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自#036|例年の若葉の頃よりは、新緑はきらきらと輝いて見える(自由note)

 午前中は、自宅のすぐ傍の広場の木陰で、本を読んでいます。最初に読むのは、源氏物語。私は、英語と古文と漢文は、音読です。あまり大きな声を出すと、広場にあるシーソーや鉄棒、一本橋で遊んでいるchildren & parentに迷惑でしょうから、小声でぶつぶつと呟いています。学校の廊下で読んでいたら、社会科の同僚に、「お経を読んでいるんですか?」と、聞かれました。近所のchildren& parentにも、朝早くから木陰で、お経を読んでいる得体の知れない怪しい爺さんだと、多分、思われています。

 毎日、広場の樹木や草花を見ています。日々、新緑が色濃くなって行くのは、はっきりと識別できます。武蔵野のケヤキや桜や榎木ですが、コローが描いたイタリアの松やニレのように見えなくもないです(目が悪いので、葉っぱの形とかは、ざっくりとしか見えません)。

 八王子や稲城には、本物の自然が、あちこちに溢れていると思いますが、こっちは、まあ所詮、武蔵野の作り込まれた広場の緑です。それでも、夏に向かって成長して行く生命力は感じますし、景色もきれいです。

 源氏物語のあとは、世界史の本を読みます。こっちは、黙読です。テレワークになって、山川の詳説世界史Bの教科書を、2回読みました。ひとことで言って、教科書だけを地味に読んでいたら飽きます。入試問題とかを解いた方が、楽しいし集中もできるんですが、手元に入試問題はありません。それに、木陰で立っていますから、問題演習に取り組むのは、物理的に無理です。昨日から、出口治明さんがお書きになった、「仕事に効く教養としての世界史」を読んでいます。週刊誌を読むような感じで、easyに読めます。受験生のために、役に立つか否かと云うと、まあ、たいして役には立ちません。受験生に一番役に立つのは、やっぱり退屈な山川の詳説世界史Bの教科書です。これを、聞き易く、解り易く、耳に残るような音読のスキルを、「もしかしたら、テレワーク中に会得すべき?」と、思わなくもないんですが、そうすると、ある一定量のボリュームで声を出さなきゃいけないし、広場でなごんでいるchildren & parentたちに、Troublesomeなことになってしまいます。小金井公園だったら、平気でやっちゃいますが、そこは、地元だけに空気を読みます。

 写真家の藤原新也さんのインタビュー記事を読みました。藤原さんがお書きになった、「印度放浪」や「東京漂流」は、80'sの若者のバイブルってとこも、ちょっとありました。本業は写真家で、大御所です。

 大御所は「この数年、テレビの画面は視覚刺激の競争原理が働き、風景映像の特に緑の彩度が極端に上げられ色飽和を起こしている」と仰っています。色飽和と云うのは、色を鮮やかにするために彩度を限界まで上げた状態のことを言います。

 私は、テレワークになって、毎日、お昼休みに、今から半世紀くらい前に発売された画集を見ています。今の4Kとか8Kのテレビの色に較べると、明度も彩度もお話にならないくらい低レベルで、くすんでいます。が、これで別段、充分です。不満はないです。美術館に行っても、照明が暗く、半世紀前の画集よりもくすんでいたりします。本物をちゃんと見ることは、普通の人にはできません。半世紀前の画集の色で、充分、毎日、happyだと思って、絵を見ています。ルノワールが、イタリアに行って、ポンペイの壁画を見て、色は少なくていいんだと悟ったと云う、有名なエピソードがありますが、私も、半世紀前の画集を毎日見て、4Kや8Kのあの色飽和の世界は、別段、必要ないと悟りました。美人は飽きると良く言いますが、きれい過ぎるものには、やっぱり飽きてしまいそうです。

 藤原さんは「ウィルス禍は、人間社会や自然が正常に戻ろうとする、ホメオスタシス(恒常性)が働いているようにも見えてしまう。とつぜん現れた新型コロナウィルスは、罰系システムが働いたかのように、世界をロックダウンさせ、ひょっとしたら、CO2 80%くらいの削減を強制しているんじゃないか。今は新緑の季節だけど、首を絞められっぱなしだった自然が、深呼吸して鮮やかさを増しているようにも見える」と、語っています。

 心なしか、確かにFirst of May、例年の若葉の頃よりは、新緑はきらきらと輝いて見えるような気はします。

 今日は、本を読んだ後、広場でストレッチをやってみました。部屋の中でやるよりも、大きく動けますし、身体もより曲げられたと実感しました。部屋の中で、大きな動きをすると、本、CD、DVD、ビデオテープなどが、落ちて来る危険性があります。外で身体を動かした方が、よりさわやかですし、健康的です。

 大きく前に前屈した時、紫っぽい花が、視界に入って来ました。帰る時に見ると「Sage」と、小さなプレートに表記してあります。即座に、音楽が頭の中を流れました。

Are you going to Scarboroug Fair
Parsley, Sage, Rosemary, and Thyme

スカーボロ(北海のドッガーバンクに面したイギリスの港市)の見本市にパセリ、セージ、ローズマリー、タイムなどのハーブを並べてるみたいな意味だろうかと、高1の夏休みにこの曲の歌詞を訳した時、想像しました。この曲の歌詞にイミフな箇所がありました。元々、イングランドの民謡なので、イミフでもいいんでしょうが、こんな感じです。

Tell her to make me a cambric shirt
Without no seams nor needle work
Then she'll be a true love of mine

うーん、曲を聴いていると、針を使わず、縫い目もなしでって言ってるように感じます。この彼女って、つまりスカーボロのマリア様みたいな人なんでしょうか。

 この曲は、サイモンとガーファンクルの曲。2人はニューヨーク生まれですが、イギリスに行った時に、作った曲です。サイモンとガーファンクルと言えば、やはりあの名曲。

Hello darkeness, my old friend
I've come to talk with you again
"Fools" said I.You do not know
Silence like a cancer grows

がん細胞のように、沈黙が広がって行くと言う、この暗いメッセージの曲は、大ヒットしました。

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