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ライク・ア・ヘル・エッジ・ロード(1)


 頭をふっ飛ばされた死体が出たのは、今日六人目だった。
 小さな家だ。メキシコの乾いた風が砂塵を巻き上げて、外から窓を叩いた。
 そこに真っ赤な血がべっとりと貼り付いた。七人目のクズ野郎の脳とのシェークだった。

「頼む……助けてくれ! 俺がなにやった?」

 男はぴいぴい泣きながら跪き、無様な命乞いをはじめた。誰でもそうだ。多分同じ状況になればそうするだろう。

「何やったって……わかってない? ホントに?」

 大きく、大きくため息をついた。彼女にとって銃口で人を小突くのにはもう慣れっこになってしまった。

「そ、そうだよ! 確かにコカインの売上はピンハネした! それは認める! この家の地下に埋めてある! でもそれは、組織のためだ。神に誓って私欲のためじゃねえ!」

 また女はため息をついた。意志の強い黒眉とは対象的に、金色に染めた髪を編み込んで、後ろで団子状に纏めている。
 着ているのは、モノトーン調の落ち着いた色のクラシカル・メイド服であった。ロングスカートは足元すら隠しきり、首や手首はロングネックのインナーでほとんど覆い尽くしている。両手は白い手袋──その先には白銀のブローニングFN。名作拳銃の最終ロットだ。
 異様な風体である、と言えた。こんなところにメイドがいるわけでもなく──ましてや左目のまわりに茨が侵食するようなタトゥーが張り巡らされているようなメイドがいるわけもない。

「私欲じゃない?」

「そ、そうさ。いざという時に貯めて投資! 組織に貢献するための隠し財産ってわけよ」

「そう。じゃああなたは組織のために貢献する気がある。そういうことでいいの?」

「もちろん! もちろんさ! クソ貢献しまくるつもりだよ、アミー……」

 男の頭をふっ飛ばすのには慣れ過ぎていた。熱を帯びた空薬莢が床に落ち、甲高い金属音を鳴らしながらダンスした。

「誰がアミーゴだ、くそ野郎。いつ私が男と友達になったんだ?」

 女は血飛沫が自分のお気に入りの服にべっとりついていることにようやく気づいて、大きなため息をついた。
 脱ぐしかあるまい。一秒だって長くここにいたくはないが、それ以上に男の血液がついている事実はいただけない。
 ついでにシャワーを浴びてしまおう。女は外の車──メタルカラーのS15のトランクルームからスーツケースを取り出し、今来ているものと全く同じメイド服を持って、シャワールームへと向かった。
 女の全身があらわになると、彼女のなめらかで少し浅黒い肌に、まるでキャンパスのようにタトゥーが施されているのがわかる。
 幾何学模様──トライバルと呼ばれるタトゥーが、全身に描かれている。首から上以外に、タトゥーがない場所がないくらいだ。下手をすれば服を着ているようにさえ見えるだろう。
 彼女の消えることのない復讐心の証が、このタトゥーである。
 この模様が消えない限り、彼女は──アドリアナは永遠に復讐を望み続けるだろう。

 死体だらけの家から出て、S15に乗り込み、仕事終わりの一服──『Nuke Purple』と呼ばれる紫色のタバコに火を点けたところで、無造作にダッシュボードに置いていた携帯の通知ランプが光っていることに気づいた。
 うだるような車内。エアコンが効くには時間がかかる。聞きたくもない男の声を聞くには落ち着かない気分だったが、報告だけはさっさとしなくてはなるまい──。

『今回もうまく行ったか、アミーゴ?』

「あんたと友達になった覚えはないね──まあ、全員ブチ殺しておいた。金は家の地下にあるだと。約束通り手はつけてないし部屋にも入ってない」

『いい仕事だ。金はどうでもいいんだ。今回は見せしめだ。最近、組織のメンバーがどうにもたるんでやがる。密入国のビジネスのほうが旨味があるからか分からんが、ヤクの仕事を末端にやらせて、監督もしねえ連中がいやがる。組織の金をくすねようなんてバカな奴らさ』

「だろーね。やつら、組織のためだと最期まで言ってた」

『アド、お前がわざわざメキシコまで出張って殺ったんだ。しばらくは真面目にヤクを売るだろうさ。礼を言うぜ』

 顔も知らぬ組織の幹部に礼を言われても、何も嬉しくはない。ああ、ムカつく。早く帰ってVOGUEの最新号が読みたい。新しい服と靴、トータルコーディネートでニ、三着は欲しい。

『アド。で早速で悪いんだが──ニューメキシコまで来てもらえねえか。場所はブエナ通りのバーガーショップなんだが』

「奢ってくれるわけ? バーガーって気分でもないんだけど」

『違う。仕事の話なんだ。うちじゃ、あんたに頼むしかない。『死の聖母』さまじゃなきゃ、やれねえ仕事だ』

 二言三言交わした後、アドは電話を切った。仕事は大事だ。金も。二、三着でなく、五、六着は服を買えるかもしれない。
 アドにとって、それはとても大切なことなのだ。

「……バーガーショップね。どうせならサブウェイにしてくれれば良かったのに」

 S15のアクセルを押し込み、タイヤが砂塵を巻き上げた。荒野の先にアメリカを隔てる高い壁が見えて──アドはそれを乗り越えるために、多くの人間が拒む場所──検問所へと向かった。

続く