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せんせい、あのね(昭和59年10月11日)

きょう二ねんせいの人とやきゅうしておもしろかったです。
一かいせんはぼくたちがまけました。
二かいせんになって二ねんせいがホームランばかりうったのでまけていました。
でもとちゅうでかえったのであまりおもしろくありませんでした。
だけどそのときはかんぜんにまけていました。

(先生コメント)一かいせんも二かいせんも二ねんせいのしょうりなんですね。さすが二ねんせい、というべきか!
(「とちゅうでかえったのであまりおもしろくありませんでした」に対して)まけても、もっともっとしたかったというところで、たのしかったことがよくわかるよ。

二年生の友達とした野球、って誰とどこでしたのだっけ?

もし記憶に間違いがなければ、その野球をしたという場所は、普通の住宅地の家の前の道路だったと思う。
マンホールがホーム、側溝のふたとかがベースになって、柔らかいゴムのボールとプラスチックバットでした野球のことだと思う。

いまそこに立ったら、とてもじゃないけど野球をするような広さのあるところではないのだけど、あの当時はそれで十分に楽しんでいたんだろう。
「ホームラン」は完全にご近所さんの家の敷地内だった。
ボールが入るたびに「ボール取らせてくださーい」って大きな声で叫んで取りに行っていた。

自分はそんなに上手ではなかったけど、それでも楽しかったんだと思う。
記憶違いでなければ、たぶんこの二年生のうちの一人は、しばらく会ってないけど今でも付き合いのある友達。
今度、この野球をしたときのこと聞いてみようか。

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