精神腫瘍学とがん哲学外来:ジャパンキャンサーフォーラム2021を介して、ジャパンキャンサーフォーラム2018を振り返る その04

PDF版は「04.精神腫瘍学」をダウンロードしてください。

2018年08月12日、私は一般客としてジャパンキャンサーフォーラム2018(以下JCF2018)に参加した(1)。

私はJCF2018で、セミナー「精神腫瘍学」(2)と「がん哲学外来」(3)を受講した。
いずれのセミナーも考えさせられるもので、一言では言及できなかった。
 
2021年08月21日、ジャパンキャンサーフォーラム2021(以下JCF2021)では、がんサポ喫茶止まり木(4)とがん哲学外来カフェ柿田川(5)が参加した(6)。

本記事で、精神腫瘍学やがん哲学外来関連サイト等を紹介する。

1.精神腫瘍学
 一般社団法人 日本サイコオンコロジー学会.“日本サイコオンコロジー学会 ホームページ”.https://jpos-society.org/,(参照2021年09月04日).
ページ「サイコオンコロジーとは」には、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の定義が記されている。
また、ページ「サイコオンコロジーの実際」を見ていると、精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)の重要性を痛感する。
 国立研究開発法人 国立がん研究センター 先端医療開発センター.“医薬品開発グループ 精神腫瘍学開発分野(柏)”.先端医療開発センター トップページ.グループ紹介.https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/index.html,(参照2021年09月04日).
精神腫瘍学開発分野(柏)は、精神腫瘍学における最先端研究開発、特にせん妄に対するマネジメントプログラムと高齢者のがん医療における意思決定支援方法の開発に関わっている。
 特定非営利活動法人 日本緩和医療学会.“開催報告”.がん治療医が今日からできる診断時からの緩和ケア 2013年10月06日(日) 13:00-17:00 トップページ.http://www.kanwacare.net/sympo/25/information.html,(参照2021年09月04日).
平成25(2013)年10月6日(日)、聖路加看護大学で、シンポジウム「がんと診断された時からの緩和ケア~がん治療医が今日からできる診断時からの緩和ケア」が開催された。
このページから、同シンポジウムにおける緩和ケア医や精神腫瘍医などの立場から見たがん診断時からの緩和ケア関連資料がダウンロードできる。
 公立大学法人 名古屋市立大学 名古屋市立大学病院.“サイコオンコロジー外来”.名古屋市立大学病院 ホームページ.喜谷記念がん治療センター.活動報告.https://w3hosp.med.nagoya-cu.ac.jp/kidani-gancentre/activity/psychooncology/,(参照2021年09月04日).
サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の詳細が簡潔に記載されている。
 グリーンルーペ がんを「知る」プロジェクト.“グリーンルーペ がんを「知る」プロジェクト ホームページ”.https://greenloupe.org/,(参照2021年09月04日).
グリーンルーペは、がん体験者や家族が「がんになる前に知っておきたかった!」を発信するプロジェクトである。なお、そのYouTubeページでは、精神腫瘍学関連動画が閲覧できる(7)。
 大津秀一 著.死ぬときに人はどうなる 10の質問.第4刷,株式会社 致知出版社,2010年11月10日,271 p.
私にとって、本著は非常に「重過ぎる」本である。
私が言及できることはただ1つである。それは、人間は真摯に死と向き合うことで初めて、真摯に生と向き合えることである。なぜなら、死は人間にとって、不可避な現象で、かつ、生と「表裏一体」だからである。

2.がん哲学外来
 一般社団法人 がん哲学外来.“がん哲学外来 ホームページ”.http://www.gantetsugaku.org/,(参照2021年09月04日).
ページ「がん哲学外来とは」には、がん哲学外来の定義が記されている。
ページ「マンガで見る、がん哲学外来 日向ぼっこ」はがん哲学外来を分かりやすいように紹介している。
 がん哲学外来市民学会.“がん哲学外来市民学会 ホームページ”.http://shimingakkai.org/,(参照2021年09月04日).
一般社団法人 がん哲学外来に所属する。
本学会は、患者・家族が「笑顔」を取り戻せる社会の実現を目指している。
 公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団.“「がん哲学外来 メディカル・カフェの手引き」”.在宅医療助成 勇美記念財団 ホームページ.いろいろなご案内.小冊子のご紹介.http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/docs/booklet/booklet20.pdf,(参照2021年09月04日).
がん哲学外来とメディカル・カフェが分かりやすく解説されている。
「電子計算機時代だ、宇宙時代だといってみても、人間の身体の出来と、その心情の動きとは、昔も今も変ってはいないのである。 超近代的で合理的といはれる人でも、病気になって、自分の死を考へさせられる時になると、太古の人間にかへる。その医師に訴へ、医師を見つめる目つきは、超近代的でも合理的でもなくなる。静かで、淋しく、哀れな、昔ながらの一個の人間にかへるのである。その時の救いは、頼りになる良医が側にいてくれることである。」という吉田富三(以下敬称略)の発言はがん治療や緩和ケアなどの本質を捉えている。

話は変わるが、私は精神腫瘍学やがん哲学外来をより詳しく理解するために、2019年08月28日~10月23日に「gacco: ga080 memento mori-死を想え」(以下同講座,8)を受講した。
私は同講座で、宗教民俗学という学問を初めて知った。
ここで、同講座に提出した最終レポートを紹介する。なお、このレポートは精神腫瘍学やがん哲学外来に関連するものである。

私は宗教民俗学という学問を初めて知った。

私は宗教民俗学を知らないので、同講座の感想全般と「タブー視される死」の一部に関して述べることにする。

『九相図』から、人間を含む全ての生物は死ぬ運命にあることを思い知らされた。一方、『死―宮崎学写真集』から、「ある命の死は別の新たな命の出発」であることも思い知らされた。

フランスの社会史学者フィリップ・アリエスは『死と歴史』などで、中世以降~現代までのヨーロッパにおける死に対する態度の変遷に言及した。
なお、死に対する態度の変遷を以下に示す。
「飼いならされた死」→「己の死」→「汝の死」→「タブー視される死」(19世紀後半以降:「死を忌む習俗」が登場した)
特に、「タブー視される死」において、20世紀半ばでは、「死は恥ずべきもの」になった。
日本でもアリエスの理論は当てはまるとはいえ、以下の点で異なる。
「飼い慣らされた死」:生と死が以前はあまり完全な断絶するものとは見做されていなかった。
「己の死」:墓碑銘の習慣などは早いところでは鎌倉以降に始まった。一般の庶民による個別化は江戸時代後期以降に実施された。
「汝の死」:他の東アジア諸国では、葬式の時に泣き女が人前で泣くことが儀礼的に行われるが、日本ではそうではない。
「タブー視される死」:日本では1970年代の半ば過ぎから、病院での死が自宅での死を上回るようになり、現在の都市部では80~90%は病院で亡くなっている。
死がタブー視される背後に、「娯楽としての死」、即ち、フィクションやニュースなどで他者の死を娯楽として楽しむ現象が存在する。

日本では、乳幼児死亡率は1947年以前では高かったが、現在では世界で最低に達している。
一方、1975年から75歳以上の高齢者の死亡が増加している。2015年における死亡者の60%は80歳を超えた人たちで占められている。即ち、日本社会は超高齢多死社会になっている。

それゆえ、日本では、1947年以前では死は余りタブー視されなかった。一方、1970年代では、がん告知が本人に対して行われずに、その親族に対して行われたことから分かるように、死がタブーとされてきた。しかし、1990~2000年頃から、がん告知が本人に対して行われ始めた。2012年の論文から、告知率が73.5%に達していることが示される。こうなった理由は、新規のがん治療薬により、患者の5年生存率が上昇したことに由来する(9)。

がん治療に関していえば、新薬のおかげで患者の5年生存率が上昇しており、また、こうした患者が就労できるようになっている。しかし、身も蓋も無い言い方をすれば、「死を先延ばししている」わけである。

一方で、人の生活の質や自己決定権を重視する立場から、尊厳死・安楽死を求める人が現れている(10)。
これは、がん治療などの医療技術が飛躍的に進んでいることを認める一方、その限界に気付いている人がいることを示している。
尊厳死・安楽死を求める機運が存在する以上、「死をタブーと見做さない」概念、言い換えれば、「ある命の死は別の新たな命の出発」や「生きるのも日常、死んでいくのも日常(樹木希林)」という概念は改めて見直す価値があると私は考える。

現在では、優れたがん治療法が標準治療として存在する(実際、日本では標準治療に対して、公的医療保険が適用される,11)。その一方で、インチキ医療は後を絶たない(12)。

その理由の1つが、患者と医師の間のコミュニケーションの不全である(13,14)。
実際、がん患者の中には以下の人がいる。
1. 自分ががんに罹っていることを知って、パニック状態に陥ったことで、医師による詳しい説明すら聞けない。
2. 医師の説明が長くて難しいので、それを理解できない。
3. 医師が主にリスクの話ばかりするので、不安に陥ってしまう。
一方で、医師と患者の間の言葉の使い方の差によるコミュニケーションの不全が存在する。実際、医療用語は「科学的に議論しやすいように作られた」用語で、「一般に理解しやすいように作られた」用語ではない。
1. 医師にとっての「治療」は、「病気をなくして健康な状態にする」ことだけでなく、「数値が改善するだけで、何にも実感がない状態」や「病気自体は消えないが、症状だけが落ち着く状態」にするということも含む。一方、患者にとっての「治療」は、「病気をなくして健康な状態にする」ことである。
2. 医師にとっての「標準治療」は現在標準的に安全が確認されている治療である一方、患者にとっての「標準治療」は「最新治療ではなく、一般医が従来から行う治療」である。
3. 医師にとっての「最新医療」は「新しいだけで、良いか悪いか未だ確定していない治療」である一方、患者にとっての「最新医療」は「新しくて優れた医療」である。
4. 「合併症」はもともと患っている病気に別の病気が併発すること、または、手術や治療・検査に伴って起きることがある病気・状態」であることを、医師は知っている。しかし、患者はこのことを知らない。

上記の理由から、患者の中には「非常にわかりやすい物語を求めて」、インチキ医療に走る人がいる。それに、こうした人は「本来であればみんなが持っているはずの人間としてのすごい生命力を、もう一度賦活(活性化)することで幸せが訪れる」や「科学技術が支配する現代社会によって汚された私たちが自分の力を引き出して、もう一度甦る」という物語を信じている。
この種の物語が安っぽい代物とはいえ、生理学や生物学など自然科学を基盤とする医学教育カリキュラムはこの種の物語の前では、余りにも非力かつ無力である。
がん患者がこの種の物語に対抗するためには、「生きることとはどういうことか」という哲学的な問いなどに向き合うことが必要である(15)。

がん治療の中でも、心のケアに携わる精神腫瘍学やがん哲学外来こそが、「生きることとはどういうことか」という哲学的な問いなどを患者やその家族に向き合わせることで、彼らが「より善く生きられる」よう促すと私は考える。
それに、患者やその家族は「より善く生きられる」ことで、インチキ医療がもたらす上記の安っぽい物語に騙されにくくなるとも私は考える。当然、この件は医師などの医療従事者にも当てはまるはずである。

上記の件から、私は精神腫瘍学やがん哲学外来に非常に感謝している。特に、がん哲学外来が私に吉田富三の発言を教えてくれたことに非常に感謝している。
また、私はインチキ医療と闘うために精神腫瘍学やがん哲学外来を学んだはずである。しかし、私ががんに罹ったときに、これらは私に「より善く生きる」ための指針を示すであろうことも書き添える。

余談になるが、私は及ばずながらも、一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ(16)海外がん医療情報リファレンス(17)で翻訳ボランティアとして、精神腫瘍学の啓発に関わっていることをお伝えする。
ここで、この件に関する拙翻訳記事を以下に示す。なお、原文はいずれもリンク先を参照。
 “がんサバイバーの不安と苦悩に対処するための支援”.2020年05月21日.http://www.cancerit.jp/65717.html,(参照2021年09月06日).
研究から、がん既往歴のない健常人と比較して、不安と苦悩は長期生存するがんサバイバーにより高頻度で認められることが示されている。がん再発という恐怖に加えて、がんサバイバーにとってのがんに関連する他の苦悩の原因には、家族や家計に関する心配、身体イメージや性的関心の変化、ならびに長期にわたる健康ニーズの管理の課題などがある。
 “骨盤領域への放射線治療はより多くの副作用をもたらす”.2020年05月11日.http://www.cancerit.jp/65598.html,(参照2021年09月06日).
Journal of Clinical Oncology誌2020年02月19日号に掲載された本臨床試験は、骨盤部の放射線治療を受けた患者はオンライン版のPRO-CTCAEを使用して、医療従事者による問診による副作用報告(有害事象共通用語規準 〔CTCAE〕臨床医版に記録される)よりもはるかに高い頻度で副作用を報告していた。実例として、PRO-CTCAEで捉えられた便失禁の発生率は臨床医が記録したものと比較して15倍も高かった。

参考文献
1 認定NPO法人 キャンサーネットジャパン.“ジャパンキャンサーフォーラム2018~みんなで知ろう!がんのこと~”.NPO法人 キャンサーネットジャパン ホームページ.イベント情報.https://www.cancernet.jp/24812,(参照2021年08月23日).
2 認定NPO法人 キャンサーネットジャパン.“20180812 精神腫瘍学 ~がん患者、ご家族の心のケアについて~”.Cancer Channel.2019年01月10日.https://www.youtube.com/watch?v=E75WCfvCoVc&t=2s,(参照2021年08月23日).
3 認定NPO法人 キャンサーネットジャパン.“20180812 がん哲学外来 ~大切な人ががんになったとき・・生きる力を引き出す寄り添い方~”.Cancer Channel.2019年01月18日.https://www.youtube.com/watch?v=LMzbDNVY8tU&t=59s,(参照2021年08月23日).
4 がんサポ喫茶止まり木.“情報”.がんサポ喫茶止まり木 ホームページ.https://www.facebook.com/groups/2485619315032548,(参照2021年09月03日).
5 がん哲学外来カフェ柿田川.“がん哲学外来カフェ柿田川 ホームページ”.http://www.xn--v8jxh8bp4sk86r9bgk1ensgbw1arqb3x5f.jp/,(参照2021年09月03日).
6 認定NPO法人 キャンサーネットジャパン.“2021年-展示ブース”.ジャパンキャンサーフォーラム ホームページ.展示ブース.2021年.https://www.japancancerforum.jp/booth,(参照2021年08月23日).
7 グリーンルーペ がんを「知る」プロジェクト.“動画”.グリーンルーぺ・プロジェクト ホームページ.https://www.youtube.com/channel/UCsiwnbbMzV9yc6v4GHCrjsQ/videos,(参照2021年09月04日).
8 株式会社 ドコモgacco.“memento mori-死を想え-”.gacco トップページ.講座一覧.新規受付を終了した講座.2019年8月28日開講.https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga080+2019_08/about,(参照2021年09月04日).
9 エムスリー株式会社.“「医師の裁量の範囲」から「義務」へ【平成の医療史30年◆がん告知編】-”.m3.com トップページ.医療維新.2019年03月04日.https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/660598/,(参照2021年09月05日).
10 国立研究開発法人 科学技術振興機構.“終末期医療における自己決定権と生活の質について―安楽死・尊厳死に関する医学生・理系学生の意識差をもとに―”.J-STAGE トップページ.昭和医学会雑誌.2012年72巻3号.2013年03月14日.https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma/72/3/72_349/_pdf/-char/ja,(参照2021年09月05日).
11 ファイザー株式会社.“がんになると、どんなお金がかかるの?”.がんを学ぶ ホームページ.治療費と生活の支援制度.治療費を支援する制度.https://ganclass.jp/support/medical-cost/,(参照2021年09月05日).
12 株式会社 ダイヤモンド社.“あやしいがん治療が日本でなくならない理由 『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』著者・勝俣範之インタビュー”.ダイヤモンド・オンライン ホームページ.ライフ・社会.2020年08月06日.https://diamond.jp/articles/-/245192,(参照2021年09月05日).
13 株式会社 世界文化社.“医師と患者のコミュニケーション術。通じない、かみ合わない、と感じたら?”.家庭画報.com トップページ.磨く.2019年01月05日.https://www.kateigaho.com/migaku/36909/,(参照2021年09月05日).
14 株式会社 東洋経済新報社.“医師との会話がどうしても「ズレまくる」理由 「合併症」「確率」などの言葉にご用心”.東洋経済オンライン トップページ.ライフ.健康.2019年10月21日.https://toyokeizai.net/articles/-/309200,(参照2021年09月05日).
15 株式会社 日本ビジネスプレス.“なぜ人々は怪しげな「代替医療」に惹かれてしまうのか 「元来、人体が持っていた力を取り戻せば」式の物語に弱い現代人”.JBpress トップページ.政治経済.明日の医療.2020年10月02日.https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60144,(参照2021年09月05日).
16 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“一般社団法人日本癌医療翻訳アソシエイツ トップページ”.http://jamt-cancer.org/,(参照2021年09月06日).
17 一般社団法人 日本癌医療翻訳アソシエイツ.“海外がん医療情報リファレンス トップページ”.http://www.cancerit.jp/,(参照2021年09月06日).

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