見出し画像

フォームからのライフスタイル

今年に入って初走りしたものの、忙しさから中々運動が出来ずにいて
約一カ月ぶりにジョギングで体を動かしました。

汗をかくって気持ちいい!!
ストレス発散になりました。

久し振りだっけど思った以上に体は動き、時々歩いたり休憩しながら50分掛けて無理なく7キロ走りました。

故障しない様に体に気遣いながら一歩一歩動かし、
その確かな意識がとても楽しかった。

腕の振り、肩甲骨や肘の位置、顎の角度、腹筋の支え、着地と蹴りだし、下半身と上半身のリズムのバランスなどなど気にするところ満載ですが、フォームの安定こそが良いパフォーマンスにも繋がるし怪我も避けられます。

あーでもないこーでもないと考えに考え、50分間身体も頭もフルに活動。必要以上に疲れそうですが、内容としては実は疲れも無く終始楽しかったです。

この感覚に、改めて手応えを感じた考えがあります。

実践で捉えると楽しいが続けられて、時間や距離で捉えると疲れてしまい楽しくない。

時間や距離や回数を気にせずに、実践をただただ楽しんで自分に出来る課題を強制無くクリアしていくことが大切。

以前の話ですが、ジョギングするのに例えば「今日は1時間走ろう」「今日は7キロ走ろう」と自分に課し、ペースもバラバラで疲れてきても自分で決めたことだし、と走り続けてなんとか完走します。走り切った実感はあっても時間や距離に縛られるし疲れることを覚えてしまい、次走りに行こうと思っても疲れるし決めた距離を走れないかも、と億劫になってしまうようになりました。

それが引っ掛かりジョギングをやめてしまいました。

目標だった課題のはずが、追い詰める羽目に。

これぐらいの時間練習しよう、この回数を練習しようとすると時間や距離や回数の達成が目的になってしまい、本来底上げしたいスキルアップに焦点が当てられず、思うように成果が出なくて辛くなります。

何かを頑張るということは、成長していってこそ楽しいもの。

夢中になっている様子の比喩として「時間を忘れ……」とよく使われますが、実践することに夢中になっていると楽しくなり時間を忘れますよね。

時間の制限があっても、あっという間に終わったと感じます。

今回のジョギングもあっと言う間の50分で、3キロくらい走れればいいかなと思っていたのが結果的に7キロまで伸びて、無理なく楽しい運動になりました。


良い結果に結びついたので、客観的に分析してみました。
やはり目的意識の見極めが肝心に思います。


そもそも7キロ走るつもりはなく、50分走るつもりもありませんでした。
実践を優先にしていくうち、結果的に距離はいつの間にか7キロになり、時間を忘れ走っているうちに50分になりました。

ここでの実践とは自分が課題にしていることで、体の隅々まで意識して動かし、呼吸や疲労度や集中力の波の経過や結果をトライしながら確認していました。

実践を目的にすることで付随するスキルアップもあり、結果的に距離や時間も延び、その時間や距離が実力で可能であると証明されることにもなります。

反対に時間や距離だけの目的で達成したとしても、それが実力であるという証明にはなりません。
なぜなら、どんなにへばっていても体が悲鳴を上げても不格好でも達成すればいいので、実力を上げていく成長とはかけ離れた運動になっています。

50分走れればいい、7キロ走れればいいという目の前の満足ではなく、
それ相当の実力をつける、とでは一見同じような動作も実践の質は大きく異なります。

50分走れるようになりたいとか、7キロ走れるようになりたいという目標の動機ならとても良いことですが、とりあえず50分走ろうとか、とりあえず7キロ走ろうという目の前の動機はそれが主軸になってしまうため、前述にあるように目的が変わってしまうのでスキルに焦点が向きづらくなってしまいます。


いつの間にか手にしていた基本の思い込み。


僕自身も過去は謝った考え方を持ち、なかなか成長出来ないことに悩んでいました。

説明した考え方に辿り着く以前は、何キロ走ろうとか何分走ろうとか何回トライしようという単純に行動していました。

ただそれは怪我をしたり、モチベーションんが上がらなかったり、そもそも楽しいが続かない。
行動した時間が事実で、その積み重ねを支えにしていました。
ここで辞めたら勿体ない。ただそれだけ。

なんでそんな捉え方なのだろうと振り返ると、
そこには部活動での経験がありました。
顧問の先生から、何分走ってこいとか何キロ走ってこいとしか指示されず、動きの事は何にも言われません。若いだけに続けることで体力筋力は身に着きますがそれは偏っていて良い体つきとは言えません。
僕の学生時代はまだまだ根性論が主流でした。


誰のせいでもなく、気づいて成長させるのが自分。
基本的なマインドはフォーム作りにある。


身体の動かし方の大切さを知ったのは、俳優の大先輩の榎木孝明さん主催の古武術WSに参加して、身体の構造やエネルギーの流れ、テコの原理や意識の使い方を教わり目から鱗で全ての概念が変わりました。

そして実践同様にフォームが大切なのだと気づきました。あらゆる分野にフォームがあり、本当の意味でフォームの大切さを知りました。

ジョギングの実践で意識していたことは、正しいフォームを作るためのものです。昔は汚い走り方をしていたのですが、おかげで今は綺麗なフォームになりつつあります。

走ったり跳んだりするトラック競技、野球やゴルフやテニスなどの球技、ピアノやバイオリンなどの音楽、さらには包丁さばきの料理界まで挙げては切りがないほどすべてにフォームは存在しています。

フォームは、動かし方の意識と動作が生むエネルギーの流れの理解という精神論と力学から作られます。

日ごろ料理で使う包丁さばきで例えると、

包丁を使う、
包丁で切る、

多くの人はそれくらいで思っているのではないでしょうか。

これでは包丁は扱えず、切れるものも切れません。

包丁を理解するうえで大切なのは、

包丁は縦の動きでは切れず、そして刃を使わないと切れません。

つまり、横の動きを意識して刃を使う、と意識すると簡単に切れるようになります。

包丁を使う、包丁で切るという言葉だけでは包丁全体を意識し握る手に力が入ります。すると本来向けたかったエネルギーは持ち手で止まってしまい上手く力が働きません。

刃を使うと意識することで無駄に握る力は無くなり、刃に焦点が当てられ刃を活用する意識が働きエネルギーが刃が当たる物体に力が注がれます。

もうひとつ言うならば、背格好や台の高さは様々。その条件で力の流れは変わりますので、自分にとって動かしやすい、力が入りやすい体勢を見つけられると自分だけの正しいフォームに近づけます。

切れるようになるだけで料理も楽しくなりますし、ぜひ活用してみてください。

たかだか包丁の動きだけですが、正しいフォームを意識していくだけで日常も変わります。

例えば日常の歩き方、自転車の乗り方、階段の上り下り、信号待ちでの直立でさえフォームとして捉えるといいですね。
正しい体の使い方、正しい力の流れを意識し続けるので少し疲れもしますが、筋肉や関節がきちんと使われ新陳代謝も上がり、肉体も若返ります。



動作は奥深い。
楽な姿勢と言えば猫背。疲れる姿勢は背筋を伸ばす。
楽な姿勢は体を脆弱にさせていきますね。
無意識で動けるからこそ怖い。

健康を気遣うように動作にも意識を向けて、一段上のライフスタイルを心掛けていこうと思います。



休憩ポイント。
梅の木でお花見していました。寒そうでした。
見惚れるくらい綺麗に咲き誇る撫子色の梅。
見ているだけで凛とさせる白練の梅。

ご支援くださりありがとうございます!!これからの様々な活動に活かしていきます☆ これからも応援よろしくお願いいたします!!