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ボランティアってなに?

こんにちは、高月香里です。

またまた前回からけっこうな日にちが経ってしまいました。

書きたいことがあって始めたこのnoteですが、その書きたいことを書くことに、やはり躊躇してしまいました。とてもデリケートな問題だからです。

でも、前回メンタリストDaiGoさんのことまで話してしまいましたので、書き記しておかねばと思い直しております。

もう10年ほど前になるのですが、私は介護福祉士の資格を取得するために専門学校へ通い始めたのですよね。今後もっと需要が増える仕事だと感じたからでした。

その専門学校の講師に、全盲の先生がおられました。私の席は名簿の順で先生の正面でした。その先生は、『障がい』についての授業をされており、私は席が先生に一番近いことから、いろいろなことを手伝わされました。

チョークを手渡したり、黒板に書かれた文字が被らないよう「そこからで大丈夫です」「20センチほど右から」とかお伝えしたり、椅子を差し出したりでした。

そういった経緯から、先生はすぐに私をご自身が関わっておられる催しのボランティアに誘われました。私は参加することが勉強になると思い参加するようになりました。

ボランティアの内容は、先生が私達の専門学校以外の場所で講演されるときにお手伝いしたり、先生が行事を主催されるときにはたくさんの視覚障がい者の方々が参加されてましたので、その方々の補助をしたりというものでした。

ところがある日、行事の当日、過去最大の台風が来ることとなりました。

台風が進路を変えてくれることを願っておりましたが、前日になってもその様子はなく、行事の時間には完全に暴風域となる予報が続きました。

その行事は、主催は先生ではなく、ある協会が行うことを先生からきいており、質問その他の事柄は、その協会の会長にきいて会長の指示に従ってほしいと先生から言われ、連絡先もうかがっておりました。

台風襲来の前日、私はその会長さんに連絡をしました。本当は待っていたのですが、「台風のため行事は中止」との連絡が来るだろうと。しかし午後になっても連絡はありませんでしたのでこちらからメールを送りました。

話が少し逸れますが、私は当時ボーイスカウトのリーダーをしておりました。ボーイスカウトの中のビーバー隊という、5歳から小学2年生の子達の隊の副隊長をしておりました。

行事当日はビーバー隊では活動のない日でした。あれば当然ですがそちらを優先させてました。しかしボーイ隊という中学生以上の子達の隊では野外活動が予定されておりました。

ボーイスカウトというのは、台風が来ようとも予定された活動は必ず遂行されるものでした。それが自然を学ぶことに繋がり、台風自体をどうやり過ごすのかも学ぶことができると考えられていたからだと思われます。

けれども、「過去最大の台風」ということで、異例の対応がなされました。前日の朝、ボーイ隊の活動中止をメールで知らされたのです。

話を戻しまして行事当日は、私だけではなく、高校卒業後からすぐに専門学校に通い出した19歳の学生さん数人もボランティアとして参加することになっていました。

会長さんへメールしたものの返信はなく、夜まで待ちましたが私は痺れを切らし、ボランティアに参加予定だった学生さん達に連絡をしました。

「来なくていい」と。「何か言われたら責任は私がとるから、私から来なくていいと言われたから行かなかったと私のせいにしてくれていい」と。

皆んながみんな、ホッとしていました。「親がすごく心配していて」という学生さんもいました。

その後会長さんに再度メールをしました。私の独断で学生達は不参加になるということをです。それでも会長さんからはやはり返信はありませんでした。

そして当日、私は集合場所へ向かい、間もなく専門学校の先生も来られました。こちらからお声掛けしましたら、「他の学生達ももう来てる?」ときかれましたので、「台風が来ているので学生さん達は来ません。私が来なくていいと言いました」と申しました。

そうしましたら先生は怒り出しました。「君はボランティア失格だ!」と大声で言われました。「台風が来ているんですよ。そんな危険をおかしてまでこの行事を決行する必要があるのですか」と反論しました。「台風?そんなのボランティアには関係ないだろう⁉︎」と言われました。そこに会長さんらしき人が現れ、「先生、やめなさい。この人が言っていることは正しい」と言ってくれました。

先生は納得がいかない表情をされてましたが、会長さんには反論されませんでした。

ボランティアは私達だけではなく、その行事のお馴染みらしいご高齢のボランティアさんも数人おられました。

そして私達は行事の出発点へと移動しました。それは市役所前でした。そこで市長から行事についての挨拶がなされ、市長は最後に、「台風がきていますので、今日の行事はこれにて中止にします。気をつけてお帰りください」と言われました。

それで初めて先生は諦めがついたようでした。しかし私達ボランティアは、解散場所までボランティアの役目を果たしました。私達は台風のことが気がかりでしたが、先生や他の方々は、解散場所に着くまでの間、その日振る舞われることになっていたお弁当の話ばかりされてました。

市長も市長だと、私は思いました。中止にするならなぜもっと早く主催者へ伝えなかったのかと。もしかすると、会長さんへは知らされていたのかもしれません。だから、私に返信しなかったのかもしれません。

兎にも角にも、私は「ボランティア失格」の烙印を押されてしまいましたので、それからは二度とボランティアに参加するものかと思いました。

そればかりか、白杖を持っている人に接することすら私はやめました。

「駅のホームは視覚障がい者にとって最も危険な場所なんです。誰でも一度は線路に落ちます。二度三度落ちた人もいます。だからホームで白杖を持っている人を見たら声をかけて手を貸してあげてほしい」

先生は授業でそうおっしゃってました。皆さんはどうか、手を貸して差し上げてください。

私も今では見ていられないような状況に遭ったら、仕方なく、それでも仕方なくです。お声掛けしたり、肘を持ってもらって誘導したり、最小限のことはしております。

けれどもあの日あの時のことはやはり忘れられず、白杖を持って歩いている人を見かけると、正直今でもいやな気持ちになるのです。

なかには、「そりゃその先生の言い分はもっともなんじゃないか」「ボランティア失格と言われるのは当然でしょ」と思われるかたもいらっしゃるかもしれませんね。

何が正しいのか、私にもわかりません。ただ、自分の感情を表出したいと思ったまでです。

何はともあれ、最後までお読みいただきありがとうございました。

ふーっ。

2022.12.21.Wed



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