見出し画像

Mk.gee 『Two Star & The Dream Police』 - 新世代のギターヒーロー/深化するプロデューサー

おそらく今年どんな音楽好きも2024年のベストに挙げること間違いない、Mk.geeのデビューアルバム『Two Star & The Dream Police』。誰もが耳を奪われた、ダークだけどポップ性も兼ね備えたアルバム。ノスタルジックで80年代的な質感を持ちつつも、でもどこか新感覚、どこを切り取っても新しい。なぜなのだろうか、聴けば聴くほど彼の深淵へと誘われて、そのサウンドの魅力の虜になっていることに気づきます。
特にMk.geeの作品を過去から聴いている人はさらに疑問を持つことがあります。それは彼のこれまでの音楽性からは考えられないほど、意味わからない方向に”進化”し、”深化”したから。ニュージャージー出身で現在はLAを拠点に活動するMike Gordonによるソロプロジェクト、Mk.gee (ミック・ギー)は果たしてどのように今作へとたどり着いたのか。今回はそれについて深掘りしていこうと思います。


Frank Oceanも認めた才能、Mk.gee

彼がベッドルーム・ポップ・シーンに現れたのはかなり初期の頃、2018年5月のときにデビューアルバム『Pronounced McGee』を発表しました。僕もこの頃とにかくベッドルーム・ポップを掘っていたので、Zack VillereがInstagramで紹介していたので真っ先に聴いて、最高だと思ったのは覚えています。

HOMESHAKE直系の浮遊感のあるメロウなベッドルーム・ポップ作品でめちゃくちゃ最高でした。そのときにMk.geeのイメージ=チルウェイヴ〜サイケポップというのが個人的な感じでした。彼はこの頃からベッドルーム・ポップ界隈で仲良くなっていき、Zack VillereはじめClairoなどと交流を広げていきました。
このデビュー作を出してすぐ彼は一気に注目されることになる出来事が起きます。それはFrank Oceanが自身のApple Musicのラジオ番組『blonded』で、Mk.geeのデビュー作収録の「You」を紹介したことでした。”blonded Midterms pt.1”の2曲目で紹介されていましたが、本当にFrank Oceanもすごい早さですよね。このときはVegynも一緒に参加していましたね。

それでさらに彼は多くのミュージシャンやリスナーから注目されるようになり、この作品は瞬く間に広がっていきました。そのときの状況についてPigeons & Planesで以下のように語っています。

オンエアされることを全く知らなかったんです。その日に”Blonded”のエピソードが放送されることさえ知らなかったんです。控えめに言っても驚きました。Frank Oceanの音楽に対する概念的な見方は、僕に多くのインスピレーションを与えてくれています。

Pigeons & Planes

Jimi Hendrix…多くの名手から学んだギター

Mk.geeが音楽をはじめたきっかけは、もともと幼少期からピアノを習っていたそうでしたが、だんだんとギターに移行していったらしいです。そこでJimi HendrixやEric Clapton、Deep Purpleなど60年代から70年代の音楽、特にアヴァンギャルドな演奏方法をするギタリストに惹かれていったようです。
音楽専門学校に通い始めてすぐにバンドを組むようになったそうですが、自分の頭の中に広がる音楽世界を創造し、表現するには窮屈で、特にバンドメンバーも受け入れてくれなかったところで、宅録があることに気付いたそうで、そこからどんどんと自宅で独学で学び、自身の音楽性を広げていったそう。2018年11月に発表したEP『Fool』のときのインタビューでは、以下のように語っています。

スタジオミュージシャンになるのが最初にロサンゼルスに来た理由です。最初は、本格的にプロデュースや自分の曲で歌うこと、ライブで演奏することには全く興味がありませんでした。私はギタリストとして育ったので、時々「なんてこった、僕が歌ってるんだ」と驚くことがあります。5年前には自分がこれほど歌うことになるとは思っていませんでした。

Pigeons & Planes

やはりもともと彼はギタリストやスタジオミュージシャンになることが彼の最初の希望だったようですが、いつの間にか自分で歌っていることに驚いているのも面白いですね。
EP『Fool』を境目に、少しずつ内省的でよりダークな方面にいった気がします。このときはアコースティック・ギターを前面に出したソングライティングが特徴的で、彼の作品の中で一番オーガニックな作品に仕上がっていると思います。


Vegynとの出会い、そしてプロデューサーへの進化

これまで彼の経歴や初期の作品について振り返っていきましたが、ここからは彼がどう”進化”していき、”深化”していったのかについて触れていこうかと思います。
2018年のFrank Oceanの”blonded”で紹介されたことについて触れましたが、このときにVegynも出演していて、そこから彼らが絡むきっかけになっています。個人的なベストアルバムにもあげた2020年のミックステープ『A Museum Of Contradiction』は、彼の音楽性の転換期のひとつでもあります。2018年の初期の作品ではギターやローファイな感じが全面に出ていましたが、この作品ではよりエレクトロニックな部分が強固にでていて、サウンドプロダクションの面も一気に洗練され、プロデューサーとしての才能が覚醒した作品でもあります。

この作品の「>;0」でVegynが客演で参加していて、そのあとVegynのリミックス作品『ODCD ALD VERSIONS』でMk.geeも関わっています。

この作品を経て、プロデューサーとして数々の作品に関わるようになるMk.geeですが、まず有名なのが2020年にOmar Apolloがリリースした『Apolonio』。この作品で共同プロデューサーとして3曲ほど参加しています。
そのあとにCharlotte Day Wilsonの「Mountain」(2021年『Alpha』収録)で共同プロデューサー、Kacy Hillの2021年のアルバム『Simple, Sweet, and Smiling』の表題曲でもJim-E StackとJohn Carroll Kirbyと共同プロデューサーで名を連ねていき、さらに彼の音楽性は磨かれていきました。


Dijonの『Absolutely』によるギタリストとしての深化

そして彼にとって一番の分岐点になるのが、今では盟友となったDijonの2021年の名作『Absolutely』への参加です。ここで彼のギタリストとしての才能が爆発することになります。彼はこれまでバンドメンバーと合わず、自身の世界にのめり込んでいく宅録アーティストとして歩んできましたが、ここでDijonのバックバンドメンバーとして、そしてプロデューサーとして作品に参加することで、Dijonは彼のとんでもない才能を覚醒させたのでしょう。Dijon自身もMk.geeと出会ったことで、自身の行き詰まっていた音楽人生の道が急にひらけたとTHE FADERのインタビューで下記のように語っています。

すべてのことは、友人のMikeに出会ったときに始まりました。彼が現れたのは非常に偶然で、彼が現れたとき、私たちはすぐに「Big Mike's」を一緒に作りました。.....[中略] 確かに彼のおかげで、自分の世界が少しずつ広がったと思います。潜在的にそういうことが起こっていて、それに対して自分自身が積極的に関わっていたのだと思います。

THE FADER

Mk.gee自身が今作『Two Star & The Dream Police』を出してから公式なインタビュー記事はでていませんが、彼もDijonと出会ったことで大きく彼の中の何かの音楽性の変化が現れたのでしょう。Dijonのアルバムがリリースされてから、Mk.geeはツアーにもサポートミュージシャンとして参加して、それもプレイヤーとして大きな一歩となったのでしょう。


そして『Two Star & The Dream Police』へ

ベッドルーム・ポップ・アーティストとして歩み始めたMk.geeでしたが、これまで書き記してきたように、プロデューサーや洗練されたサウンドプロダクションを経て、だんだんと自身のオリジナリティーある音楽性へと昇華してきました。そしてDijonと出会い、ギタリストとしてもさらに開花していきました。
その到達点であり、彼のキャリアハイとも言われるアルバム『Two Star & The Dream Police』を作り上げてしまったのです。今作は盟友のDijonがプロデューサーとして参加しています。サウンドスケープやサウンドプロダクションはもちろん、これまでにない音楽性で多くのリスナー、そして同業者のミュージシャンまでも魅了しました。
個人的に一番印象に残っているのがギターのサウンド。ここ何十年と”ギターヒーロー”と言われるアーティストは正直に言ってでてこなかったと思います。もちろんテクニックや奏法などとてもかっこいい人は多くでてきたと思います。私がここで言いたいのは”革新的なギターの奏法”を編み出したのは21世紀に入ってからいないと思っています。Rage Against The MachineのTom Morello並に変態的で革新的なギターリストはもう現れないと個人的には思っていました。でもMk.geeは21世紀のギタリストに値する、本当に革新的なことをしてしまったのでしょう。

どう考えてもギターから出せる音の範疇を超えていますが、彼のライブ映像を見る限り、今回のアルバム同様のサウンドをライブで出していると確信に至りました。特にDijonのツアー中のバックミュージシャンにインタビューした動画(フォロワーのtkoさんから教えてもらいました)を見たときに感動を覚えました。

テープエコーの奏法はこれまでも多くのギタリストが行っていたものですが、Mk.geeに関してはこの動画を見る限り、カセットテープのマシーンをプリアンプとして使用して音を出していました。だからこの奇妙で奥行きのあるエコーの響いたギターサウンドが響いているのだと納得しましたが、正直意味がわからなかったです。本当にMk.geeはギタリストとして天才で、新たな世界を切り開いてしまったと言ってもおかしくありません。今作の引き合いでPrinceやPhil Collins、そして近年のJai PaulやBon Iverを出しているメディアが多いですが、それ以上の音楽世界をこの21世紀に生み出してしまったに違いありません。
そのことを証明するように、彼が影響するギタリストとしてあげていたEric Clapton本人が最近のインタビューでMk.geeについて言及しているという記事がでました。(Dijonについても同じく言及しています。)

“Mk.geeは独特です。彼は他の誰もしていないギターの技を見つけ出しています。....初めてPrinceを見たときと同じように、私たちは大丈夫なのだと感じました。(Mk.geeが)存在していることを知るだけで十分です” 

Stereogum

やっぱとんでもないことをMk.geeは成し遂げてしまったとこのコメントで確信に至りましたね。
今作についてもう一つ触れることがあります。このアルバムはDijon以外に作曲でJohn Keek(M5”You Got It”・M12”Dream Police”)とSam Wilkes(M5”You Got It”)も参加しています。特に今回の80年代のサウンドプロダクションで如実に出ているM12「Dream Police」はJohn Keekの関わりも大きかったのだと感じています。

John Keekについて言及する人は極端に少ないですが、彼も本当に天才で今後もっと注目されるソングライターやプロデューサーになると感じています。個人的な2022年のベストEPでもJohn Keekについて記していますが、彼のノスタルジックでレトロなサウンドプロダクションは、Mk.geeと肩を並べるほどだと思います。ぜひ彼についてもチェックしてもらいたいです。


長々とMk.geeについて語るコラムを書いてきましたが、ここまでしっかりとまとめている記事は他にもないと思うのでどんどんシェアしてくれたら嬉しいです。本当にMk.geeの『Two Star & The Dream Police』は21世紀に残る名盤でしょうね。これからも彼の活躍が楽しみで仕方ありません。

ここから先は

0字

¥ 300

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?