伝わりにくい。「いてまえ」だから「行ってきなさい」と理解していた人もいたかもしれないが、「打線が行ってしまう?」と疑問に思ってしまう。標準語では「やってしまえ」に近いかもしれないが、関西人にすると違和感がぬぐえない。
 確かに、「いてまえ」もしくは「いてまう」は「あいつ腹立つからいてまおか」とか、「来るんやったら来んかぇ! 逆にいてもたらぁ!」という風に、暴力的な意味合いで使われることが多い。同じような意味の言葉としては、「しばく」や「いわす」があり、「あのガキ、しばく」「あいつら、いわしてもたる」という風に使う。
 ただ、「しばく」「いわす」は「ぶちのめす」「ボコボコにする」に近い具体的な行動表現で、された側の状態をイメージしやすい。だが、「いてまう」は、どのような状態まで「やってしまう」のかが判別しにくい。つまり、相手が戦闘不能になるまでの状況か、気を失うほどのダメージを与えるのか、謝罪を受ければOKなのかが分からない。
 意気揚々と帰ってきた男に対し、「どうやった?」と聞いて「おう、いてもうたったわ」では、こちらに有利な形で和解した場合も当てはまりかねない。その場合は「やってしまう」よりも「行ってきた」に近いのかもしれない。もちろん、「しばく」「いわす」と同じ状態にまで「いてもた」こともあり得るが。
 このように、「いてまえ」は婉曲的な表現だといえなくもない。また、迷ったときに自身を鼓舞するときも「いてまえ」は使われる。「どっちにしたらエエんやろ……。ええい、いてまえ!」というように。これも「やってしまえ」とはニュアンスが異なる。
 関東で「しばく」は案外知られているが、「いわす」や「いてまう」を理解できる人は少ないかもしれない。ただ、これらは感情がたかぶっているときの表現なので、注意することに越したことはない。

 「関西人VS関東人 ここまで違う言葉の常識」(河出書房新社)より
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