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佐野元春 The Circle

Dear Mr.Songwriter Vol.27

THE CIRCLE 1993.11.10
Produced by 坂元達也 and MOTO'LION'SANO
Art Direction 駿東 宏
Cover Photography 平間 至
オリコンチャート最高位6位

ぼくの初期のソングライティングの中で大きな位置を占めていたもののひとつに、人間が生まれたときから持っているひとつのイノセンスというテーマがありました。イノセンスの誕生と喪失、これがぼくのものすごく大きなテーマだったんですね。その後、自分がソングライターとして成長し、ある程度キャリアを積む一方で、ぼくは次のテーマを探して悪戦苦闘するわけなんですけれども、あるとき、イノセンスは消滅したり消え去ったりするものではなく、それはぼくらの人生の中でほんとうに合理的に循環していくものなんだ、という発見を僕はしたんです。
"寂しがる必要はない"という調子の曲がぼくの中から次々に生まれてきているのも、そうした理由からなんです。

The Circle Of Innocence 
佐野元春をめぐるいくつかの輪のなかで


今回は9枚目のオリジナル•アルバム『ザ•サークル』です。前作『スウィート16』から約1年3ヶ月という当時のリリースペースと比べると短いインターバルでのリリースになりました。
初回盤はデジパック仕様。アート•ディレクションは前作から引き続き駿東 宏。
表1(印刷用語でこのように呼ぶんですね、最近知りました)のこちらを見つめている写真の撮影は平間至。今回初めての仕事だったようですが、スムースに運んでいったそうです。
この趣のある写真は駿東さんによると、モノクロ写真を一度プリントして脱色して色をつけて何度も複写しているという事。
ボブ•ディランの『ブロンド•オン•ブロンド』に同じ雰囲気を感じますね。

Bob Dylan
Blonde On Blonde 1966

前作『スウィート16』において10代を客観的に見れた事によってもう一度感じることができた無垢さ。
当初の予定だと『Zen The Moon And A My Motorcycle』というタイトルだったということですが、イノセンスというのは循環するということを再認識をしてThe Circle Of Innocence『The Circle』とタイトルを改めて名付けた。

『スウィート16』が太陽ならば、『ザ•サークル』は月。コインの裏と表のような関係と語っています。


レコーディングは[See Far Miles Tour PartⅡ]終了後、’93年の3月から、ミックスは8月から2週間ほどロンドンのエア•スタジオで作業。
前作の『スウィート16』でエンジニアだった坂元達也が共同プロデュースという形で作成されました。

今回のアルバムは、ハートランドのメンバーそれぞれの仕事が忙しいこともあり、基本的なアレンジは元春がプリ•プロダクションという形でコンピュータでプログラミング。その後でバンドのメンバーがそれに合わせて演奏するという形をとっています。
なのでキーボードに関しては元春がコンピュータで作成してきているので、あべちゃんと明さんがあまり参加していないんです。
ブックレットにKeyboards & Programmingというクレジットがあるのはそのためですね。


『ロックンロールをしばらくやってきた者には5つのチョイスがあると思う。 死ぬこと、精力を使い果たすこと、100%ショウビジネスに浸り込むこと、ショウビズの世界から完全に足を洗うこと、それと、この音楽の力強さに気づくことさ。
ロックンロールは深い情熱や本物の考え方とコミュニケーションを持ち、それぞれの部分を成長させていくことのできる音楽なんだ』

これはロックンロールのレジェンド、ディオンの言葉

元春がなぜロックンロールを続けているか、という問いに答えが見つからなかったこの時期、自身のレコード棚を整理している時に、ディオンのレコードを発見する。そして「Baby I'm in the mood for you」を聴いた時にこのディオンの言葉を思いだし、一番最後のこの音楽の力強さに気づくことをチョイスをする事により、自身の活動の答えのヒントになったということをハートランドからの手紙#62で告白しています。




1.欲望

元春がいうところの長田進による「地平線が見えるような」ディストーション•ギターで幕を開ける。40数秒のイントロでこのアルバムのカラーが見えてくるようだ。
このようなスローナンバーのオープニングは初めてなんじゃないかな。


’90年代版ニール•ヤングの「ヘルプレス」を表現してみたかったという。
「ヘルプレス」の詩を確認すると、"僕を置き去りにして 助けなんか来ないんだ"という内容、これはヤング自身が小児麻痺を患った体験を赤裸々に語っている。

この曲の中のキラーフレーズはなんといっても
"人々は憎しみあい 痛みさえも感じない この街のジャズにまぎれて グッド•ラックよりもショット•ガンが欲しい 君を撃ちたい"
なんともやりきれない思い、このフレーズがこの曲を決定していると言っていいくらいのインパクトのあるラインだと思う。
さらにこう続ける"ふくれてゆくだけの欲望 何もかもが手に届かない そんな気がするのさ"

過去にはこんなフレーズもありました。

"いつも本当に欲しいものが 手に入れられない"

そうなんだよ、佐野元春はいつも何かを求めて探しているんだよね。

この曲でもうひとつのトピックは、前作の『スウィート16』に収録の「レインボー•イン•マイ•ソウル」にも参加しているマクサンヌ•ルイスメロディー•セクストンによる2人のバッキング•コーラスがこの曲の世界に慈愛の輝きを付け足してくれています。


2.トゥモロウ

うってかわって気持ちのいいシャッフルのビートに乗って言葉が運ばれてくる。
"この街のどこかでまた 誰かが約束をこわしてる 「オレはバカじゃないぜ」"この強烈なラインは当時の時代を皮肉っている内容なのだろう。
時代背景として、このアルバムがリリースされた’93年はバブル経済が崩壊して、少し元気がない時代。でも"It's getting better now"と力強い宣言も受け止められる。


3.レイン•ガール

これまでの曲の中でも究極のポップ•ソングと言っていいくらいのキャッチーな名曲。なぜシングルにしなかったのか、謎な部分を感じていたけど、全体的なアルバムのトーンからするとこの曲をシングルカットしなかった理由もなんとなくわかる気がします。
シーケンサーを使ってないのはこの曲だけという事で生のバンドの勢いが感じられます。

"いつか君と少しだけ話したい"
"いつか君と少しだけ踊りたい"
この少しだけって表現がなんとも、好きなところでもあります。

キーボードの明さんはこの曲と「彼女の隣人」のみの参加になってますね。

"欲望に流されて自分を見失ってる人々"をシニカルに描きつつ、憧れのレインガールに想いを寄せる少年の気持ち。そのような二重の構造を持った曲だという。

よく覚えているけど、この93年の夏は記録的な冷夏とも呼ばれているくらい雨が多く、その天候からインスパイアされている。
束の間に見る太陽が昇っている時、"君と少しだけ踊りたい"そんな思いだったのかもしれないね。

車のCMにも使われて、走っている姿が印象的でした。


4.ウィークリー•ニュース

’90年代におけるニュー•ソウルというか、カーティス•メイフィールドの領域。
アコースティック•ギターを中心としたヘビーなグルーヴが心を揺さぶる。

おそらく別々のレコーディングだっと思うけど、 小野田清文のベースラインと古田たかしのドラムスのコンビネーションがとてもクールなのでそこら辺に耳を傾けると新しい発見があるかも。

この曲のリリースから30数年経っている今でも有効に響いてしまう事は憂うべき状況として受け止めないといけないのだろう。


5.君を連れてゆく

ハートビート」に連なるつもりでこの曲を書いたと語っている再生をテーマにしている楽曲。
成長するにあたって、イノセンスはなくなるものではなく円環を描くものだというこのアルバムを象徴している曲なんじゃないかな。

ブックレットにも乗っているアルバムのトーンを彩っているハモンドオルガンを弾いているのはジョージィ•フェイム。

彼が当時所属していたベン•シドランが設立したGo Jazzレーベルのエグゼクティヴ•プロデューサーが日本の方でその方を通して話が進んだよう。
ジョージィ•フェイムも元春の楽曲を数曲聴いて気に入ったということで参加が決まっています。

ヒートウェイヴ山口洋のコメント"大人のために必要なロックンロール"という表現を使って音楽のすばらしさのすべてがあったと語っている。その後もプロデュース、トリビュートの参加など交流は続いていきます。


6.新しいシャツ

当初のタイトルは「新しい価値」カチと言葉で響いた時にどうも堅苦しいという思いでシャツに変更された。

"価値"という事については"価値の共有"という言葉で言及している。
ここでいう"価値'とは音楽、映画、ファッション、スポーツ、本、旅、といった、何か人にメッセージを投げ掛けようとしているもののこと。
このアルバムがリリースされた’93年の状況として、いつしかそうした"価値"はメッセージではなくメディアになってしまった。
そして、こう続ける
残念だな。でも僕はがっかりする側には回らない。環境が変化してゆくよりもっと速いスピードで僕自身の変化をとげたいと思っている。

Tokyo Be-Bopのホーン•セクションが登場するアッパーなナンバー。
景気の後退、政権の交代などの時代背景もあり、新しいシャツを見つけにゆくという意思表示が見える。
ゴキゲンな時によく使う"ウェヘヘーイ"という言葉はここからきている。ライヴでは"うれしい気持ちの形"としてみんなでやりました🙌


7.彼女の隣人

彼女の隣人 1992 11.21
c/w レインボー•インマイ•ソウル
Art Direction Hiroshi Sunto
Photographs Shinji Hosono
オリコンチャート最高位55位

アルバムに先行してシングルでリリースされていたり、ツアーでも演奏していたので、このアルバムの中で、とても思い入れがある楽曲。元春自身もこの曲のグルーヴとサウンドがアルバム全体の方向性を決めたと語っています。"Don't Cry No More"  "泣きすぎないでね"という「新しいシャツ」の"涙も溢れ過ぎない"という同様なメッセージも慈愛に満ちている。

リリース時は、"大切な曲。か、またはそれ以上の曲"ということくらいしか、コメントはなかったと思うけど、後に妹さんに向けた曲だという事を知る事になります。


8.ザ•サークル

アルバムのオリジナル•ヴァージョンはヴォーカルに少しエフェクトをかけているようですね。
このMVや後のコンピ盤にも収録されているのは『Dance Expression of The Circle』に収録のMark McGuireによるリミックス•ヴァージョン。

Dance Expression of THE CIRCLE
1994.1.21
オリコンチャート最高位28位

"さがしていた自由はもうないのさ 本当の真実ももうないのさ"

過去には、「僕は大人になった」という楽曲もあったことで、この自己否定の内容には免疫ができていたつもりだったけど、かなり強烈なフレーズですよね。
これに関しては「スターダスト•キッズ」のアンサーソングだというのはコメント残してます。
そしてこの意味はコインの裏と表なんだと、そして決して絶望ではないと語っていますね。

歌詞のインパクトに耳がいくけど、このアシッドジャズといっていいアレンジは元春が弾くウーリッツァーの音色と全体のサウンドメイクがとてもカッコいい。
最終ヴァースの"少しだけやり方を変えてみるのさ"で着地するラインは「インディビジュアリスト」での"風向きをかえろ"と自分が変わる事で何かをつかみたいと宣言したあの頃に円環しているものを感じます。


9.エンジェル

とても気持ちのいい曲。このレゲエのビートって中毒性があっていつまでも聴いていたい気持ちになります。
"今夜は君の天使になるよ"ロマンチックだよね。
元春がいうところの日曜の午後のようなジョージィ•フェイムのオルガン•ソロとヴォーカルが聴ける。


10.君がいなければ

共通点があるのは『ビジターズ』収録の「サンデー•モーニング•ブルー」"君がいなければ"の続きは特に明言していなかったけれども、ここでははっきりと伝えている。
"君の不在"と"君の存在という事は永遠のテーマなんだろう。
長田進による陽だまりの中で聴いている様なアコースティック•ギターのソロも素晴らしい。


ザ•サークル•ツアーの最終日の翌日4月25日の公式発表によりザ•ハートランドの解散が伝えられた事によりザ•ハートランドとのラスト•アルバムとなってしまいました。

メディアより先にファンクラブ宛てに送られたハートランドからの手紙#73

今回は、ここで終わりです。
最後まだ読んでくれてありがとうございます。
では、また!

参考文献

※The Circle Of Innocence
佐野元春をめぐるいくつかの輪のなかで
ぴあミュージック•コレクション3 
※Café bohemia Vol.41

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