『がん患者の心臓を守る! 腫瘍循環器学Q&A』を読む:腫瘍循環器学は始まったばかり

2018年03月26日、私は『がん患者の心臓を守る! 腫瘍循環器学Q&A』(以下同著,[1])を入手し拝読した。

同著では、腫瘍循環器の詳細、がん治療に伴う心毒性、特にがん治療と心機能障害・血管障害・不整脈、がん関連血栓塞栓症、並びに、心臓腫瘍に関する詳細が記載されている。

その一部を以下に示す。

1.      米国では2000年にテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターに、世界初の「Onco-cardiology unit」が設置され、2010年に「がんと心臓病に関する国際会議」が初めて開催された。一方、日本では2010年に大阪府立成人病センター(現.大阪国際がんセンター)に国内初の「腫瘍循環器外来」が開設された(1のp.2~5)。

2.      放射線治療や様々な抗がん剤は心血管毒性を引き起こすことがある(1のp4~5,p.24~26)。

3.      有症候性の心不全に対しては、化学療法を中止し、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬やβ遮断薬の投与を行う。一方、無症候性の心機能障害に対しては、アルゴリズムに沿った経過観察や薬物療法が推奨される(1のp.62~64)。

4.      抗がん剤の心毒性に対して確立された予防法はないとはいえ、デクスラゾキサン、ACE阻害薬、β遮断薬、及び、スタチンはその心毒性を予防する臨床データが存在する(1のp.65~66)。

5.      原発性心臓腫瘍は非常に稀な疾患で、その75%は良性で、25%は悪性である(1のp.138~139)。一方、転移性心臓腫瘍は原発性心臓腫瘍よりも高頻度で認められ、その原発がんは肺がん、乳がん、血液悪性腫瘍、消化器系がん等である(1のp.140~141)。

 

2018年03月14日、私は一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ(以下JAMT)海外がん医療情報リファレンスで米国国立がん研究所(NCI)の記事「Treating Cancer without Harming the Heart」([2]、以下同記事)を翻訳し終えた。その拙翻訳記事が「がん治療により高まる心機能障害リスク」である([3])。

この記事には、心毒性として知られるがん治療に関連した心血管系の副作用が言及されている。こうした副作用には、心機能障害、並びに、高血圧、不整脈、心不全などの心血管障害が含まれる。

そして、以下の臨床試験に関しても言及されている。

1.      USF試験:トラスツズマブ(ハーセプチン®注射用)が投与された乳がん患者の心毒性が、リシノプリル錠または徐放性カルベジロールリン酸塩水和物錠の投与によって軽減されるかどうかを評価するランダム化第2相試験。

2.      スタチンを用いたアントラサイクリン系薬剤による心毒性の予防(the Preventing Anthracycline Cardiovascular Toxicity with Statins:PREVENT)試験:アトルバスタチン錠の投与がアントラサイクリン系薬剤治療歴のある乳がん患者やリンパ腫患者の心毒性の軽減または予防に有効かどうかを検討する。なお、スタチン製剤のがん治療における有用性は、コレステロール低下作用よりもむしろ抗炎症作用によるものと思われる。

 

なお、2018年09月21日、同記事は「Heart Problems: Investigating the Cardiac Side Effects of Cancer Treatments」に改訂された([4])が、その翻訳記事が「心疾患―がん治療の心臓副作用の研究」である([5])。

 

また、2018年03月26日、NCIの記事「Higher Risk of Heart Failure Seen in Some Cancers」([6])が発表された。その翻訳記事が「一部のがん患者で心不全リスクが高まる」である([7])。

この記事には、以下のことが言及されている。

1.      がん診断から5年以内で、乳がんやリンパ腫の患者はがんに罹患していない人と比較して、心不全リスクが3倍高かった。また、20年以内では、心不全発症率は、がんサバイバーで10%、対照群で6%であった。

2.      ドキソルビシン治療を受けた患者では、他のがん治療を受けた患者と比べて心不全のリスクが2倍高かった。

3.      全体的に見ると、がん治療を受けた患者では7%が心不全を発症しているのに対し、対照群では3%であった。

4.      ある臨床試験で、リシノプリル錠とカルベジロール錠はどちらも、トラスツマブ及びアントラサイクリン系抗がん剤治療を受けた乳がん女性の心臓への毒性を抑制した。一方、別の臨床試験で、カルベジロールがアントラサイクリン系抗がん剤治療を受けた乳がん女性の心機能障害を低減させた。

 

なお、上記の3つのNCI記事の翻訳記事は、同著の内容と大いに関連する。

 

一方、マウスを使用した研究で、高用量ドキソルビシン(アドリアシン®注)が心臓において急性期にTRPC3-Nox2タンパク複合体数を増加させ、酸化ストレスを誘発することで心筋細胞を萎縮させることが明らかになった([8])。

 

様々な文献([9])からある種の抗がん剤は心血管毒性を引き起こす可能性自体はよく知られているとはいえ、腫瘍循環器学と言う新たな診療分野が本格的にがんと循環器の両者が重なった領域を取り扱う([10])。

 

腫瘍循環器学の発展が、がん患者だけでなく、その家族と医療従事者の福音になることを私は強く願う。なぜなら、がん患者やがんサバイバーが適切な心血管毒性に対する予防や治療を体系的に且つ的確に受けることで、がん治療由来の循環器疾患による死を回避できるからである([11])。

 

同著は腫瘍循環器学と言う新たな学問の入門書として、非常に有用である。

 

余談だが、腫瘍循環器学に関する一般向けの最新情報を調べたところ、以下の記事などが見つかったが、これもまた必読である。

1. 公益財団法人 循環器病研究振興財団による、「知っておきたい循環器病あれこれ」第143号「がんと心臓病 ──なぜいま「腫瘍循環器学」なのか」([12])。

2. 国立研究開発法人 国立がん研究センターによる、第15回がんサバイバーシップ オープンセミナー「がんサバイバーに対する循環器サポートの必要性」~Cardio-Oncologyの現状と今後への課題~([13])。

3.ドキソルビシン(アドリアマイシン)は多くの小児および成人のがんの治療に使用されるが、心臓に有害な薬剤の1つである。

HEART試験の結果から、ドキソルビシンの各投与前にデクスラゾキサン(Zinecard[ジネカード]、日本ではサビーン点滴静注用)を投与すると、小児がんサバイバーが成人後に、治療に関連した心臓疾患を抱えるリスクが大幅に減少することが示されている([14][15])。

4.腫瘍循環器の広場 CANCER CARDIO-NET([16])。



参考文献

[1] 伊藤浩・向井 幹夫 編集.がん患者の心臓を守る! 腫瘍循環器学Q&A.第1販 第1刷,株式会社 文光堂,2018年03月21日,160 p.

[2] National Cancer Institute.“Treating Cancer without Harming the Heart”.National Cancer Institute ホームページ.About Cancer.Cancer Treatment.Research.2015年12月07日.https://www.cancer.gov/about-cancer/treatment/research/cardiotoxicity,(参照2023年04月08日).

[3] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“がん治療により高まる心機能障害リスク”.海外がん医療情報リファレンス ホームページ.がん記事一覧.小児がん.2018年05月07日.https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/syounigann/post-59034.html,(参照2023年04月08日).

[4] National Cancer Institute.“Heart Problems: Investigating the Cardiac Side Effects of Cancer Treatments”.National Cancer Institute ホームページ.News & Events. Cancer Currents Blog.2018年09月21日.https://www.cancer.gov/news-events/cancer-currents-blog/2018/cancer-treatment-heart-side-effects,(参照2023年04月08日).

[5] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“心疾患―がん治療の心臓副作用の研究”.海外がん医療情報リファレンス ホームページ.がん記事一覧.がん治療.2018年05月07日.https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/gann-tiryou/post-61117.html,(参照2023年04月08日).

[6] National Cancer Institute.“Higher Risk of Heart Failure Seen in Some Cancers”.National Cancer Institute ホームページ.News & Events.Cancer Currents Blog.2018年03月26日.https://www.cancer.gov/news-events/cancer-currents-blog/2018/increased-heart-failure-risk,(参照2023年04月08日).

[7] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“一部のがん患者で心不全リスクが高まる”.海外がん医療情報リファレンス ホームページ.がん記事一覧.乳がん.2018年04月21日.https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/nyuugann/post-59067.html,(参照2023年04月08日).

[8] 国立大学法人 京都大学.“抗がん剤で心筋が萎縮する機序を解明 -抗がん剤の副作用軽減に期待-”.京都大学 ホームページ.研究・産官学連携.研究成果.2017年08月04日.http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/170803_1.html,(参照2023年04月08日).

[9] 森武生 監修, 東京都立駒込病院化学療法科 著.研修医・看護師・薬剤師のためのまちがいのない抗癌剤の使い方 第2版 増補版:抗癌剤を毒薬にしないために.第2版増補版 第1刷,株式会社 三輪書店,2007年04月20日,213p.

[10] 国立大学法人 筑波大学 附属病院.“腫瘍循環器外来”.筑波大学 附属病院 ホームページ.来院・入院の方.専門外来.http://www.hosp.tsukuba.ac.jp/outpatient/special/oncardi.html,(参照2023年04月08日).

[11] 一般社団法人 日本腫瘍循環器学会.“理事長の挨拶”.日本腫瘍循環器学会 トップページ.学会概要.https://j-onco-cardiology.or.jp/overview-menu/greeting/,(参照2023年04月08日).

[12] 公益財団法人 循環器病研究振興財団.“第143号 がんと心臓病 ──なぜいま「腫瘍循環器学」なのか”.公益財団法人 循環器病研究振興財団 ホームページ.一般のみなさまへ.知っておきたい循環器病あれこれ.https://www.jcvrf.jp/general/pdf_arekore/arekore_143.pdf,(参照2023年04月08日).

[13] 国立研究開発法人 国立がん研究センター がん対策研究所.“第15回がんサバイバーシップ オープンセミナー「がんサバイバーに対する循環器サポートの必要性」~Cardio-Oncologyの現状と今後への課題~”.国立がん研究センター がん対策研究所 トップページ.各部の紹介.がんサバイバーシップ支援部.プロジェクト.がんサバイバーシップを学ぶ・語る「公民館カフェ」「ご当地カフェ」「オープンセミナー」(平成27年度から令和元年度まで).オープンセミナー.https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/05survivor/pdf/15OS.pdf,(参照2023年04月08日).

[14] 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“デクスラゾキサンは、がん治療中の子どもの心臓を長期的に保護する”.海外がん医療情報リファレンス ホームページ.がん記事一覧.小児がん.2023年04月05日.https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/syounigann/post-12077.html,(参照2023年04月08日).

[15] キッセイ薬品工業株式会社.“サビーン点滴静注用500mg”.KISSEI Madical Navi トップページ.製品情報.https://med.kissei.co.jp/product/SAVENE_injectable_500mg.html,(参照2023年04月08日).

[16] 株式会社 医科学出版社.“腫瘍循環器の広場 CANCER CARDIO-NET トップページ”.https://www.cancercardio.net/index.html,(参照2023年04月08日).

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