KAGAMIプロジェクト:令和元年度 医薬基盤・健康・栄養研究所 一般公開から学んだこと その06

2019年11月09日、私は医薬基盤・健康・栄養研究所(以下同研究所)を訪れ、一般客として令和元年度 医薬基盤・健康・栄養研究所 一般公開(以下同一般公開)に参加した(1,2)。

アミノ酸はヒトの骨や肉をつくるタンパク質のもとになっている。ヒトの体内には20種類存在しており、グリシン以外の19種類には、D体(D-アミノ酸)とL体(L-アミノ酸)という鏡像異性体(キラル体)が存在する(図01, 3)。

03.アミノ酸

図01.アミノ酸って、何?。

自然界のアミノ酸は、L 体しか存在しないと長い間考えられていが、最近D体もごく微量存在することが判明している。また、D体は生命現象の起源の謎にも関連していると考えられている(図02)。

04.キラルアミノ酸

図02.キラルアミノ酸って、何?。

同研究所KAGAMIプロジェクト(以下同プロジェクト)の解析結果により、腎臓病患者において、血液のD-アミノ酸濃度が高くなっており、この濃度と患者の予後が関連することが明らかになった。この事実は、腎臓病においてD-アミノ酸が深く関与していることを意味する。
同プロジェクトでは、生体にごく微量しか存在しないD-アミノ酸に着目し、その生理学的機能解明を通じて医療応用を目指している。なお、KAGAMIは「Key Amino acids for Global Advanced Medical Innovation」の略語で、鏡像異性体と鏡のもじりである(図03,4)。

05.KAGAMIプロジェクト

図03.KAGAMIプロジェクト。

同プロジェクトは「10.万華鏡をつくろう!鏡の世界へようこそ。」で、最初にキラルに関して言及した。なお、キラルな分子は鏡像に重ね合わせることができない(図04,5)。

01.キラルって

図04.キラルって、何?。

1848年、ルイ・パスツール(フランス)は酒石酸ナトリウムアンモニウムの結晶から、その形が異なるものが2種類存在することに気づき、それらを丹念に分別した。この2種類の結晶はちょうど鏡に映したような関係にある。それらを別々に溶液として旋光性を調べたところ、右左逆方向に偏光を回転させることが分かった。すなわち単一と思われていた物質の中に、2つの形態が存在することをパスツールは示した。この結果はその後キラリティーという概念に繋がる発見で、有機化学における立体化学の始まりとなった(図05,6)。

02.分子のキラル

図05.分子のキラル。

キラル分子は地球上で発見される隕石や彗星など太陽系内では検出されているが、星間空間で検出されたことはこれまでなかった。しかし、Brett McGuire(米国国立電波天文台)氏らは天の川銀河の中心方向にある巨大な星形成領域「いて座B2分子雲」をグリーンバンク電波望遠鏡(米国)とパークス電波望遠鏡(豪州)で観測し、星間空間でのキラル分子である酸化プロピレン(CH3CHOCH2)を初めて検出した(7)。
なお、McGuire氏によると、「片方のキラル分子の存在量が他方よりも多い状態がひとたび出現したら、生物は多い方の分子でやっていくに違いありません」とのことである(8)。

同プロジェクトによるD-アミノ酸の生理学的機能解明を通じても医療応用に、私は大いに期待する。

なお、キラルを知るためには最初に有機化学を理解する必要がある。
有機化学は、生物化学、生化学、化学生物学、医薬品化学、高分子化学、および、薬学などと密接にかかわっている。即ち、生物化学などを理解するためには、最初に有機化学を理解する必要がある。
ここで、参考文献3、ならびに、5~8以外の有機化学を知るために必須な文献を以下に示す。

安藤祥司 著,熊本栄一 著,坂本寛 著,弟子丸正伸 著.ライフサイエンスのための化学.第1版 第1刷,株式会社 化学同人,2017年01月10日,216 p.
生命科学における基礎教養として、化学、特に、物理化学、有機化学、および、生物化学を知るためには、極めて有用である。

川端潤 著.ビギナーズ有機化学(第2版).第1版 第1刷,株式会社 化学同人,2013年04月10日,206 p.
本著は初学者向けであるが、有機化学における諸反応を詳しく知ることに適している。
「7章 キラル炭素と鏡像異性」(p.69-82)で、鏡像異性体に関しても言及している。

齋藤勝裕 著.炭素はすごい:なぜ炭素は「元素の王様」といわれるのか.初版 第1刷,SBクリエイティブ株式会社,2019年02月25日,192p.(サイエンス・アイ新書).
地球全体では炭素(C)が占める割合は小さく、15位にも入らない。また、地殻中でようやく15位に入る。
しかし、炭素は地殻中、しかも、ヒトなどの生物が暮らす地表に集中している。そして、この元素が栄養素、薬、プラスチック、燃料などの有機化合物を作っている事実は驚嘆に値する。

富岡秀雄 著,立木次郎 著,赤羽良一 著,長谷川英悦 著,平井克幸 著.有機化学の基本:電子のやりとりから反応を理解する.第1版 第1刷,株式会社 化学同人,2013年11月30日,206 p.
基本的な内容は『ビギナーズ有機化学(第2版)』と同様だが、電子の動きに関して詳しくかつ平易に記述している。
「第8章 有機化合物の立体構造:三次元で理解する分子の構造」(p.83-94)で、光学異性体などの立体異性体に関して言及している。

長谷川登志夫 著,牧野博幸 作画,トレンド・プロ 制作.マンガでわかる有機化学.第1版 第1刷,株式会社 オーム社,2014年03月20日,208 p.
本著は初学者向けである。また、フォローアップ(解説)も充実している。
「3.3 分子の三次元構造、分子の鏡の世界(鏡像異性体)」(p.76-84)で、鏡像異性体に関して言及している。

J. McMurry 著,伊東椒 翻訳,児玉三明 翻訳,荻野敏夫 翻訳,深澤義正 翻訳,通元夫 翻訳.マクマリー有機化学(上).第9版 第1刷,株式会社 東京化学同人,2017年01月23日,560 p.
J. McMurry 著,伊東椒 翻訳,児玉三明 翻訳,荻野敏夫 翻訳,深澤義正 翻訳,通元夫 翻訳.マクマリー有機化学(中).第9版 第1刷,株式会社 東京化学同人,2017年02月10日,440 p.
J. McMurry 著,伊東椒 翻訳,児玉三明 翻訳,荻野敏夫 翻訳,深澤義正 翻訳,通元夫 翻訳.マクマリー有機化学(下).第9版 第1刷,株式会社 東京化学同人,2017年02月27日,440 p.
これらの書籍は大学生以上の人向けだが、本格的に有機化学を学ぶには極めて有用である。
生命科学を学ぶ人は特に、「25.生体分子:糖質」~「29.代謝経路の有機化学」(p.986-1190)を熟読すべきである。
「化学余話 テルペン:天然に存在するアルケン」(p.281-282)から、精油に含まれるテルペンは石油に近いことがよくわかる。 
「5.四面体中心における立体化学」(p.131-168)でキラルやキラリティーに関して言及している。一方、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction:PCR)に関しても言及している(p.1131-1132)。

参考文献
1 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所.“令和元年度 医薬基盤・健康・栄養研究所一般公開の開催について【11月9日(土)】”.医薬基盤・健康・栄養研究所 ホームページ.医薬基盤研究所(NIBIO)のお知らせ.2019年07月01日.https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2019/07/005997.html,(参照2020年02月15日).
2 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所.“(当日の企画を掲載しました)令和元年度 医薬基盤・健康・栄養研究所一般公開の開催について【11月9日(土)】”.医薬基盤・健康・栄養研究所 ホームページ.医薬基盤研究所(NIBIO)のお知らせ.2019年11月05日.https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/2019/11/006087.html,(参照2020年02月15日).
3 株式会社 島津製作所.“誘導体化を必要とせず、わずか10分でキラルアミノ酸を高感度に一斉分析する「LC/MS/MSメソッドパッケージ DLアミノ酸」発売- 発酵食品や臨床分野、アンチエージング研究などに貢献 -”.島津製作所 ホームページ.ニュース.2017.2017年03月17日.https://www.shimadzu.co.jp/news/press/n00kbc000000axhw.html,(参照2020年04月07日).
4 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所.“研究内容”.国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 KAGAMIプロジェクト ホームページ.https://www.nibiohn.go.jp/KAGAMI/research/,(参照2020年03月03日).
5 静岡県立大学 薬学部 医薬品創製化学分野.“第5章 立体異性体”.Hamashima Laboratory トップページ.授業.基礎化学.https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/lsocus/text/kiso_5_1.pdf,(参照2020年03月04日).
6 Chem-Station.“酒石酸にまつわるエトセトラ”.Chem-Station ホームページ.一般的な話題,化学者のつぶやき.2015年11月27日.https://www.chem-station.com/blog/2015/11/tartaricacid.html,(参照2020年03月05日).
7 株式会社 アストロアーツ.“星間空間で初めて見つかったキラル分子”.アストロアーツ ホームページ.カテゴリー.恒星・銀河.2016年06月20日.https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/871_chiral,(参照2020年03月07日).
8 ネイチャー・ジャパン株式会社.“宇宙にキラル分子”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 13 No. 10.News Scan.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v13/n10/%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%81%AB%E3%82%AD%E3%83%A9%E3%83%AB%E5%88%86%E5%AD%90/78892,(参照2020年03月07日).

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