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酉の市

酉の市にお初に参ったのはいつ年の頃か

齢を重ねるにつれ、月日を重ねるにつれ、
物覚えというものが大変悪くなった

おつむがただ衰えているだけなのか、
はたまた記憶を諦めているのか

新天地に寝床を構え、
そこでの生活にも慣れ親しんできた頃、
飲み屋の親父とおでん屋の翁に誘われて、
霜月の酉に訪れたは花園神社

境内に煌々と光る提灯は
江戸の世を思い出せる華やかさで
辺りから活気のある願掛けと
拍子木の音色が響き渡る

土地柄もあり、様々な生業の人々が行き交う

参拝客は長い列を成して
悴んだ手を吐息で温めながら
己の番はまだかまだかと
一歩一歩階段の歩を進める

『その頃の私は何を願ったのだろう』

沢山の熊手が吊り下げられた道を
名の入った熊手を抱えた人がゆく

飲み屋の親父とおでん屋の翁の行きつけと思しき
熊手屋の前で両人はすっと札を差し出す

つうといえばかあなのか
店主もすっと札を受け取り
滞りなく準備する
多くの言葉は交わされない

なんとも粋な流れだ

初めて訪れた時には勇気が出ず
手が出なかった麗しき熊手

後悔した

その一年後悔したと言っても過言ではない気がする

少なくとも芸事をしている身
名を売りたい、名を上げたいと思ってる身
あん時の決断は全く粋じゃなかったなと

ひと年まわった翌年の酉の市
初めて自分の名の入った熊手を手にした

おでん屋の翁が「お前は今年が初めてだろう」と
自分の分まで札を出してくれた

それからは毎年行っている

今年はどうしようか迷っていたが行ってよかった

新しくなった熊手を小脇に抱え
肩を振るわせながらおでんと酒が身体に染みる

年月は流れれど、変わらないものはある


劇団での企画や、自分の企画の制作費として有難く使わせて頂きます。髙頭祐樹がやりたいことを出来るだけ多く皆さまに届けられるように色々と作っていきたいと思っています。