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自#079|幸せだとか、幸せでないとか、苦労するとか、しないとか、そんなことは、ミッションとは無関係(自由note)

 18人の子どもを育てた、里親の坂本洋子さん(63歳)のインタビュー記事を読みました。現在、6人の子供の里親です。掲載されている写真には、こちらを向いた坂本さんと、4人の子どもたちの後ろ姿が写っています。子どもたちの顔を、見せてはいけないと云う配慮なんだろうと思います。二人の男の子は、ジーンズの短パンに、上衣は斜めの切り替えラインの入ったポロシャツ。女の子の一人は、ギンガムチェックのブラウスにジーンズ。もう一人は、白っぽいセーラーに、ふわふわの水色っぽいキュロット。みんなお洒落です。「みすぼらしい服装はさせたくない。質が良くて可愛いものを」と、子どもの服には、人一倍、こだわりがあるようです。

 フランクフルト、トウモロコシ、トマト、卵焼き、彩り豊かなおかずが並びます。子どもたちは、それぞれお気に入りの具が入ったおむすびをほおばります。日曜日のお昼ごはんは、風通しの良いウッドデッキで。

 実の親と暮らせない子どもを育てて、35年が経過しています。ハンディのある子どもを受け入れています。ハンディのある子の成長は、ゆっくりで、足踏みしがちですが、ふとしたきっかけで、目を見張るほど、グンと伸びる時があります。その歓びが、育てる自分に力を与えてくれるそうです。インセンティブと云うか、モチベーションの本質は、教師とまったく同じです。が、教師は、原則、生徒が学校にいる間しか面倒を見ません。里親であろうと、実の親であろうと、フルタイムで子どもをケアしなければいけません。その気苦労、エネルギーの消費量は、教師の比ではありません。

 自傷や他害行為があった子には、スキンシップを欠かさず、夜、自分がトイレに行くときも、離れて怖がらぬように、おぶって行って、心が安定し、少しずつ言葉を発するようになった彼が、「ひまわり」と口にした時は、ヒマワリ畑に連れて行ったそうです。おそらく、立川の昭和記念公園のひまわり畑です。「可愛がりすぎて悪いということはない」と、きっぱりと仰っています。そんなに、生徒を可愛がらず、待ちの姿勢で、生徒および卒業生を、見守り続けて行くことが得意技の私には、ちょっと耳の痛いセリフです。

 坂本さんが最初に面倒を見たのは、純平くんと云う男の子でした。純平くんは、家ではいい子なのに、学校では暴力を振るいます。里親以外は敵とみなして攻撃し、愛に飢えるがゆえに問題行動を繰り返すわけです。施設上がりだからと云う差別と偏見の目で、見られてしまいます。学校に行かせないことにした所、里親失格だと云うことで、施設に戻されてしまいます。事情がどうであれ、施設に戻されてしまった純平くんは、深く傷ついた筈です。純平君の元に、毎週末に通って交流を続けますが、彼の心の平穏を取り戻してあげることはできず、純平くんは、17歳で、バイク事故で急逝します。バイクで死んだことは、不条理ですが、坂本さんにとっても、生涯、消え去ることのないトラウマです。親だって、里親だって、教師だって、人生は、思い通りにはならないし、日々、試行錯誤の連続です。それでも、努力はしなければいけません。
「努力が、報われるかどうかは分からない。が、それでも努力は続けなければいけない」これは、マイケルジョーダンのセリフです。

 坂本さんは、2002年に起きた、里親が里子を殴って死なせた事件に、衝撃を受けたそうです。ママ母であろうと、ママ父であろうと、実の親であろうと、子どもを虐待する親は、枚挙にいとまないほど、沢山います。結局、弱い子どもが、親のストレスのはけ口になってしまうんです。私も、母親の機嫌の悪い時には、普通に殴られました。私の周囲には、そういう子どもがいっぱいいました。そんな子どもたちは、親から逃げ出して、橋の下にアジトを作っていました。私も、小2くらいの頃、何回かそこに行ました。肥料の倉庫に忍び込んで遊ぶのは、楽しかったんですが、モノを盗むことが嫌で、そこには行かなくなりました。が、盗まないと、彼らは食えないんです。そういう状況に、子どもを追い込んでおいて、盗むなと説教をするのは、偽善だと、今でも思っています。

 親は、子どもを普通に殴ります。私の過去の経験では、これは常識です。が、おそらく幸せにお育ちになった坂本さんにとっては、まったく想定できない、カルチャーショックな事件だったんだろうと推定できます。里親も里子も孤立して、行き詰まるから、こういう悲惨な事件が起こってしまうと考え、自宅を開放し、里親同士の横のつながりのある「里親ひろば、ほいっぷ」と云うコミュニティを立ち上げます。横のつながりがあれば、里親同士で、相談し合ったりできます。

 これから里親になることを考えている人に、坂本さんはアドバイスしています。
「いいことばかりあると思わないで。いいことも、悪いことも、丸抱えで生きていきましょう。でも、ひとりで、抱え込まないで。助けてくれる仲間はいます。里親にしかできない経験、代え難い人生はあります」と。

 いいことばかりある筈がないです。いいことばかりだったら、逆に、これはヤバいなと、警戒心を持つ必要があります。逆に悪いことが、ずっと続くわけでもありません。「禍福はあざなえる縄のごとし」なんです。

 小1から坂本さんに育ててもらった歩さんが、大学で数学を学んだ後、坂本さんのファミリーホームの補助者になります。2009年の法改正で、里親は、小規模住居型児童養育事業に移行しています。坂本さんは、事業所の代表になり、おそらく都or 国の補助金で、補助者を雇うこともできます。歩さんは、自分も里親になろうと、里親研修を受け、無事、終了します。が、里親は夫婦を前提としていると云うことで、結局、なれなかったそうです。歩さんの写真も掲載されています。優しそうで、さわやかな好青年です。歩さんが良き伴侶と出会い、立派な里親とて、坂本さんの意志を継ぐだろうと云うことは、35年も教師を続けていれば、筋として見えて来ます。坂本さんは、里親になることが、自分のミッションだと、おそらく、ある日、直観されたんです。幸せだとか、幸せでないとか、苦労するとか、しないとか、そんなことは、ミッションとは無関係です。ミッションは、生きてやり遂げる課題です。坂本さんが、やり遂げて、バトンを歩さんに渡そうとしているsceneも、垣間見たような思いがしました。

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