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Clairo 『Sling』 温かく冷たい、優しさに満ちた作品

自分の人生において長く寄り添ってくれる音楽作品となるClairoの2nd Album『Sling』。聴けば聴くほど彼女が作り上げた作品に引き込まれていき、彼女がこの作品をどのような状況でどのような想いを込めたのか、ひたすら海外のサイトでレビューやインタビューを読み漁りました。今回改めて彼女のキャリアも振り返りながら、今作について私自身の感想も交えながら触れていきたいと思います。


バイラルヒットによる苦しみ

2017年は衝撃に満ちた新人アーティストが、ベッドルームから多く輩出された年だと感じています。以前「BROCKHAMPTONから広がった新世代アーティストの相関図というまとめた記事みたいなのを書きました。2017年はそういったBROCKHAMPTONの躍進であったり、Roy BlairやChokerといった多くの新世代アーティストが急激的にシーンに現れ始めました。

Clairoもその1人で、その年に発表した「Pretty Girl」のMVがバイラルヒット。一躍ベッドルーム・ポップの立役者となりました。彼女自身が1番驚いていたようで、公開初日で100万回も再生され、通っていた大学のオリエンテーションに行ったときには、みんなが知っているような有名人になっていたそうです。次第に同級生からも「なんで大学にいるの?」と冷たく声をかけられるような場面も。

急速に有名になったClairoに、RCAやColumbiaといった大手から声が掛かるように。最終的に彼女が選択したのがChance The Rapperなどのマネジメントも行うFADER labelと契約することになりました。レーベルの共同設立者のジョン・コーエンとClairoは昔からの家族ぐるみの付き合いとのことで、その信頼から契約に至ったそうです。
しかしこれが彼女がこの契約をしたことで、Redditで〈業界が作り上げたスター〉と非難されるようになります。さらに父親がコンバースの元マーケティング部長というのもあり、一般世間的には最初から仕込まれたコネによって作られたアーティストというレッテルが貼られるように。
僕自身もそのRedditの記事を読んで驚いたのは覚えています。特に〈業界が作り上げた〉というのを感じたのが、「Flaming Hot Cheetos」のMVが公開されたときでした(ちなみにそのMVはClairoのチャンネルから削除されています)。そこには「Pretty Girl」の時の素のような姿ではなく、煌びやかでセレブリティーなファッションに身を包んで登場していました。

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精神的苦痛の限界

このMVを削除した理由は、”自分の信じる音楽を作りたい”と心に決めたと『Immunity』をリリースした後の2019年のPitchforkのインタビューで語っています。そんな〈業界が作り上げたスター〉とレッテルを貼られてしまったClairoは、EP『diary 001』やさまざまなアーティストのコラボ、1st Album『Immunity』はプロデューサーにRostamを迎えたりとそのイメージを払拭していきました。『Immunity』では、自身の抱えるうつ病やバイセクシャルなどについて歌い、多くの若者を惹きつけ、ヒーローのようになったのは間違いありません。

しかし多くの人が彼女を注目することで、逆にClairoの鬱の症状が悪化していきました。1stアルバムのツアー中に、ストレスで髪が抜け落ちたり、食が細くなり体重は激減したそうです。先程のPitchforkのインタビューでは、Rostamは「もし私が17歳のときに作ったものが、突然4000万人に届いたら、たぶん私はメルトダウンするでしょうね」と語っていました。そのRostamが語っていたことは、現実となり彼女は糸の切れる寸前までズタボロになっていたということです。
しかし2020年の世界をパンデミックをきっかけに、Clairoのツアーは軒並みに中止となり、久しぶりに家族とゆっくりできる時間を送ることができたそう。そこでゆったりと生きることの必要性を気付かされた彼女は、次作のアルバム『Sling』の制作に取り掛かるようになります。最新のRolling Stoneのインタビューで彼女自身は、「このアルバムは私の全てを変えてくれました。私は音楽を辞めるつもりでした」と語っています。そのくらい彼女にとってこのアルバムは重要な作品であるし、そのくらい精神が追い込まれていたということです。

『Sling』のはじまり

じっくりと家族の時間を過ごすことができた彼女は、まず今作の重要なインスピレーションの元でもある愛犬Joanieと出会うことに。名前はJoni Mitchellにちなんでつけたそう。(ちなみに本作の9曲目に収録のインスト「Joanie」は愛犬に捧げた楽曲)Joanieと日々を過ごすことで、彼女のルーツを見直すきっかけになり、今作のアルバムのテーマを明確にさせてくれたようです。

また母親と過ごすことで、〈親になること〉の意識が芽生え始めたそうです。ClairoはこのことについてThe Guardianのインタビューで「私は今、自分の人生の中で、母になる前、妻になる前、あるいは最終的に何になるか分からないが、個人の段階にあるのかもしれないと気付いたのです。いずれ家族を持ち、長い間一人でやってきたこのアイデンティティが消えてしまうかもしれないと思うと、少し怖くなりました」と語っています。そのことも今回のアルバムに描いた構想の手助けにもなったそうです。
そのように自身を振り返った彼女は、実際に経験した音楽業界のことについて描いた楽曲も収録されています。今回唯一アルバムから先行で発表された「Blouse」では、レコード会社の幹部に性的な目で見られた実体験を元に、普段女性が抱えている悩みを代弁しています。

“あなたが私のブラウスを見つめてる時に
私がどう感じてるのかなぜ伝えなきゃいけないの?
こんなの声を上げて言うほどのことじゃないけど
もし話を聞いてもらうために触らせなきゃいけないならそうするわ
触らせないと話を聞かないなら仕方ないわ”
引用元 BELONG MEDIA

また「Bambi」という曲では、業界を渡り歩く彼女が感じた、自分の意思とは反して物事が動くことについて描いたもので、「Management」では業界の若さへの執着をパロディー化した楽曲に仕上げているそうです。
そういった曲を通して彼女は以下のことを伝えたかったと、The Guardianのインタビューで語っています。

“[The attitude is] ‘There’s a lot more that we can squeeze out of her before she’s done.’ Because I think that what this industry does a lot is drain young women of everything until they’re not youthful any more.”
引用元 The Guardian 

この「this industry does a lot is drain young women of everything until they’re not youthful any more」という回答には、特にClairoが今まで経験したからこそ強い意志を感じました。

バイラル・ヒットによる被害者

先ほどの2017年のRedditの〈業界が作り上げたスター〉の話題に戻りますが、Clairo自身がその非難が今でも悩みの種であることをRolling Stoneの最新のインタビューで明かしています。最初の方にも記載しましたが、Clairoは決して〈業界が作り上げたスター〉ではないことは明白です。父を通して、FADERと契約できたことは、当時の彼女はやはり若くて知らなかったことも大きいと思います。もちろん現在では彼女自身、そういうコネクションがあって、簡単に契約できたという特権的な部分があったことを自覚しているとそのインタビューでも語っていました。
このように業界的なことや、世間的からの非難など、多くのことで彼女は苦しめられ、それを乗り越えて作り上げられた2nd Album『Sling』。いろいろなことを知れば知るほど本当に今回の作品への深みにはまっていきました。
さまざまなインタビューやコラム、レビューと通して感じたことは、Clairoはバイラル・ヒットによって生み出された若きアーティストの被害者なのではないかと思っています。
いま世界中では、TikTokでバイラルヒットを生み出し、そこからスターが生まれる、ヒットの構造が定着してきています。LAではTikToker系のアーティストが集まったコレクティヴ〈Hype House〉が生まれるほど。

そんなTikTokでは世界中のメジャーレーベルなどのA&Rが張り付くようになり、アーティストにはバス的な数字や即効性が重視されるようになってるのも明白です。ちなみにPigeons &  Planesでは去年のコラムでバズを重視する時代の現代のアーティストに焦点を当てた記事が公開されています。

個人的にも、そういった即効性のみに頼った〈音楽のファストファッション化〉の問題が顕著化してきていると感じています。最近そういった問題に触れた記事がCLASHで〈The Music Industry's TikTok Obsession Is Another Form Of Fast Fashion〉というタイトルで出ていました。

その問題にいち早く着目していたのが、日本のインディーズレーベル〈makran〉の創設者のRyuuta Takakiさんでした。僕自身が彼にインタビューした記事で以下のように語っています。

「個人的には、〈バズ〉というもの自体がアーティストの寿命をすごく縮めるものだと思っています。バズによって、〈こういうアーティストだ〉という、ある種のタグ付けがされてしまう」
引用元 Mikiki

こういったようにTikTokの瞬間的なバズによって人気を博したアーティストが、5年後や10年後もアーティストの活動をしているのかと想像すると本当にそうなのだろうかと考えてしまいます。
そういう面もありますし、Clairoがインタビューで語っていたような、精神的な苦しみや世間からの圧力などそれに潰されそうになって、メンタル的な部分で悩むアーティストが今後多く出てくるのは間違いないとも感じます。
そういった点から、Clairoはバイラルヒットによって苦しめられたアーティストの1人だと思いました。今作『Sling』や彼女のインタビューを通してそういったこと考えさせられました。

最後に

いろんな面で考えさせられ、そして僕自身もこの作品によって救われました。こんなに心の底から温かく満たされ、優しい気持ちにさせてくれる音楽である反面、そういったClairoが込めた想いやこの音楽業界を通じて受けた精神的苦痛も感じられる冷たい面も持った『Sling』。間違いなく10年後、20年後も含めてずっと語り継がれる傑作です。

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