都市伝説系Vtuberマリー&ホロウ(2)

 ポップコーン。クラウン・ピザのデラックスステーキピザLサイズ。タフ・ビール4本。
 冷凍庫の中にはバケツアイスを買っておいた。
 それでも、ドモンの気は晴れない。映画を見るなら別だが、今から見るのは殺人オークションだ。
 マリー&ホロウのチャンネルでは、定期的に『降霊会』と称してそうした悪趣味な催しをしている。
 投げ銭と呼ばれる電子的おひねりを対価に、殺してほしい相手の名前を書き連ねる。
 マリーはそうしたコメントの中から良さそうな依頼をピックアップし、幾人かに殺してほしい相手の事を尋ねる──。
 狂っている。
 ドモンはそうした人殺しで金を稼いだ経験がいくつもあるが、殺し自体を気が狂っているという行為だとは思わない。人は誰しも殺してやりたい気持ちを抑えて生きている。時折それが抑えきれなかったりする人間がいるし、自分でできない人間がドモンを頼る。それを知っているからだ。
 狂っているのは方法だ。今は21世紀、捜査機関はサイバー犯罪に慣れ、インターネット上で犯罪を企もうものならかんたんに嗅ぎつけてくる。
 ディープウェブ、というアンダーグラウンドな場もあるにはあるが、それはそれだけ表の世界が彼らにとって住みにくい世界になったことを意味している。
 それを、おおっぴらに人殺しの請負をするなど本当にどうかしている。

「そろそろ時間か」

 サイがスタートを切るように、ビール瓶の蓋を飛ばした。彼の家は比較的大きなテレビがあり、今回はそれをモニタにしてスマートフォンからチャンネルを映している。
 ライトは消して、モニタの淡い光だけが部屋を照らす。映像作品への敬意だ。ドモンはポップコーンをむんずと掴むと、口の中に放り込んだ。
 マリーの動画は、この間見た回と同じく、かんたんな挨拶からネット上の時事、コメント返し、新作のゲームについての話題──取るに足らない話で十数分が流れる。
 ピザが無くなり、ポップコーンのバレルの底が見え始める頃──マリーが笑顔でぱん、と一つ手を打った。

「さて、じゃ皆さんお待ちかね〜。今週の『ホロウの生贄』のコーナー! ルールはみんな知ってるわよね? このあと投げ銭と名前をコメントして、連続してかんたんな理由を述べてね。言っとくけど、二行以上の理由は見ないからコメントしても無駄よ。簡潔にね。それじゃスタート!」

 まるで大瀑布のように悪意が流れていく。名前、投げ銭、理由、名前、名前、投げ銭、理由、理由──ドモンはそれを見るたび、悪意が形となって流れてくるように思えて、ポップコーンを手に取るのを止めた。

「ポストした。投げ銭は千ドル、理由はまあ適当にムカつくから、とかでいいだろ」

 サイはコメントを投下すると、ビールをぐびりと煽った。

「自分の命を安売りしすぎじゃないですか?」

「俺にとっちゃ大金だ」

 マリーはいくつかのコメントに笑いながら返し、ジョークを交えながら(リアルタイムでジョーク系の映像ミームを加えている)、感想を述べた。
 バラエティ番組を見ているかのようだったが、ピザが進まない。人殺しのターゲットの発表会だ。緊張もする。

「さあて、もう五十五分もやったの? 時間が経つのって早いわよねえ。それじゃ発表します。今回のホロウの生贄は──東区にお住まいのサイ・アーダインさん! 千ドルとはいえやることは変わらないわ。ホロウはいつでもそばにいるから。あっ、知ってのとおりキャンセルはできないし、もう報酬は受け取ったから、依頼者の人はそこんとこよろしくね。じゃ、来週の配信は、ジャパニーズ・オープンワールドゲームの新作、とうとうあれに着手するから! 生贄の行く末と一緒にお楽しみに〜。それでは、マリーと今週はお別れです。またね〜」

 マリーが手を振る動画が流れ、ファンアートが数分紹介されてから、動画はあっけなく終わってしまった。
 呆然としていた。逆にサイはビールをもう一本開けながら、スマホをいじっていた。

「……嘘だろ。もう引き落とされてる」

 彼の口座からは、マリーという相手に千ドルが送金されていた。もちろん、なにもしていない。動画配信サイトには、口座情報など紐付けていない。

「ハッカーでも後ろにいるんですかね?」

「アカウント情報からか? 口座はともかく、なんで俺が東区に住んでるのも知ってんだよ」

「僕が知りたいですよ、そいつは」

 顔を見合わせても、それらしい考えは浮かんでこなかった。イタズラにしては手が込みすぎている。
 三日以内の死。マリーとホロウが約束したのはそれだ。サイはまた、当事者として巻き込まれてしまったのだ。
 ドモンはピザを口にねじ込み、冷蔵庫からコーラを持ち出すとそれを流し込んだ。予感がした。
 相手がどういう存在だろうと、わかっていることがある。殺しに携わるのが人間で、その期限が近いならば──当然動き出すのは早いはずだ。
 その時だった。
 モニタを砂嵐が襲った。いままでマリーのチャンネルのエンドカードが表示されていたのに、突然だ。妙なことは続き、砂嵐の一部が黒いモヤとなって、人の形を作り出した。
 普通ではない。
 ドモンは柄を持ち、鯉口に指を当てて押し出した。ギラリと鈍い輝きが暗がりを照らす。

「下がってください」

「おい、何が──」

「ナニかが出てきます」

 モニタの液晶が波打つのを、二人は初めて見た。始めに出てきたのは、ガスマスクだった。肩が出てきて、体が伸び──ずるり、と足が飛び出した。
 手には長いナタを持ち、拘束具のような革状のなめらかな光沢を持ったライダースーツ。その体を覆うように、白いインバネス・コートを着た男が、モニタの放つ淡い光の中に立ったのだ。


続く

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