ホメラニアンが終わってしまった

去年の年末に「ホメラニアン」が終わってしまった。

ホメラニアンとは去年の4月から始まった、東京FMのラジオ番組である。

職場ではいつも東京FMが流れているので、何となしに聞いていた。

番組のコンセプトは「全肯定」

パーソナリティは月曜と火曜が犬山紙子さん、水曜と木曜が関口舞さん。毎回20時からの放送だった。

全肯定といっても、ガハハ!と笑い飛ばすようなガサツな全肯定ではない。

傷ついている人、落ち込んでいる人をソフトに慰める。そんな繊細な全肯定だ。

番組の雰囲気は決して明るくなく、しっとりしている。

色でいえば青だと思う。A.Oと表記するとよりイメージに近づく。アルファベットのようにスタイリッシュなのである。

番組では気持ちをクールダウンしてくれるような曲がよく流れる。

以前「明日への手紙」という曲が流れた。

特に思い入れのない曲だった。TVか何かで流れているのを聞き流した覚えがある。

この曲を夜の職場で聴いたのは初めてだった。

なぜだか私は、涙でも流れそうな気分になった。

この番組のリスナーは全員そんな気分になっていると思う。この番組で読まれるお便りはどこかセンチメンタルなのでそう思う。

私は他人のセンチメンタルを馬鹿にしがちなので、普段ならこの番組を大変に舐めていたかもしれない。

しかし仕事中の私は違う。読み上げられるセンチメンタルなお便りにとても共感している。仕事中は私もセンチメンタルなので事情が変わってくるのだ。

「こんな失敗をしてしまいました」

そんなお便りがよく読まれる。その失敗も責任ある立場の人の失敗ではない。立場が低い人の失敗だ。

だからこそ励みになる。ダメな人間は私だけじゃなかった。独りじゃないってそれだけで素晴らしい。

失敗談を読まれたリスナーは、だいたいパーソナルティに励ましてもらえる。パーソナリティの優しく、落ち着いた語り口が心地いい。

パーソナリティが送り主を励まし終わると、犬の鳴き声が入る。

「ワオン!ワオワオーン!」

活発な鳴き声がしっかり入る。番組のトーンがちょっと揺れる気がする。この吠えている犬がおそらく「ホメラニアン」だ。ホメラニアンが鳴き終わると、また別のお便りが読まれる。そして送り主が励まされ、再びホメラニアンが吠える。ホメラニアンの鳴き声はショートコントでいうところの「ブリッジ」の役割を果たしているのかもしれない。

この番組には「マイメロディのマイメロセラピー」というコーナーが存在する。このコーナーも番組のトーンを少し揺らしている気がする。

このコーナーでは、マイメロディがリスナーの悩みに答える。マイメロディとはサンリオのあのマイメロディである。ラジオなので声のみの登場だ。パーソナリティはマイメロディを「マイメロちゃん」と呼ぶ。

今までの色がA.Oだとしたら(犬が吠えるときだけ真っ赤)このコーナーは妙にピンクだ。ただマイメロディのテンションがピンクなだけで、リスナーの悩みはけっこうハードだ。

このまえ同僚の大木君と同じエレベーターに乗り合わせた。

私たちはお互いに挨拶を交わした。

「おはよう、大木君」

「おはようございます」

「・・・」

「・・・」

私たちは二人とも口下手だ。挨拶が済むと沈黙が続いた。

しばしの沈黙の後、口下手ながら大木君が話し始めた。

「何で夜になるとマイメロディ出てくるんですかね・・・?」

分からない。確かになぜマイメロディが出てくるのだろう。

「何でだろうね?意味わかんないよね」

あの番組にはマイメロディが出てくる必然性がないように思えた。

「オレ今週の土曜日、髪切りに行くんすよ」

急に次の話題に移ってしまった。

「そうなんだ」

マイメロディは沈黙を埋めるためのどうでも良い話題だったのかもしれない。

散髪の情報もおそらく同様だ。聞いた端から忘れてしまいそうな情報だった。

現にその日の昼には大木君の散髪の予定など忘れていた。

そして次の週、なぜか大木君は髪を切っていなかった。

それについて大木君には何も聞かなかった。なぜなら忘れていたから。

それから年末を越え2020年を迎えた。大木君はまだ髪を切っていない。

もしかしたら散髪の予定は嘘だったのかもしれない。嘘の予定をでっち上げてしまうほど沈黙が気まずかったのだろうか。そうだったら申し訳ない。

大木君の髪はいつまでも伸び続け、ホメラニアンの放送は終了した。そして「ねるまえのまえ」という新番組が始まった。

マイメロディのコーナだけは、なぜか新番組に引き継がれている。人気があったのだろうか。

今度エレベーターで大木君に意見を求めてみようと思った。

【 追記 】
Spotifyにホメラニアンのプレイリストがあった。https://open.spotify.com/playlist/0XmDBjGH7wwADhqsL38BaA


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