グリッチマン
叙ンは墓場に住んでいる。
正確には、叙ンは墓場の座標からマイナス数ポイント下に位置している。いつからこうだったのかはわからない。彼はそうあるべしとして作られ、設置された。
この墓場は所謂没データらしい。世界と繋がることなく、さりとて消されることもなく、プログラムの狭間でただ存在することを宿命付けられた叙ンは、唯一実装された墓を掘るモーションを繰り返し、誤った座標の下で足をバタつかせながら別の墓へと移動する。
数もわからぬほど繰り返した時間の中で今、叙ンは初めて自分以外の存在に出会った。
「やあ、ようやく会えたねジョン」
叙ンはそれが自分の名前だと初めて知った。彼が初めて触れた、創造主が作り給うた『真実』だ。
声の主は、まるで墓石の如く十字を描いた体つきだった。男が手を広げて十字を象っている。それがふわふわ浮いてこちらへ向かってきているのだ。
「叙ン。君はここから出なくちゃならない」
十字の男はふわふわ言った。叙ンはその言葉で自分の中に一本スケルトンが入ったような気がして、今までにないルート──つまり墓場の出口に向かって歩き始めた。
外へ出ると、街が広がっていた。叙ンのような現実の街を模したサンドボックス出身には馴染み深い街だった。見たことのないほど正確な物理演算で動く自動車、浮き上がる新聞紙。人々は叙ンとの干渉など気にも止めず、行き交っていく。
叙ンは自分の座標が少しマイナスなのが恥ずかしくなって、足首まで地面に埋まっているのが気になり、近くに停車していた自動車に手を置いた。
直後、自動車がずぶずぶと地面に埋まっていく。またしても叙ンは恥ずかしくなって、ポーズメニューから十字の男にヒントを求めた。
「君は自由だ。この街を自由に歩き回り、楽しもう」
叙ンはがっかりして振り向いて、今度は通行人にぶつかった。彼はスケルトンがぐちゃぐちゃになって、赤い液体が吹き出して、物言わぬオブジェクトになった。
続く