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行き止まりの世界に生まれて/Minding The Gap

行き止まりの世界に生まれて / Minding the Gap
2020/9/4上映,93分,アメリカ,ドキュメンタリー

こんなドキュメンタリーはもう二度と撮れない。友達目線じゃないと撮れないし、カメラマンがスケボーに乗れないと撮れないし、12年かけないと撮れない。
それでいて、地域格差、人種差別、家庭内暴力、男尊女卑など現代に蔓延るあらゆる課題を抉り出すことに成功してる。
なのにそれを観終えた僕の心を満たすのは、人が生き抜く力の美しさと、果てしない自由なのだ。今も涙が止まらない。
中国系のビン、黒人のキアー、白人のザック、3人のスケーターの12年に迫るドキュメンタリーだ。

カメラマンであるビンは強い。芯がある。必ず目を背けないからだ。少年時代の受け入れ難い理不尽な境遇を咀嚼するために彼が選んだのは、カメラで撮ることだった。自分を写す鏡としての友達を撮ることで、自分自身を測ろうとした。それを12年間続けたのだ。実際に鏡に写った自分を撮ったショットや、彼の母と話す時の真っ直ぐな瞳がとても印象的だった。
言ってしまえば全編彼の叫びと友へのメッセージだから、こんなにも胸を打つし、どこまでも優しく響く。

キアーは天使だ。傷つきながらも、自分の為ではなく、他人の為に笑える人だ。彼の家庭環境や肌の色が少しずつ彼を変えていったことを思うと、僕は、彼の傷ついた優しい笑顔が画面に映る度に、どうしても涙を堪えられなかった。そのせいで後半はほぼ泣いていた。

ザックは陽気で優しくてスケボーも上手で人気者だった、だけど弱かった。ビンとは違って自分自身から目を逸らすようになり、キアーとは違って、自分のために、作り笑いをするようになっていった。結果少しずつ生活は破綻していく。
だけど一番人間くさいのは彼だ。僕がこんなに恵まれた環境ではなく、彼らと同じような立場で育っていたとしたら、辿る人生は彼と似たり寄ったりだったろう。ビンの強さとキアーの優しさは、誰しもが持てるものじゃない。だからこそザックが愛おしくて仕方なかった。この映画のエンドロールの後にも彼の人生は続くのだ。その幸せを願ってやまない。

ここは行き止まりだ。そう感じることは誰にだってある。特に10代の頃はそうだろう。そんな時に、「これは壁じゃないよ」って、「ほら、そこに取っ手があるのが見えないか」って、「引くんじゃない、押すんだ、さあ開いてみな」って、その外側に無限に広がってる世界との繋がりをくれるのが、芸術であり文化でありスポーツであり、彼らにとってはスケボーだったのだ。

人通りや車の少ない早朝、彼らは街を滑走する。まるで迷わずに、何かに導かれるように風を切る。
その瞬間だけは、あれだけ抜け出したかった街が、差別も暴力もない、ただのスケートパークでしかなくなるのだ。
美しい光景と、スケート映画にしては珍しく、ヒップホップではなく慈しむような優しいピアノが彼らを包み込む。その中でなら、彼らはあらゆる「Gap」を悠々と飛び越えて行くことができるのだ。

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