六人の孔明、一人は熊猫。
その日、蜀の丞相・諸葛亮孔明は、自分の寝所に見慣れぬ女が腰掛けていることに気づいた。
「誰ですか、あなたは」
孔明はその場に立ち止まり、冷静に言った。もう十数年より前になったが、女を使った連環刑なる企みによって一人の暴君が死ぬことになったことを、彼はよく覚えていた。不用意に近づくのは危険だ。
「わたしは、あなたね」
女は妙にキンキンする甲高い声でそう言った。仙人か妖怪の類であろうか。それにしても、寝所でこのような問いかけをする者の話は聞いたことがない。
「わけがわからないと思うけど、あなたはわたしよ」
「名のある仙人か妖怪とお見受けいたしますが、私も時を選びます。もう深夜ですので、まずは私を寝かせてはもらえまいか」
孔明は部屋の入り口の前、机の上に置いてあった鈴を取り上げて妖怪に見せた。
「さもなくば、我が精兵がお相手することになりましょう。昼間であれば、まだ──」
「今日の警備担当は廖立将軍だったわね。この時間帯、あの人こっそり酒を飲むんだけど、あれいい加減やめさせなさいよ」
女は羽扇で顔を仰ぎながら言った。孔明の顔色が変わったのを見て、彼女は続けた。
「知ってるわよ。警備計画の草案作ったのは私なんだから。赤壁で風を吹かせるなんて大言壮語も言ったわね。あんなもの天気見てれば誰でもわかるのにね」
東南の風の話は、自らの心に秘めたはず。先帝にすら話していない。妖怪だとしても知りすぎている。孔明は鈴を鳴らさぬようゆっくり机に置き、椅子を引き寄せ、その場に座った。いつでも逃げ出せるように、近づきはしない。
「あなたは一体」
「私も孔明よ。……あなた、他の世界があるって聞いたら信じる?」
「仙界のことですか」
「違う。例えば、あなたが先帝に仕えるのを良しと判断しなかった世界のこと。当然あなたはその世界の数だけ存在する。あなたは、わたしなの」
なるほど。自分と話しているだけあって、孔明の理解は早かった。
続く