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自#117|勢津子おばさんの青春物語~その10~(自由note)

 結婚披露宴のパフォーマンスをやった時の大文字屋の夕食のメニューは、鯛のさしみ、福神漬け、鯨とカマボコの酢の物、牛肉、グリンピース、カボチャの煮物、ほうれん草のすまし汁、タクアン、イチゴだったようです。一人一人に脚のついたお膳が配られています。一泊の宿泊料金は一人2円。当時、月給50円で、5人家族が楽に暮らせた時代です。2円は、今のお金にすると、2万円くらい。2円と云うのは、修学旅行としては、大名旅行だったと勢津子さんは、お書きになっています。

 奈良から吉野に行きます。時期は、5月の中旬でしたが、吉野の千本桜は、まだちらほら残っていたそうです。吉野では、金峰山寺や南朝の遺跡、西行庵などを見た筈ですが、特に何も記述はなく、吉野の桜花壇と云う寂しげな宿の食べるものは、おいしくなかったとしか書いてません。

 翌日は、伊勢神宮に参拝します。伊勢で宿泊した朝日館の海の幸は、美味だったようです。行きは船でしたが、帰りは列車です。朝5時に、宇治山田駅を出て、名古屋経由で、横浜に着いたのは午後5時。12時間の汽車の旅も、全行程無事終了の解放感を満喫しながら、にぎやかに騒ぎながら、帰って来た様子です。

 お小遣いは5円だったそうです。5円(つまり5万円)では、足りないと文句を言って、ひそかに多く持って行った同級生もいたようです。お小遣いも持っていますし、旅の解放感にもpushされて、勢津子さんは、同級生のオギさんと二人で、校則違反を犯してしまいます。女学生は、絶対に足を踏み入れてはいけないと言われていた喫茶店に二人で入ります。場所は、京都の三条。三条河原町あたりは、昔も繁華街だったんです。明るく、小ぎれいな喫茶店が、沢山あったそうですが、先生方や友だちに見つからないように、路地の奥の喫茶店に入って、35銭(3500円)で、ゼリーを食べたそうです。校則違反を犯して、喫茶店に入ったわけですから、大人への第一歩をとうとう踏み出したと云う緊張感で、いっぱいだった筈です。まあしかし、これくらいの校則違反はあってこその修学旅行かなと云う気もします。

 私自身の高校の修学旅行(日光・東京方面)を思い起こしてみると、校則違反は、何も犯してません。小遣いは5000円でした。周囲の友人は、二万円くらい持って来ていましたが、私は規定通り5000円しか持参しませんでした。タバコを吸っている同級生もいましたが、私はタバコは吸いません。菓子は食べません。ジュースも飲みません。喫茶店に入って、紅茶くらいは飲みましたが、喫茶店に入ることは、別段、校則違反ではありません。校則違反を犯したのは、仲の良かった女子のグループです。本郷の宿の近くの酒屋で、彼女たちは酒を買っていました。たまたま見かけたので、「飲んだことあるかえ?」と聞くと「あんまりないき」と返事をしました。安物のブランディーやウィスキーがカゴに入っています。水道の水でいいから、必ず水で割って飲むようにと、アドバイスしました。この女子のグループが、夜中に酔って騒いでいるので、騒いでいるのは、どうせ私たちだろうと疑われて、先生たちが、部屋に踏み込んで来ました。私たちは、お揃いのピエロのパジャマを着て、おとなしく寝ていました。私も、私の仲間たちも、日頃からそれなりに、はじけていましたが、普段、真面目な女の子たちは、修学旅行の時こそが、はじける絶好の機会だったんだろうと想像できます。

 勢津子さんは、大好きだった数学の工富花枝先生に、手紙を書いています。例の東京女子大出身のお若い令嬢先生です。が、投函する勇気がなくて、手帳に挟んだまま自宅に持ち帰ってしまったようです。この花枝先生こそが、勢津子さんにとって憧れの「S」な方だったわけです。

 現在の女子校にも、そういうS的な現象は存在します。以前、バンドの部活の顧問をしていた時、J女学院の軽音部とお付き合いがありました。女子校と付き合うつもりは、全然なかったんですが、何となく仲良くなってしまいました。さっぱりとした性格の生徒が多く、いかにも女子校って空気感ではなかったんですが、バンドのVoさんなどは、やはり下級生たちから見て、憧れの「S」の先輩だったようです。共学校でも、ジェンダーが男子の女の子が、バンドのVoなりGなりの目立つポジションにいると、やっぱり「S」的な現象が起こっていました。まあしかし、ことさら「S」的な関係を問題にする時代でもないと思います。女の子が、女の子を好きになることは、まあ普通にあることです。男の子が、男の子を好きになることだってあります。これは、昔からありました。男の子しか好きになれない男子は、私の周囲にもいました。今は、それがopenになっただけのことです。UKロックの世界には、男同士の同性愛は、昔から今にいたるまで、枚挙にいとまないほど沢山あります。

 高女の「S」現象は、恋愛と云うものが、そもそも禁止されていた時代ですから、ギリギリ許される範囲内で、疑似恋愛を楽しんでいたと云うことなんだろうと想像しています。

 勢津子さんの「S」の相手の美貌の数学の先生は、明らかに高嶺の花。その素敵な先生は、さっさとお嫁に行ってしまいました。その前は、酒井法子タイプの先輩が、「S」の相手だったそうです。目が黒曜石のように輝いていたと書いています。彼女のあだなはタドン。目が黒曜石だったから、タドンだったのかもしれません。この先輩は、勢津子さんの気持ちを知っていて、卒業の時に、ミスタドンは、勢津子さんにパンジーのブーケをプレゼントしてくれたそうです。勢津子さんは、このパンジーを、永久保存する方法はないものかと、しばらく真剣に悩んだようです。

 勢津子さんのことが、大好きな下級生もいました。その彼女は、夏休みにセルロイドをアセテートで溶かして、貼り合わせ、お線香で穴を空けてボタンを作り、勢津子さんに見せに来たそうです。その時「私も化学が好きです」と、後輩はmaxテンパって、告白したそうですが、勢津子さんは「あっ、そう」と、さらっと流してしまったようです。

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