【小説】午後とアジフライ

お昼休みの時間になった。ショーンは昼食を買いに、オフィス近くのスーパーマーケットへ出かけた。

マーケットでは様々なお弁当が販売されている。その中から、ショーンは明太のり弁当をチョイスした。

お弁当の他に、揚げ物のお惣菜も売られている。カニクリームコロッケ、エビフライ、アジフライ、イカフライ、メンチカツ…。充実のラインナップだ。どのフライもしっかりとパック詰されている。

ショーンはハードワーカーので、昼にしっかりと栄養をつけ、午後に備えなくてはならない。

「お弁当の他に、フライも食べたいなあ…」

ショーンお弁当だけじゃ足りないと考えた。

ショーンの好物はカニクリームコロッケとアジフライである。どちらを買うか迷う。ショーンは社長ではないので、フライ2品は贅沢だ。どちらかのフライに絞らなくてはならない。

「よし！今日はカニクリームコロッケだ」

ショーンは決断が早い。社長になる日も近いかもしれない。

明太のり弁当と、カニクリームコロッケのパックを抱え、レジへ向かった。飲み物は買わない。ショーンは水道水を好んで飲んでいる。それは節約のためでもあるし、ショーンの思想も関係していた。

「お茶や水をわざわざ買う必要はない」

ショーンの思想である。ペットボトルのお茶や水が発売された当初は、そんな思想を持つ者も大勢いたと聞く。

現在では、誰もが当たり前にお茶や水を買っている。未だにこの思想を持つ者は少ない。水道水を飲んでいると奇異の目で見られる場合さえある。

水道水派のショーンは『駅のホームの水飲み場ユーザー』だった。多少の人目を気にしながら、ゴクゴクと水を飲む。そんなショーンも初デートのときは、水飲み場の利用を我慢した。

「駅のホームの水飲み場の利用は、マイナスの印象になるかもしれない」

ショーンは分別のある男だ。

会計を済ませ、ショーンはマーケットを出た。平日の昼下がり、マーケットに面した歩道には、それなりの人通りがあった。

人々が行き交う歩道。マーケットを出た瞬間、ショーンは違和感を持った。入店したときと、ある点が異なっていたからだ。

アジフライが落ちている。

さっきのスーパーに売っていたアジフライが店前に落ちている。キチンとパック詰され転がっている。

道行く人は誰もアジフライに興味を示していないようだった。

頭がアジフライでいっぱいになっているのは、この世でショーンただ1人である。

「アジフライ…」

ショーンは悩んだ。アジフライはキチンと密封されている。衛生的には問題なさそうである。問題はひとつ『周囲の目』だ。

これを拾って食べれば、ショーンは『アジフライを拾い食いした人』になる。

ショーンは別に『アジフライを拾い食いした人』になっても構わない。ただ周囲から『アジフライを拾い食いした人』と認知されるのは避けたかった。

ショーンは悩み、スーパーの外周を歩いた。

道のアジフライはスーパーに陳列されていたときと同じ状態である。アジフライそのものには、なんの問題もない。

「道に落ちている」その状況のみがアジフライにケチをつけている。すぐに拾って買い物袋に放り込めば、そのケチも解消されるのではないか？

拾うなら早い方が良い。時間が経てば経つほど、アジフライは道に溶け込んでいくような気がした。『道に落ちているアジフライ』としての地位が着実に築かれつつある。

急がなくてはならない。今ならまだ『道に"陳列"されているアジフライ』と表現しても差し支えないのだから。

マーケットの外をひと回りし、再び出入口の前に到着する。アジフライはまだあった。

ショーンは拾う決断した。

決断と同時に、ショーンはその拾い方も考えていた。ショーン発案の拾い方は以下である。

『自分がアジフライを落とした風を装い拾う』

いざ決行。アジフライに歩み寄るショーン。アジフライに到着し「おっとっと」といった様子の仕草をし、アジフライをサッと回収。

「やった…」

アジフライを奪取したショーンは、やや急ぎ足でオフィスに戻った。

オフィスに戻ったショーンは、流し台に向かった。蛇口を捻り「ジャーッ」とコップに水を汲んだ。

コップを持ってデスクに戻る。デスクに買い物袋を置き、席に座った。

それから明太のり弁当、カニクリームコロッケ、そして回収したアジフライ、以上3品をデスクに広げた。

「いただきます」

まずはお弁当の包装を剥がし、漬物と白米を食べた。

それからカニクリームコロッケとアジフライ、両方のパックを開けた。どちらから食べようか、数秒ほど考えアジフライから食べようと決めた。

アジフライ1匹を丸ごと箸で持ち上げる。ショーンはそれを口に運んだ。

「サクッ」

こぎみ良い音。揚げたてに近い食感。道に落ちていたアジフライだとは思えない。ショーンは目を閉じ、よく噛んだ。よく噛んだ。よく噛んだ。

ゆっくり飲み込み、追って水道水を飲んだ。
やっぱりフライは美味しい。休日にミックスフライ定食を食べに行こうと誓った。