『サンダリング・フラッド』感想

『サンダリング・フラッド』ウィリアム・モリス
中桐雅夫訳 平凡社ライブラリー

久しぶりの感想投稿になりますがこれからはこまめに投稿していきたいと思っているので宜しくお願いします。

ウィリアム・モリスの『サンダリング・フラッド』という作品について書いていきたいと思います。
物語の舞台は国の中央を東西に二分するサンダリングフラッドという大河の流れる中世ヨーロッパのようなファンタジーの世界です。
主人公のオズバーンはサンダリングフラッドの上流の片田舎に住みながら年少のころから獰猛な狼を独りで狩ってしまったり宴の席では即興で詩を歌い上げたりと才能あふれる男の子です。そんなオズバーンはあるとき河の対岸に美しい少女エルフヒルドが居るのを見つけ彼女と恋に落ちます。
そんな中で盗賊が侵入したり隣り合う勢力が攻め込んできたりと彼らが大人になっていく過程で社会が入り込んできた二人を引き裂きます。オズバーンは彼を導く守護者ともいうべきスティールヘッドから魔法の剣ボードクリーヴァーを授かりエルフヒルドを探すために旅に出るというのが大まかなあらすじです。

この作品を読み始めたときにまず印象に残るのが物語の象徴として2人を分断する大河サンダリングフラッドの描写です。河の上流から中流、海に注ぐ下流までがどの様な土地になっているかが冒頭で示されるのでそれ以降の物語の地理的感覚とリアリティをもってこの国のことが思い浮かべやすくなっています。またオズバーンの住んでいる上流の急流とそれに削られたであろう河岸の風光明媚なイメージが物語の序盤、オズバーンとエルフヒルドの恋愛模様の背景にしっかりと現れてくるので彼らの恋がより運命的なものであるということがより際立っています。

物語が進み二人が実際に離ればなれになってからはオズバーンの武勇で名をあげながらエルフヒルドを探すところになるとそれまでの長閑な雰囲気からは一変して絶え間ない戦いでかなり殺伐として暴力的な世界へオズバーンが参入していくことになります。実は序盤から一貫してはいるのですが中世ヨーロッパ的な世界観のこの物語は徹底的に弱肉強食の暴力的な世界であることがことあるごとに示されます。その中で一度抜いたら死体を積むまで戻らないという魔剣ボードグリーヴァーを手にしたオズバーンは彼の通った道にどんどん死体を積み上げていくことになります。そんな中で騎士道の精神だけが主人公を主人公たらしめる正しさの担保になっており、また殺し合いのなかでも相手を辱めないことである種のゲームとして成立している気がします。
また圧政に対して反乱をおこす市民たちに加勢する流れは社会主義者としての著者モリスの正義観が出ていると思います。ただし、後半エルフヒルドに物語の視点が移った時にオズバーンに反対する勢力の騎士も気高く描くことで一面的な正義に陥ることなくしっかりとバランスをとっていることも印象的です。

『サンダリング・フラッド』全体を通しては北欧神話に影響を受けたファンタジーであるのですが、物語内の世界はキリスト教化されており魔法も仄めかし程度にしか出ないこともあり完全な異世界ファンタジーというよりは騎士道ロマンスとファンタジーの中間といったあたりでそれ以降に発表される異世界としてのファンタジー作品との橋渡し的な立ち位置にあるのではないかと思いました。また解説にあるようにモリスの死の直前まで書かれて推敲されないまま世に出た作品であるみたいなのですが、細かな設定の食い違いなどはそこまで気にならず(半分に割ったコインが出てこないのはびっくりしましたが)物語がどんどん進んでいくので最後まで飽きずに読みきれる作品になっていました。

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