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ウイスキーボトル

はじめて出会った酒の銘柄を僕ははっきり覚えている。
それは25年前の春。まだ僕が10歳だった頃、みんなが外に出れなかった時期があった。

毎晩飲み歩き、家で晩酌をすることがなかった父も、この2ヶ月間だけは例外で、毎晩家で酒を飲んでいた。

多分深夜の1時ごろだったと思う、急に目が覚めてトイレに行くと、リビングで父が一人、酒を飲んでいた。

僕に気付いた父は「こっちにおいで。」と僕を呼んだ。僕が近付くと、父は空になった丸く黒いボトルを大切そうに抱きかかえた。まるで、鶏が今産み落としたばかりの卵を腹の下で温めているかのように。

しばらくして父は言った。
「部屋の電気を消して。」
僕がリビングの電気を消すと父は暗い部屋で空のボトルの蓋をとり、ボトルの口にライターで火を当てた。
すると、丸く黒いボトルの中に青白い炎がポッと一瞬だけ広がった。別にどうってことない灯だったけど、なぜだか鮮明に覚えている。

父は「暖めた空のボトルの口に火をつけると、アルコールが燃えてこうなるんだよ。理科の勉強だね。」と言った。「そうなんだ。」と言いつつも僕は理科よりもっと大切な何かだと思った。

未だにその答えを探してる。

それから25年の月日が経ち僕は最近、サントリーオールドの空き瓶を集めている。息子がもう少しで10歳になるからだ。
もしかしたら、僕が丸く黒いボトルの中に火を灯すとき、それを息子に見せるとき、あの日の答えがわかるかもしれない。そんなことを期待している。

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