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『スウェーデン語トレーニングブック』刊行から1年経って

 『スウェーデン語トレーニングブック』(白水社)の刊行から1年が経ちました。おかげさまで昨年末には重版(第2刷)がかかりました。そろそろ執筆していたころの記憶もおぼろげになってきているので、備忘録もかねて経緯などを書き残しておこうと思います。

1. きっかけ

 2018年7月末に白水社編集部のIさんから、「… スウェーデン語に関する企画を検討したいと考えています。もし可能でしたら、當野先生にご相談できればと…」というメールをいただき、その後電話で詳細を伺いました(コロナ前でしたので、まだZoomではなく電話でした)。
 依頼の内容は白水社で刊行した『フィンランド語トレーニングブック』のスウェーデン語版を書いてほしいというものでした。この本は東海大学北欧学科の𠮷田欣吾先生が書かれた本で、フィンランド語の初学者を対象とした、全250ページ超、90課からなる文法の練習問題集です。各課は見開きで左に解説、右に練習問題が配置されています。

 阪大出版から「世界の言語シリーズ12 スウェーデン語」を共著で出して2年が過ぎ、阪大1年生向けの文法の授業も4年目に入っていた頃でしたので、それまでを振り返り、まとめるのにもちょうどよいだろうと思い、快諾しました。

2. 執筆期間

 2018年10月初めに「目次構成案」と2課分の「見本原稿」を送り、編集会議で企画が通ったのが11月でした。その後執筆を始め、2021年1月まで書いていましたので、執筆には2年以上かかりました。もちろん2年間ずっと書いていたわけではなく、断続的に、主に週末や授業のない休みにまとめて書くことが多かったように思います。もっと早く完成させるつもりでしたが、なかなか思うようにいきませんでした。

3. 執筆の方針

 「フィンランド語トレーニングブック」を参考にしつつ、スウェーデン語版は以下のような方針で書くことにしました。

「ですます調」で書く

 文法書は「である調」で書かれることが多いですが、できるだけ親しみやすい本にしたかったので、「ですます調」で書くことにしました(ただし、列挙部分や注などは「である調」)。「ですます調」で書くと文字数が多くなるので、情報量的には少なくなるというデメリットもあり一長一短ではあります。

練習問題に「文章」や「会話文」を入れる

 「フィンランド語トレーニングブック」の練習問題は、短い文の問題(フィンランド語文に日本語訳がついたカッコ埋め問題など)と作文(日本語からフィンランド語)を原則としていて、文章の形になったものはありませんでした。これは効率よく文法が学べる反面、どうしても退屈になってしまう危険があります。そこで、各課の練習問題には必ず、「文章」あるいは「会話文」を入れるようにしました。

使えそうな文、興味を引きそうな題材に心がける

 文法説明と練習問題に使う例文はできるだけ普段使えそうな文を採用し、また、練習問題ではスウェーデンの文化や社会や歴史を題材にすることを心掛けました(どれだけ実現できたかはまた別問題です)。難しいのは時事ネタで、情報が古くなるという欠点があります。実際、首相の名前を入れた例文を作りましたが、昨年首相がStefan LöfvenからMagdalena Anderssonへと変わってしまいました。

4. 執筆苦労話

 当初は1年半くらいで書き上げられたらと思っていましたが、なかなか思うようには進みませんでした。いくつか要因があったように思います。

文法解説は筆が進むが、練習問題は苦労

 個別言語の研究をしている人ならわかると思うのですが、文法については書きたいことがたくさんあって筆が走ります。初級者向けに書く場合、そこを押さえて必要な情報にいかに絞り込むかに苦労します。実際、「目次構成案」を提出した段階では全70課だったのですが、出来上がりは78課+補遺と、当初の予定を超えてしまいました。
 一方、練習問題では生みの苦しみを味わいました。一つは、それまでに習った文法事項のみで練習問題を作らなくてはいけないという制約があるため、特に使える文法事項の少ない最初の方の課で問題作成に苦労します。もう一つは、各課の練習問題に「文章」あるいは「会話文」を必ず入れるという方針を立てたために、各課ごとに「ネタ」を探す必要がありました。もちろん、その課の文法事項を盛り込んだ上で文章を作るわけで、なおのこと困難になります。文法解説が増えれば増えるだけ、練習問題を作らなくはいけないという蟻地獄に嵌っていくことになります。
 というわけで、文法解説では色々書きたいことがあったけど、できるだけシンプルに書くことで、練習問題が増える悪循環をなんとか断ちました。結果として、初級の学習者にとって不必要なことはできるだけ排除することができたのではないかと思います。

表が入ると、出来上がりが予想できなくなる

 出版社からは1ページあたりの行数と1行あたりの字数の指定があり、通常はそれに従って書いていればよいのです。ただし、「表」が入ってくるとそう簡単にはいきません。動詞の活用や名詞・形容詞の曲用は、分かりやすくするためにどうしても「表」にして示す必要があります。特に、表が複数あるページなどは、ゲラが出来上がってきた段階で、予想以上にスペースをとっていることがあります。通常であれば、これといって問題にはならないのですが、左に解説、右に練習問題という見開きで完結させるという制約があるため、収まらなくなった地の文を削除するという作業が必要になりました。1~2行ならなんとかなるのですが、5~6行削除しなければならない課もあり、やむを得ず、別の課に移動したりもしました(それに伴い練習問題も移動するはめに…)
 見開きで解説と練習問題があるというのは学習者にとっては、利便性がありますが、本を書く側にとってはかなり負担になるということがよく分かりました。

間違いはなくならない

 ネイティブチェックと校正を別々の方にお願いし、もちろん自分でもしてはいたのですが、やはり間違いはなくなりません。すみません。特に第1刷をお持ちの方は、白水社のHPに訂正表がありますので、ご確認ください。また、近日中にその後見つかったものを含めた訂正表を上げたいと思います。

5. 装丁について

装丁は森デザイン室さんがやってくださっています。

 編集のIさんから、「装丁に関して何か要望はありますか?」との質問があり、次の3点をお願いしました。

  1. スウェーデン国旗の「青」と(か)「黄色」を使う

  2. 「ダーラヘスト」(ダーラナホース、スウェーデンを代表する民芸品)か「ヘラジカ」(スウェーデンのお土産によく使われる動物)か「三冠」(Tre kronor、スウェーデンの国章)を使う

  3.  「スウェーデン語のタイトル」もつける(Övningsbok i svensk grammatik)

 装丁は3案を作ってもらいましたが、編集のIさんも私も迷わずダーラヘストを使った案を選び、語学書としてはこれまであまり見たことがないような素敵な表紙になりました。表紙につられて購入された方もいるのではないでしょうか。

6. 終わりに

 本を書いていると、「果たしてこんな本需要あるのだろうか?」とか「こんな本書いて意味があるだろうか?」とか自己嫌悪に陥ることがしばしばあり、そのたびに、編集者Iさんの「日本語で書かれたスウェーデン語の練習問題集はありませんから!」という言葉を思い出して、なんとかやる気を出して執筆していました。
 こうして苦労して書いた本なので出来れば多くの方に手に取っていただきたいと思います。ただ、3080円(税込み)なので安くはありません。「ちょっと買うまでは」という方は、お近くの図書館で借りてください。そして、図書館にない場合はぜひリクエストしてください。公共の図書館でも大学の図書館でも意外と購入してくれるものです。
 たくさん売れる本ではありませんが、長く定番の1冊になってくれることを願っています。





記事を読んでいただき、ありがとうございます。