【扉の向こう】

小学校の3年生だった時の出来事だ。

住んでいたのは麻布十番から内田坂を登ったあたりで、R教会という木造の古い教会が近くにあった。礼拝と神父さんのお話が終わるとお菓子が配られたので、日曜日には近所の子供たちと教会にはよく遊びに行った。

その日は雨だったが教会に行った。
薄暗い教会の席には誰一人座っていない。あれっ、今日は雨だからお休みなのかなと思っていると、奥から神父さんがひっそりと出てきた。

神父さんは聖書の中から、「ウソを言う人は神様の前に立つことができません」というお話をしてくれた。そのウソという言葉で、わたしの心はドキドキしてきた。

ある時、友達とケンカをして、悔し紛れにこっそりと、そいつの自転車のタイヤの空気を抜いてやったのだ。その後、みんなが集まり誰がやったんだとなった時に、わたしは適当な名前を叫んで、彼のせいに仕立てた。誰にもバレないウソをついて、仲の良い友達人を犯人にしたのだ。

そのことが、薄暗い教会の中で急に思い出された。
神父さんはみんな知ってる!
だから、こんな話をするんだ。
怖くなってきた。
いますぐ逃げ出そう!

そう決めると、神父さんの前に座っていた椅子から立ち上がり、振り向きもせず教会の出口めがけて一目散に駆け出した。黒くくすんだ木の扉は重くて開かない。神父さんの靴音が背後にだんだんと迫ってくる。
つかまるぞ、逃げるんだと必死になって扉を叩く。しかし、扉はびくともしない。

その時、教会の中に雷が落ちたような途轍もない大きな音がした。教会が壊れると思い、からだがブルブル震えた。神様が怒ったんだ!

その瞬間、わたしは外から強く手を引っぱられ、転げるようにして外に飛び出ていた。
外は眩しいくらい晴れていた。
振り返っても神父さんの姿はなく、教会の扉も固く閉ざされままだった。

(完)


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