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studio velocity(栗原健太郎+岩月美穂)「山王のオフィス」を見学|ワクワク・物語・現象観察

「山王のオフィス」を見学

今日は朝から建築家ユニット・studio velocity(栗原健太郎さん+岩月美穂さん)の新事務所「山王のオフィス」(2018)見学会に行ってきました。午後から天気がよろしくないということだったので、「雨が降っては楽しみが半減する!」と急いでの訪問。

なぜって、「屋上空間」がこうなってるから(図1)。建築専門誌『新建築』(2018年10月号)を見て「なんじゃそりゃ~」となったその「屋上空間」へ。


図1 オープンハウス・チラシ

諸事情あって今日は子ども(娘ふたり)を伴っての見学とあって、壁を汚したり展示模型を破壊したり、さらには「早く帰ろうよぉ~」攻撃に遭わないか心配しての訪問でしたが、全くもって杞憂でした。特に長女(もうすぐ6歳)はstudio velocityが得意とするカワイイ住宅模型の数々に興味津々。

そして訪問前に見せたチラシをよく憶えていて「2階にいこうよ!2階に行けるんだよ!」と急かしてくる上、「階段あっちだよ!」とすでにリサーチ済みの手際よさ。さっそく2階、そしてお目当ての「屋上空間」に進む。

「屋上空間」は言葉の綾で、あくまで屋根ですので(笑)立ち上がりも手すりもなく、しかも外周へ向かって反ってる(設計者の表現に寄せるなら中心点(面)に向かってたわませてる)ので子どもは怖がるかなぁ、と思いきやむしろ端っこに行きたがる始末でハラハラ。

帰り際にお菓子をもらって満足の娘たちは「はじめて屋根に登ったねぇ!」と大喜びでした。なにか面白いアトラクションのように受け取った模様ですが、案外とそれは正しい受け取り方なのかもしれません。

ワクワクする物語を実際に建てること

「山王のオフィス」と同じ岡崎市にある私立大学キャンパスに建つ「言語・情報共育センター」(2013)。この建築は、敷地内を公園に見立てて部屋を分散して配置しています。

棟と棟のあいだを思い思いにアプローチできる上に、もともとは4mの高低差があったところをスロープ上にし、さらにところどころ起伏をもたせているので、実は駆け回ると視界がどんどん変わって面白い。そんなワクワクを真っ先に教えてくれたのも娘たちでした。

オッサンになると空間や場から受けるワクワク感にも鈍くなるのか、あるいは表面的な使い勝手最優先になるのか。

確かに大興奮で駆け回る娘たちに触発されて、試しに敷地内をジグザグに横切ったり、部屋に出たり入ったり、ガラス貼りの棟越しに見える景色や人影を眺めたりするとなかなか面白い。建築を介してほんのりとワクワク体験がもたらされていることに気づきます。

竣工時は特に、ガラス貼りの真っ白い箱ゆえか、ワクワク体験には非日常を感じることもできる。もっと言うと、なんだかCGみたいに見えます(図2)。

図2 降雪時とピーカン時は特に

実際にそういう感想を口にする人もいたりするもんだから、試しにstudio velocityの岩月美穂さんに話してみたら、その返しが興味深かった。岩月さんいわく「それは褒め言葉です」と。

その言葉の真意までをうかがうタイミングは逸したものの、なんだか「え?」と同時に「あぁ、なるほど」と思えたのも事実です。というかstudio velocityが手がけたたくさんの住宅を見ていると、なんだかプレゼンテーションした模型やCG、ドローイングなどをなるべく再現性高く実際に建てることが目指されているように感じられます。しかも、模型やCGがリアル志向なのではなくって、あのカワイイ路線。

初期の住宅群の竣工写真には、岩月さん自らモデルとなって写っているものが多々あります。それこそ、ドローイングや模型に出てくる女の子のようにして。写真の構図もまた、そんな登場人物の女の子を巡る物語の一場面のように撮られています(たとえば「montblanc house」(2009)とか)。

二人のインタビューや書きものをいくつか見てみると、特に岩月さんは空間や場で起こる豊かな物語を大切にしているように受け取れます。子どもが走り回ったり、ゆったりと過ごせる場所があったり。

こんな物語が起きたらいいな、という思いが提案になり、そして、提案に込められた物語がなるべく再現性高く実現する。そう思うと「それは褒め言葉です」という返しも腑に落ちるし、あの作り込まれた模型も味わい深く感じられるのでは中廊下と。

そう思うと、今回見学した「山王のオフィス」内に、その「山王のオフィス」の断面模型が展示されていた光景が、とても興味深いものに見えてきます(図2)。

図3 事務所に展示された断面模型

良い意味で度が過ぎた現象観察

岩月さんがそこで起こる豊かな物語をジックリと考え、そして実際にそれが建ち上がることに注力しているのだとすると、パートナーである栗原健太郎さんは、これまた違った角度から建築を見て考えていることに気づきます。

たとえば「積層する建築を解体する」なんていかにも栗原さんな表現に思えます。個人住宅を提案した「空の見える下階と街のような上階」(2012)は2階に大きなLDKワンルーム、1階に個室群を配置していますが、この1階と2階をいかに混ざり合わせるかに腐心しています。

それを栗原さんは「異なる価値観の強度とその混ざり方のバランス」と言い、その「共振するポイント」を探るだと言います。それは「山王のオフィス」での「開放的な屋根下」と「プライバシーある屋上空間」の両立としても再現されています。

思考が経験に縛られることを避けるために、あえて両立しそうにない異なる二つの価値観を同時に達成しようとする。そのプロセスが新しい可能性を生むんだといいます。そのために栗原さんは良い意味で度が過ぎるほどの現象観察を進めます。たぶんワクワクしながら。

そんな現象観察の振る舞いは、studio velocityが手がけるインスタレーションに端的に現れているように思えます。たとえば「floor-scape,Scanning traces」(2012)はコンクリートの床面にあるひび割れやペンキ跡といった1/1の世界を小さな縮尺の模型と見立てて観察し、そこに植栽や橋といった点景を加えていくことで、「リノベーション」していくものでした。

これって、岩月さんの豊かな物語を込めた模型を現実化することにもつながっていきます。

そんな度が過ぎた栗原さんの現象観察は、理系出身というかたぶん元々そうなのでしょう。以前たまたま話してくれた学生時代のアルバイトについてのエピソードが、この栗原流現象観察を象徴する話に思えます。

建築学生時代の栗原さん。バイクを買うためにカラオケの客引きバイトをやっていたそう。しかも、そのバイトはやや無茶なミッション。なぜなら立地も悪く値段も高いカラオケ店で、店前で客引きしたところでそうそう捕まらない。そこで栗原さんは店から離れた場所まで客引きに出ます。

捕まえた客をエスコートする際には、自店より場所も近く値段も安い他店の前を華麗にスルーするそうで、どうやってそのあり得ない設定を実現するのか試行錯誤したそう(笑)。まさに、両立しそうにない異なる価値観を同時に達成するスタディだったわけです。

話はそこで終わりかと思いきや、まだ続きます。客引きバイトで結構な実績をあげ、稼いだお金で念願のバイクを購入したそう。で、バイクの改造に打ち込む。改造といっても格好良くデコレートするんじゃなくって、なんと少しずつパーツをそぎ落としてシンプルにしていくという。なんか今の作風につながります。

さらに意味わかんない境地に入っていくのですが、一通り付属品的なパーツを外し終わって、泥よけがないから泥に汚れるなんてステージを経ると、次第に外しちゃダメなパーツも外し始める。ちょっとバイク音痴なので説明できませんが、そうすると「雨の日はエンジンが止まっちゃう」ことになるのだと。

バイクの改造(というかパーツそぎ落とし)が行き着く先は、雨どころか、ちょっと湿度が高いだけでエンジンがとまりがちになる。例えばトンネルに入ると次第にエンジンが不調になり、そして止まってしまう。

その結果、バイクが風を切って走る乗り物といった意味合いを超えて、環境の変化を敏感に感じ取る装置と化す。微妙な差異や変化といった現象観察にこだわる栗原さんの作風のルーツを垣間見せます。

多彩になる物語、より多様な現象観察

そんなstudio velocityの新事務所「山王のオフィス」。屋根形状ひとつとっても、デビュー当初の切妻かつ軒の出・ケラバ出ゼロ時代から円錐、寄棟、そして軒の出・ケラバ出のある片流れを経て、ついに反りもメニューに入り、表現の幅を広げています(図4)。

図4 「山王のオフィス」

あと、相変わらずの栗原流現象観察というか、今回も「精密な木材・集成材のラミナ配列を設計する」とのコンセプトを掲げて、「同種であっても個々に異なる性質・強度を持つ」木材と格闘しています。また、毎回、思考を広げる契機となってるであろうコストとの闘いから「フラット材で曲面をつくる」といった試みも。

そういえば、初期の木造から鉄骨造に移行した際も、そもそものキカッケはコストの問題だったとか。鉄骨造だからこその表現となった「都市にひらいていく家」(2013)でも、中庭を渡る長いスロープを実現するために、さんざん鉄骨の材料実験を行ったのでした。

ここまで書いてきて、「雨が降っては楽しみが半減する!」と急いで曇天下の見学会に赴いた自分の姿勢は、まだまだ甘かったな、と気づきました。雨が降れば、あの魅力的な「屋上空間」を味わうことができなくなります。でも、雨が降っていなければ、屋根面に穿たれた3つの穴から雨水が流れ落ちてくる光景を「現象観察」することができません。

晴れの日も雨の日も、夏の日差しも冬の寒空も、それぞれに豊かな物語と限りない現象観察のネタになる。そんなワクワクの時間を与えてくれるのが「山王のオフィス」、というか、そもそものstudio velocityの手がける建築群なんだなぁ、と思います。

そして、その表現の幅は、新たなプロジェクトを経る度に広がっています。それぞれのプロジェクトには数多の困難と喜びという異なる二つの価値観のせめぎ合いが。また、お二人ともベタな建築家イメージを覆す腰の低さと、でもここぞという場面で発揮される押しの強さの両立あっての成果なんだろうなぁ、と。

(おわり)


図1出典:studio velocityのオフィシャルサイトhttp://www.studiovelocity.jp/index.html

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