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定時先生!第32話 それだけ

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 遠藤は、清掃指導以外でも、中島に教わった効率的な仕事術を、積極的に取り入れていく。

 例えば、追い出し指導だ。
 帰りの会終了後の生徒は、部活など諸活動へ行くか、速やかに下校しなければならない。しかし、すぐに教室から退室せず、留まり続ける生徒がいる。大抵はおしゃべりに夢中なだけだが、いつまでも生徒だけで教室に残り下校しないようなことがあれば、帰りの遅い我が子を心配する保護者からの問い合わせや、場合によっては、物へのいたずら等の生徒指導案件が発生しかねない。そのため、担任は帰りの会終了後、クラスの生徒を教室から追い出すのだ。
 S中学校では、風紀委員や学級委員の生徒が追い出しを担うこともあるが、そのような場合でも、クラスの生徒全員の退室を担任が見届けるのが原則だ。つまり、追い出しが長引けば長引くほど、担任の放課後の時間が奪われることになる。
 だが、遠藤や委員の生徒が早く退室するよう呼びかけても、それによって帰り支度を早める者は少ない。ほぼ毎日見られるこの光景は、遠藤を苛つかせる一つの要因でもあったが、中島から授かったあまりに簡単な声かけで、劇的に改善したのだった。

「最後に退室する5人には雑用をしてもらいます」

 そう呼びかけ、残留人数を大声でカウントダウンしていく。それだけで、生徒は我先にと退室するのだった。実際に残った5人には、戸締まり程度の簡単な手伝いをさせて、帰らせる。
 中島曰く、集団への呼びかけは、対象人数が多いほど、その分生徒が自分への注意として捉える感覚が薄まってしまうという。しかし、この方法であれば、生徒は退室の必要性を意識せざるを得なくなり、途端に急ぐようになる。

「いつもの追い出しがちょっとしたゲームみたいになるでしょ。生徒も楽しそうに退室していくよ。それでも退室しない数人もいるけど、その生徒ら以外を速攻で追い出してる分、最終的にはいつもより早く職員室に戻れるよ」

 遠藤はこうして、毎日10分ほど早く職員室に戻れるようになった。平日5日で50分、つまり週あたり空き授業1回分もの余裕を得たことになる。
 
 このうえ、遠藤はさらに時間を捻出する方法を中島から教わっていた。これに関しては、夏休み明けなど区切りの折に導入するつもりだ。


「あとは、帰りの会メニューの精選。帰りの会の時間は10分間設定されているけど、うちのクラスは3分以内に終わるようにしてるよ」
「えっ、どんなメニューならそんなに早く終わるんですか」
「あれば生徒からの連絡、そして先生の話。生徒からの連絡が無くて先生の話だけなら1分以内に終わるよ」
「それだけ…?」

 中島がいたずらに何でもカットするだけのものぐさではないことを、遠藤は既に知っている。これから語られるであろう、それだけで済ませている理由に、期待を膨らます遠藤がいた。