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SOFTLY / 山下達郎

2021年3月28日。
コロナの影響もあって、ライブツアーの中止をラジオ「サンデー・ソングブック」内で発表した山下達郎さん。

その代案として、ニュー・アルバムの録音を始めた報告と、ライブ・アルバム「JOY 2」の制作を匂わせる発言をしていた。


そして2022年4月、正式にアルバムの発売が決定。
アルバムタイトルは「SOFTLY(ソフトリー)」となった。

前作の「Ray Of Hope」より11年ぶりのアルバム。
当然、その11年間にシングル曲も発表しており、シングルの発表当時から、ミックスに関する技術が向上した事で、帯に「全曲を最新MIXにて収録」と書いてある通り、既出曲も全曲ミックスされ直している。

そんなワケで、音の違いが分かるリスナーならば、シングル時点とアルバムでのミックスの違いを楽しめる、聴き込み甲斐のあるアルバムとなった。


【曲解説】

*あくまで私見の羅列ですので、多少の内容の差異はご容赦ください。

1.フェニックス [2021 Version]

38枚目シングルの両A面曲。
NHKのSDGsキャンペーン「未来へ 17アクション」の依頼が来て、過去にNHK「地球だい好き 環境新時代」のテーマソングとして提供した「フェニックス」を、アカペラ・スタイルで再録した60秒バージョン。
アルバム収録は2022年だが、SDGsキャンペーン自体は2021年1月から始まっていたので「2021 Version」。

2.LOVE'S ON FIRE

新曲。アルバム発売日にMVが公開された。
ちなみに、MVで踊っているダンサーのENDoさんと言えば、日本テレビ「ZIP!」でコーナーを持っていた人。「MY MORNING PRAYER」繋がりだろうか。コーナー中に披露するキレキレのダンスは今も健在だった。

3.ミライのテーマ

達郎さんソロで51枚目のシングル両A面曲。
マスタリング効果もあって、シングルよりも音量が大きくなった印象があるが、ちゃんとミックスの違いを感じる事が出来る。
全体的な特徴として、ドラムの音量が少し抑えられ、歌がより強く出ているように聴こえる。
また、コーラスを聴いていると、シングルの方がハイが強い気がするが、このアルバムでのミックスでは、かなり自然なミックスに落ち着いている。

4.RECIPE

52枚目のシングル曲。
正直、アルバム発表時点での最新シングルな時点で、一番ミックスが変わったかどうかが分かりづらい。過去11年間なら納得だけども、発表からまだ3年足らずでは、そこまで技術の進歩を感じ取りづらい。歌が少し強く聴こえるかも。

5.CHEER UP! THE SUMMER

49枚目シングル曲。
この曲は、もはや解説不要なレベルでミックスが異なっている。何もかも違いすぎる。
シングルではドコドコ言ってるループのリズムを聴かせて、ベースもしっかり鳴って、後は邪魔しない程度に彩りを添えるようなミックスだった。
対して、このアルバム・ミックスでは、イントロからピコピコが聞こえたり、ギターのカッティング、シンセ、ストリングス、鉄琴もハッキリ聴き取れるし、リバーブの空気感にも触れる事が出来る。
「実はこの曲、こんなにも音が鳴ってたんだけど、気づいてた?」と問われているようなミックス。シンプルなシングル・ミックスも良いんだけど、楽しい夏を想起させるような、面白いミックスと言える。
何より、やはり歌がデカくなった。そして、うっすら感じたのは、シングルに対して、アルバムでは、ボーカルのコンプ感が少し弱まった。と言うか、オートメーションを使ったのか、より自然かつ小さい音も聴こえるように調整し直されたような気がする。
既発曲ながら、もはや別作品のように楽しめるし、既発シングルとミックス違いを楽しめるので、この曲だけでアルバムを買って得した気分になった。

6.人力飛行機

生ドラムとして、上原裕(ユカリ)さんが起用された新曲。この曲を録った後、ドラムのクオリティに納得した達郎さんが「OPPRESSION BLUES」の生ドラムに上原さんを再度起用したとのこと。
この曲を聴いた時に「SONORITE」収録の「風がくれたプロペラ」を思い出した。「風がくれたプロペラ」を聴くと、どうも感情が燻っているような感覚に陥るので正直好きじゃないんだけれども(そもそもそういう曲がまだ自分の好みじゃないだけで傑作ではあるんだろう)、この「人力飛行機」は何か気楽に人生を楽しめるような感覚になる。
余談だが、「風がくれたプロペラ」から、「僕らの夏の夢」で「零戦」を出して来たり、この「人力飛行機」と言い、プラモデル好きな達郎さんの事なので、飛行機についても造詣が深いのだろうか。

7.うたのきしゃ

「ミライのテーマ」と共に、51枚目の両A面シングル曲のもう一曲。
この曲もミックス違いが分かりやすいのだが、この曲では金管楽器隊を強く押し出したミックスになっている。
余談だが、「ターナーの汽罐車」と言い、「うたのきしゃ」と言い、プラモデル好きな達郎さんの事だから(以下略)

8.SHINING FROM THE INSIDE

アルバムの開封動画の音源に、フルサイズそのままが使われている。

アカペラ仕立て。達郎さんと言えばアカペラだけども、純粋な新曲×アカペラって、実は「Love Can Go The Distance」以来では無いだろうか…?
エステティックTBC、ソシエ エステティックのタイアップが付いていて、アルバム解禁前から少しだけ聴けた曲。
作詞にはnana hatoriさんを起用。英詩曲ながら、nana hatoriさんご本人による日本語対訳がブックレットに記載されている。

9.LEHUA, MY LOVE

2019年、CMの為に作られていた曲。
シングルでの発売は無く、このアルバムでフル初公開となった。
恐ろしいのだが、この曲、達郎さんと橋本茂昭さんの二人体制で制作されている。ドラムもかなり自然に聴こえるのだが、クレジットを見ると、ベースの表記がない。つまり「Computer Programing」に、ベースまで入っている事になる。確かに、今どきはベースくらいなら打ち込みでも十分にソレっぽく聴こえるのは知っていたが、こんなにも違和感なく聴けてしまうものなのか。

10.OPPRESSION BLUES (弾圧のブルース)

新曲。
生ドラムに上原裕さんを起用。実は演奏録音時にメトロノームを全く使用していない。後からリズムを足す際、テンポ検出したところ、全くテンポの揺れが無かったらしい。
この曲は、タリバンが女性に教育は禁止とした問題、ISが少女を連れ去り拉致している問題、ミャンマー、シリア、香港など、世界的な問題について感じたことを、2021年に曲を書いていた。
2022年2月、ウクライナ侵攻が始まった。2022年3月6日、アルバムタイトルが言えない、発売日すら決まっていない等の状態だったが、情勢を鑑みて、この曲が「サンデー・ソングブック」にて先行で放送された。のちに各国言語に翻訳したリリック・ビデオがYouTubeにて公開されており、実質的なリード曲となっている。

11.コンポジション

48枚目シングルのカップリング曲。
シングルのミックスでは、歌にルーム系のリバーブが付いている気がするが、アルバムでは、プレート系のリバーブも聴き取れる。また、他の曲と同じように歌が持ち上がっている上、打ち込みのキックについて、少し低音を抑えたようにも聴こえる。

12.YOU

新曲。
達郎さんがネットサーフィンをしていた際に「あなたの○○ あなたの○○」と続き、最後に「YOU」と締める詩を見つけ、前々からこういった曲を作りたいと思っていたらしい。
また、ロック・ミュージカル「Hair」の「I Got Life」と言う曲の存在と、その曲について否定的なコメントを残した作曲家が居て、達郎さんはその発言に違和感を感じていたことを思い出し、この曲を作ったとのこと。

13.ANGEL OF THE LIGHT

2008年発表、43枚目シングル「ずっと一緒さ」のカップリング曲。
2010年発表予定だったアルバム「WooHoo」に収録予定だったこの曲。シングル発表時点で、既に「Single Version」とされていたのだ。しかし「WooHoo」ではミックスが気に入らず、他の要因もあってかアルバムごと発売延期。2011年に東日本大震災を受けて大幅に内容が変わって発表されたアルバム「Ray Of Hope」には不選出。
2013年、達郎さん御用達の英作詞家で、この曲の英詩も担当したAlan O'Dayさんが亡くなった。この曲が、Alan O'Dayと達郎さんの共作最後の楽曲である。
11年ぶりのアルバムのクセして、唯一、この曲は14年も前の存在である。
達郎さんは「無理やり(アルバムに)入れた」とラジオで言っていたが、14年前の時点で「Single Version」と詠っていた時点で、アルバムバージョンが存在する事は間違いと、この時をずっと待ちわびていた。
と言っても、今回の収録では、ミックスが違うだけで、大胆なアレンジ変更がある訳ではなかった。そもそも、14年前に想定されていたアルバムバージョンとは違うのかもしれない。
だが、この曲をシングルで聴いた時の衝撃は相当だった。達郎さんにしては珍しい曲調な気がする。優しく語りかけるような、それでいて優しい光に包み込まれるような感覚になる曲が、「WooHoo」でなければ、「Ray Of Hope」にも入らず、「SOFTLY」に収録されたのが、一番良い形なのかもしれない。
ミックス違いについて、ハイハットのリバーブが消え、歌のリバーブ自体もシングルより抑えられている。正直、劇的に何かが変わったような感じはしない。よりシンプル、コンパクトかつ、丁寧に纏め直されたような印象。


*2022年12月19日追記:アルバムバージョンについて。
実は、「Ray Of Hope」発売時のサンデー・ソングブックのPart.2の時に、「ミューズ」と「ANGEL OF THE LIGHT」を「Ray Of Hope」から外した理由について言及されており、その書き起こし記事を読ませていただきました。

「ミューズ」に関しては

MY MORNING PRAYERが入っておりますので、ミューズは同系の曲なので割愛しました。

https://yamashitatatsuro.com/blog-entry-211.html

「ANGEL OF THE LIGHT」について

英語の歌でちょっと難解な歌なので、もうちょっと膨らましてですね、シングルバージョンって書いてあると思いますが、フルオーケストラでもう一回やりたかったんですが。
とにかくバラードが多いので、またチャンスがあればもう一回やってみたいと思っております。
今回のアルバムはそういう訳でコンパクトにしたかったので、割愛した曲がございます。

https://yamashitatatsuro.com/blog-entry-211.html

と語っていたそうです。
つまり「シングル・バージョン」に対して、「アルバム・バージョン」として、フルオーケストラ演奏の可能性があったのか…。ただ「フルオーケストラでもう一回やりたかった」という事は、あくまで想定の一つで、結局やってない事になるのだろう。服部克久さんが亡くなられた事で、今となってはそれも叶わぬ夢になってしまったのだろうか…。

思い返してみると、「Ray Of Hope」にはバラードというか落ち着いた曲調が多かった中、この「SOFTLY」は比較的ポップな曲調が多い印象。ここが一番良い収録チャンスだったのかもしれない。
フルオーケストラ版もあったら聴いてみたいけども、正直、この英詩の内容に対してのオーケストラとなると、フルオーケストラの演奏を成立させるのも結構な苦労が必要そうだと思うし、シングル・バージョンのトラックを再度ミックスした方の仕上げで、聴き手としては充分満足。これ以上があれば聴いてみたいが、それは「欲張り」になる。


14.光と君へのレクイエム

48枚目シングル曲。
シングルではベースがかなり強調され、もはや歌より強いとさえ思うほどだったが、このアルバムではベースが抑えられ、歌がより前面に出てきている。また、シンセもキラキラした中高音域を上げたEQにしたっぽい。

15.REBORN

50枚目シングル曲。
この曲はあんまりミックス違いを感じないかもしれない。入りのシンセのハイが抑えられてたり、歌のリバーブが少し薄くなった気もしなくはない。全体的に、ハイを落ち着かせたような印象ではある。


【総評】

この記事をある程度成立させるに当たって、本編ディスクをかなり細かく聴き込んだ。改めて、このアルバムの価値を見出す事が出来た。
普通はリマスタリングされるだけでも価値があるのだけれども、ここまでミックスが違うと、今までのリスナーにとっても聴き込み甲斐がある。

なにより、今回のアルバム・ミックスなのだが、どうも聴いていると、新規リスナーの為に、やさしいミックスになっていると思う。
達郎さんと言えば洋楽に多大な影響を受けており、RVC時代の曲はその影響からか、ドラム・ベースのリズム隊がかなり強いミックスで、シングルで発表済みの曲もそういった傾向が強かったのだが、このアルバムでは、少し邦楽嗜好な、総じてドラム・ベース抑え目、歌は少し大きめなミックスになっていた。

このアルバムには『良質のポップス』が並んでいるが、シティ・ポップでは無いだろう。あくまで『ポップス』である。
シティ・ポップでの達郎さんの再評価があるものの、そういった波に乗る事は無かった。そもそも『夏男・タツロー』から脱するために、アルバム「MELODIES」から夏路線から逸れようとして、その中で傑作「クリスマス・イブ」が出来たり、バラードのシングル「GET BACK IN LOVE」でTOP10ヒットを打ち出していたのに、ここで回帰しちゃ、なんのための数十年だったんだとも思うし。

昔の達郎さんを思い描いては「シティ・ポップはやらないのか」「夏男・タツローは?」と批評している人も居るものの、それなら是非とも「FOR YOU」を聴いてほしい。
恐らく、その時々にしか出来ない、達郎さんなりの音楽を作っているんだと思う。それがタイアップありきの曲なのか、時代情勢ありきのものなのか、その時の達郎さんの素直な気持ちの表現なのか…。
少なくとも、アラン・オデイ氏が亡くなった後とは言え「ANGEL OF THE LIGHT」がアルバムに収録されたことが、私個人として、一番嬉しいことだった。この曲は、正直達郎さんらしくない異色作と思うんだけれども、傑作のひとつと感じていたので。


【Premium CD】

ちなみに、初回盤を買ったので、ボーナスCDについても。
2021年12月3日、東京FMホールでのライブ音源。

1.ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller-
2.ポケット・ミュージック
3.あまく危険な香り
4.PAPER DOLL
5.パレード
6.Bella Notte
7.Have Yourself A Merry Little Christmas

アコギ+ベース+キーボード、たまに同期のリズムマシーンが入るアコースティック編成での演奏5曲、オケを流して歌い上げた2曲の合計7曲が収録されている。
ここに収められている選曲が中々良い。「あまく危険な香り」とか「PAPER DOLL」とか、ちょうどアコースティックの編成で聴くのが結構シックリ来る。

ちなみに、2021年12月3日のライブ録音で、同月30日にはラジオでダイジェストと称して放送されている。1曲目から5曲目まで同じ曲が放送されているものの、「Bella Notte」「Have Yourself A Merry Little Christmas」は放送されていない。
また、ラジオで放送された「ずっと一緒さ」「BOMBER」「RIDE ON TIME」、12月26日のサンソンでは「さよなら夏の日」の音源も放送されていたが、これらはCDに収録されていない。

ラジオではクリス松村さんと達郎さんのトークも部分的に放送されている。CDにトークは入っていないが、プレミアムCDの歌詞カードに「Thanks to クリス松村」と表記されている。


【余談】

ニューアルバムの制作を告知した際、ライブアルバム「JOY 2」についても言及していた。

その時のラジオでは「どうせ出すなら5枚組、6枚組にしようとしていたが、コンパクトにして『JOY 2』の準備を始めようかと」と発言。
この「コンパクトにして」に、リスナーからクレームが来たようで、翌週「JOY 2、JOY 3、JOY 4…と言った形に分けたら、比較的近いローテーションで出せるかと」「レアもの、アコースティックライブ、Sing a SUGAR BABE、カバーものとかで、分けられるかも」と改めて補足解説していた。

ただ、アルバム「SOFTLY」自体、ライブが出来ない代わりに制作を早めて、「JOY 2」に関しても「ライブが出来ないストレスの緩和のため」と言っていたのだ。
3年ぶりのツアー「山下達郎 PERFORMANCE 2022」が開催された以上、もうライブが出来ないストレスも何もないので、結局「JOY 2」は夢物語に終わってしまうのでは?とも思う。

それでも、セールス戦略として存在する『初回盤』だとしても、今作の「Premium CD」のライブ音源が有難いのは、本心である。

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