礼讃、機械式フィルムカメラ
はじめに、日本工学工業(現ニコン)の皆様に謝りたい。
なにせ、手元にあるニコマートやオールドニッコールレンズは約60年も前に設計・生産されたカメラである。もっと周辺像が崩れたり、フレアやゴーストが盛大に出たりして、あるいは露出が大きく外れたりしてトイカメラのように写るのだろうと想像していたのだ。今となってはむしろ、それがフィルムの味なのだろうと。
それが、奈良公園でなんとなくシカを撮影したカットで、体毛やまつげの1本1本を解像しているのを目の当たりにして、ぼくはたまげてしまったのである。
絞りを開けると柔らかく、しかし f4 〜 5.6 あたりまで絞ると、とたんにシャープに写るのだ。
考えてみれば当然のことではある。
オールドニッコールレンズは、世界で初めてのプロ用一眼レフ「ニコンF」のシステムとして開発されたのだから。
フィルムを装填してレバーを巻き上げる。
小気味よい巻き上げの感触が、右手親指から伝わってくる。
50mm単焦点レンズは足で構図を考える。
露出を決める。ピントを合わせる。
ファインダーに映し出される光はもうすでに美しい。
が、再考のうえもう一歩被写体に近づく。フィルムのコストがそうさせるのだ。
シャッターを切る。
機械式フィルムカメラの、撮影プロセスのシンプルなこと——。写真を撮るために、これ以上に必要なことなんてあるのだろうか。
一眼レフのシステムは、60年も前に完成の域に達していたのだ。
日本工学工業は素晴らしい仕事をした。
その証拠に、当時のカメラとレンズは未だ現役で、ぼくの手元で使われているのだから——。
その主人がぼくでは何の箔もつかないけれど、これほど長期にわたって不具合らしい不具合を起こさないカメラを創ったのだ。
これは後世に誇れる仕事です。
そして、ありがとう。
ぼくの仕事カメラは100%デジタルだが(靴用品のアドバイザーという、ちょっと変わった仕事をしています。説明書やパンフレットに使う、商品写真を撮影します)、ニコマートとオールドニッコールレンズを手にした今、今どきのカメラへの関心が、急速に失われつつあるのを感じている。
ニコマートとオールドニッコールレンズは素晴らしい。
とはいうものの、生産されてから相当な年月が経っている。
ファインダーには劣化したモルト(遮光用のスポンジ)が散らばっているし、オイルが切れたような、やや乾いた操作感だ。
そこで、本を参考に分解清掃することにした。
『やさしいカメラ修理教室 大関通夫(著)』を読む限り、少しの工具さえあればどうにか手に負えそうである。最低限の整備が自分でできる点も機械式フィルムカメラの良さであり、ブラックボックスと化した現代のカメラには真似できない。
分解すると、ニコマートが壊れない理由がよく分かった。
一部プラパーツが使われてはいるものの、本体は総金属製といっても差し支えのないものだ。ボディーの剛性はオーバースペックといえるレベルで、どおりでカメラと標準レンズで重さ1kgを超えるわけである。
そのボディーに、一眼レフの要であるプリズムやファインダー、ミラーボックス、巻き上げ機構、そして現・日本電産コパル社製の、金属幕縦走りシャッターユニットが、微塵のガタつきもなく組み上げられているのである。外観こそへたってはいるが、ネジは止まるべきところできっかり止まり、内部は錆びひとつ浮いていない。
ニコマートシリーズが開発された当時、コンピューターはおろか電卓さえなかったのではないか。
設計図は手書き?
一体どうやって設計したのか、パーツを作ったのか、組み立てたのか。
シャッターユニットの機構はまるで機械式高級腕時計のそれのようで、注油しながら動きを確かめ、寸分違わず動く歯車は、時間を忘れて見とれてしまうほど美しいものだったのである。
どうにかこうにか分解清掃を終え、ファインダーはよりクリアに、巻き上げレバーはスムーズに動き、シャッター音が少し静かになった。シャッターの精度が気になるところだが、露出の許容度が広いカラーネガフィルムを中心に使うから、あまり神経質にならなくてもいいだろう。
このカメラとレンズで良い絵が撮れなかったら、それはもう自分の腕の問題である。
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