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サラリーマンではない世界

私はサラリーマンですが、3年前から収益用不動産(木造アパート)を所有しています。
ただし、どのようにして購入に至ったのか、どれくらいの収益を上げているのか、今回はそういった話ではありません。

収益用不動産を所有した事で、半ば強制的に今までの常識が塗り替えられました。それは予想もしなかった変化です。
大変ポジティブな変化であり、その変化は人生において家賃収入を得る事以上に意味があったのではと考えています。

不動産を買いましょうとか、そういう話ではありません。
不動産を持つことが無くても、そういった変化や常識のアップデートを経験する機会はあるでしょう。
ただし、昨日と同じ今日を過ごしている限り、そんな変化は訪れない。
人間の脳にプログラミングされた安全装置が強固に働き、人はとにかく自分を変化させないように制御されているからです。

現状維持バイアスという重力を振り切らない限り、変化は訪れないのだと思います。

収益不動産を持つことで私に訪れた変化とは如何なるものだったのでしょうか。今日はそういう話をしたいと思います。読み進めれば、現状維持バイアスに打ち勝つモチベーションの一助になれるかも知れません。


私の父の話から始めます。
父は中学校卒業後、経済的な理由から高校進学を諦め、地元の重工に勤め始めました。当時の中卒という肩書がコンプレックスだったのか、一生懸命働き、私を含め3人兄弟を皆大学まで卒業させてくれます。
私が小さい頃は父は出張ばかりでほとんど家におらず、パートで働く母と、庭の畑でたくさんの野菜を作る祖母に育てられました。
(余談ですが、祖父は長崎の原爆で亡くなりました。)

父は、本当に良く働くサラリーマンだったと思います。
日本が好景気に沸く時代に身を粉にして働き、私達を大学まで進学させてくれました。
そんな父を見て育った私達兄弟は、1ミリも疑う事なく
『良い大学に行って、良い仕事に就く。それが良い人生である。』というマインドで育ちます。
まわりの友人を見れば、概ね同じ環境、同じ考え方であったと思います。
それ以外の選択肢はありませんでした。

やがて(ギリギリの成績で)大学を卒業した私は、今の会社に就職します。
勤め始めの最初の数年はしんどい思いをしながら、幸いにも周りを見ればそれなりに恵まれた労働環境である事に気付きました。
ここにいれば、定年までは働ける。残業代もしっかり貰えるし、退職金も申し分無い。
安泰だ。
仕事に生きがいは見いだせないけど、アフターファイブを充実させて、楽しく無難に人生を生きていこう。

ある意味で恵まれていた労働環境は、私を著しく保守的にしてしまったと思います。つまり、金融資産をリスク市場に晒す必要性を感じず、一切の勉強をしてこなかった。
経済の事は分からないけど、来月の給料は計算できる。
カーローンも組めるし、ささやかな家族旅行もできる。
とんかつを食べたいと思った時に、家族でとんかつを食べに行ける幸せです。

『現状で満足だ。これ以上の人生は望むべくもない。テレビやネットを見れば煌びやかな生活を送るセレブがいるけれど、あれはフィクションだ。そんな人は周りにいない。』

変化など必要としなかった。
当然勉強もしないし、社会人になって15年間は、読書すらまともにしていませんでした。


人が変わるきっかけは様々だと思います。
良書に出会って目から鱗が落ちるような経験をする。
自分のモノサシの外側で成功している人と友人になる。
何かしらの外乱、自分の常識を揺さぶるイベントが起きた時、人は変わるきっかけを得るのでしょう。

詳細は省略しますが、私もそんな外乱に遭遇しました。
そして唐突に気づいてしまった。
今の延長線上の未来には、安定はあるかもしれないが、限界が見えている。
例えば、このままだと世田谷区に豪邸を持つような現実は訪れない。
お金の事を気にせずに、気軽に家族で海外旅行を楽しむような未来は想像できない。

自分のサラリーマンという人生には疑いは無かった。
お金持ちになる人は、物凄く頭の良い人だったり、芸能人だったり、プロ野球選手だったり、非常に優れた才能を持った人に限られている。
でもちょっと待て。
世の中には経済的自由を得て悠々自適に暮らしている人が多くいそうだぞ。
何が違うんだろう。
俺は頑張って良い大学に入った。
有名ではないが、恵まれた会社に入ったと思っていた。
サラリーマンの限界のその先を悠々と歩く人と俺は、一体何が違うんだ。

やがて、収益不動産というヒントに行きつきます。
これが正解だと、現時点で断定する事はできません。
他にもいろんなやり方でサラリーマンの限界突破を成す人はいるでしょう。
ただ、少なくとも私にとっては収益不動産に活路を見出した。
とれるリスクと判断した。
そして、不動産の勉強開始から1年、『かぼちゃの馬車』という逆風吹き荒れる融資情勢の中、2019年に2200万円で築古アパートの購入に漕ぎつけます。


前置きが長くなりました。
ここからが本題です。
収益不動産という自分の商売道具を持った瞬間から、私は突然消費者ではいられなくなりました。
どういう事か。

不動産賃貸業は、その管理業務や清掃、リフォーム等をアウトソーシングする事ができ、お金さえかければ手間がかからないため比較的サラリーマンと親和性が高いと言われます。

口で言うのは易いのですが、ここで言う『アウトソーシングする』という事は、自分で業者を選定し、契約を結び、家賃売上からその費用を払うという行為が要求されます。

業者を選ぶ。契約を結ぶ。費用を払う。
部分的には、会社の業務で経験した事があると思います。

それを一人でやらないといけない。
この時点で、経営者マインドが強制的に励起される。
この業者でいいのかな。質はどうだろうか。料金は妥当だろうか。
そんな答えは、自分で動かなければ誰も教えてくれません。
調べたって分からない答えもある。その時点では分からなかったが何とか決断したとして、時間が経てば「あれは失敗だったな」と思う事などザラです。

不動産賃貸業における決断のその度に、費用とリターンの計算を常に強いられる。

次に何が起こるか。
情報収集、勉強、一時情報に触れる事を続けなければいけないと気付く。
不動産賃貸業は、あなたを無知な消費者でいる事を許してはくれない。
どうすればより経営が安定するのか、どのようにすれば売上を伸ばしていけるのか。商品を調達し、適切な費用を投下しながら、それ以上のリターンを得るという全てのプロセスに責任を持ち、自分が勝つための手法を考え抜く。

この経験は、あなたの視座を飛躍的に高めるでしょう。
会社で働いている時に、今自分が処理しようとしている業務を一段高い視点から見下ろす事が出来るようになる。
仕事にかかるコストの概念がより鮮明になるし、会社が提供するサービスの社会的意義をより意識する事ができるようになるかも知れない。

が、このような事は今回お話する本質ではありません。
普通の会社員が経営者マインドを持つべき、などと言うつもりは毛頭無い。

あなたが類稀なる実力を発揮し価値ある仕事を成したとして、全てのポイントは所属する会社に入ってしまう。その事実に気付くかどうか。
その事実の重みを理解し、あるいは絶望し、あるいは目覚める事ができるかどうか。

不動産賃貸業においては、自ら試行錯誤し結果得られたリターンは全てダイレクトに自分に入ってきます。
当たり前です。自分の金融資産をリスク市場に晒し、頭を使い足を使い、経費を払って絞り出した真水の一滴。

それを得る喜びは、きっと強烈な体験となってあなたを違う世界へ誘う事になるでしょう。
すなわち、自分の投下した時間、獲得した知識、汗にまみれた活動で生まれた利益が、そのまま真っすぐ自分に帰って来る世界。

それだけではありません。
サラリーマンである時に見えていたインカムの天井は、自分の商品という翼を得た瞬間から、その輪郭を失います。
そこに開かれた道は険しく、高く、遠く眩しい。
それでも、無限の可能性を感じる道がある。
何者かになれる道が、そこにある事に気付くのです。


妻はインバウンド系のスモールベンチャーに勤めています。
英語が得意で、世界中の人と話すのが好きな妻。
その会社で働く事に喜びを感じていました。
ただ、遅くまで働くけれども、小さな会社だから仕方ないのかしっかり残業代を頂いているとは言い難い。

夜も遅い時間、寝る間も惜しんでノートパソコンに向かい仕事をする妻に無理をしないよう伝えたところ、こう返されました。
苦しくツライ時もあるけれど、この仕事を通して自分のスキルも磨かれる。残業代は出ないけど、成果が出れば嬉しいし『やりがい』を感じている。


サラリーマンの鏡のような回答に絶句しました。
確かにやりがいは人生の大事な要素だ。
会社のビジョンは共感できるし、そのサービスは多くの人を喜ばせるかもしれない。プロジェクトが上手くいけば君も評価され、ささやかな承認欲求は十分に満たされるだろう。

それでも。
寝る時間を削ってまでそんなに働いても、そのポイントは全て会社に入るんだよ。君の命である時間を捧げて、会社のオーナーを太らせているんだよ。
君は働いていると思っている。それは正しい。
視点を変えよう。会社が利益を出すためにかけているコスト、それが君なんだ。少ないコストに『やりがい』というレバレッジをかけて、会社は利益を最大化しようとしている。



話を戻します。

サラリーマンである事は、人生に於いて有利に働く事も多いと思います。
法人格としての信用もあるでしょうし、決められた収入を安定的に享受できる確率が高い。労働者の権利は法律で守られていますし、社会福祉も厚い。

概ね安定した人生を送れるのではないかと思います。

一方で、収益不動産のような自分のスモールビジネスを持つと、心配事も多くなります。サラリーマンと違い自分自身の金融資産をリスク市場にさらしますから、油断すればすぐに資産を失うという恐怖が頭をもたげてくる。
立ち止まれば後退が始まり、常に前進しなければ、規模拡大をしなければという観念に囚われる事もあるかもしれません。
日々、小さなストレスが頭にこびりついて離れない。

それでも、こう考えるのです。
会社から降って来る仕事を捌きながら『安定』という檻に囚われていたあの頃にはもう戻れない。

なぜなら、自分の時間を投じたそのリターンが全部自分に帰って来る世界を知ってしまった。

無限の伸び代を感じる世界。


もしあなたが『その世界』に一歩踏み出したいと考えたとして、焦る必要はありません。むしろ、焦ってはいけない。

人は短期間でできる事を過大に見積もり、長期間でできる事を過少に見積もります。

サラリーマンでい続けた時間が長ければ長いほど、慣性はあなたをそこに強く留めようとするでしょう。あなたの意思に関わらず、本能は現状維持を強いてきます。1日や1か月程度では、大きな変化は起こせないかもしれない。
あなたが今日一日行動したとて、きっと何の変化も認められないでしょう。

それでも、5年、10年と先を見据えれば、きっと想像以上の世界へいける。
目標を決めて行動を起こした人が、それを上振れする結果を得たというのは良く聞く話です。

サラリーマンしか知らなかった私は、何も目標を持っていませんでした。当然です。サラリーマンにはゴールが見えていた。時間が経過すれば、そこからそう遠くない場所に着地する事が決まっているから。

『サラリーマンではない世界』では、到達したい目標を自由にイマジネーションできます。ワクワクする目標を立てては、それは幻では無くいつか叶うと信じる事ができます。

私に訪れた変化とは、夢を語って笑われない世界へのパラダイムシフトでした。

未来を語り合う重要な会議。あなたと語り合う日を楽しみにしています。

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