【1分小説】夏の日の午後
夏の日の午後。
5限目の理科室には、とろんとした、眠たげな雰囲気が漂っていた。
ヒロコ先生のゆったりとした声。
お腹いっぱいに詰め込まれたカレーの後味。
カーテンをふわりと揺らす風。
小難しい生物の話。
隣を見れば、いつもまじめな委員長もユラユラと首を縦に振っていた。
外では、ギャアギャアと蝉が鳴いている。
「えーつまり、くらげには脳も心臓も血管もなく、散在神経の反射で行動しているのであり…」
黒板の横に据えられた大きなディスプレイに、ゆらゆら揺れるくらげが映し出される。
「そういう意味で、くらげは生きているとは言い切れず、決まった命令通りりに動いているだけのロボットのようで…」
へぇ、くらげって脳みそないんだ。
いかにも「脳みそが詰まってます」みたいな頭してるのに。
まぁ、よく考えたらフワフワゆらゆら漂ってるだけだもんな。
ギャアギャアと蝉が鳴いている。
それにしても、委員長よっぽど眠いんだな。
まるで首がすわってないみたいにユラユラ頭が揺れている。
それはまるで、ディスプレイのくらげのようで。
「そぅいうぃみでぃきてるよぅにみぇてじつは」
気付けば先生の頭もユラユラと揺れている。
いや、委員長や先生だけじゃない。
後ろのあいつも、廊下のあいつも、グラウンドのあいつも、みんなユラユラ頭を揺らしている。
嫌な予感がした。
蝉がギャアギャアと鳴いている。
ほとんど反射的に、理科室を飛び出した。
とにかく走った。
怖かった。
無性に母さんに会いたかった。
道を歩くおばさんも、車を運転するスーツの人も、みんな頭をユラユラ揺らしている。
ギャアギャアギャアギャア…
蝉の声が頭に響く。
目をつむって、必死に走った。
いつもの帰り道を息も忘れて駆け抜け、家のドアをバタン!と思いっきり開ける。
「かあさん!!!」
「ぁれどぉしたの?」
ギャアギャアギャアギャア
次の瞬間、視界が真っ暗になって、そしてーーー。
「こら、起きなさい!」
ヒロコ先生の大きな声で、はっと目を覚ました。
黒板横のディスプレイにはくらげがゆらゆらと揺れている。
急いで委員長の方を見ると、いつも通りのピンとした姿勢でノートをとっていた。
「だいじな時期なんだから、授業に集中してくださいね。
えーと、それでは教科書78pの下の図を…」
ふぅーーーーーー…。
何もなかったように再開された授業を聞きながら、椅子に深々と座りなおし、全身で安堵した。
夏の暑さのせいか、背中にぐっしょり汗をかいている。
心地よい風と、すこし強い日差し。
給食の残り香。
よかった。いつもの理科室だ。
遠くで、蝉がギャアギャアと鳴いていた。
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