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これからいばらの道を歩む君へ

 Twitterを見ていたら君のシャドーリーダー募集のtweetが飛び込んできた。

 ああ、2年生の固定ペアが決まったんだな。
 そういう時期だったな。
 頑張ってほしいな。
そう思って、僕は君のtweetをリツイートといいねで拡散した。僕の拡散力なんてたかが知れているけど、君を応援している。そういう気持ちでボタンを押した。

 そしたら君はわざわざDMでお礼を伝えてくれた。
 その文面からは『競技者として本気で上を目指すんだ』そんな確固たる意思が伝わってきた。
 君のガッツや志を、僕は確かに受信したよ。

 僕は返信でこう言った。絶対に腐るなと。腐らずにいることは技術を研ぎ澄ますことより大事なことで、それがきっと君を救ってくれるはずだと。

 DMで説教臭くなってしまうのも考え物だと思って詳しくは書かなかった。しかし、どうしても言葉足らず感が拭えなかった。


だから、こうして改めてテキストに起こしてみることにする。


 君は聡明な子だから、これから話すことは言わずもがなかもしれない。もしくは、カビ臭い精神論だと、老害の説教だと顔をしかめるかもしれない。

 でも、僕の話を聞いてほしい。

 君がこれから先、辛いこと、やるせない思いをすることに相対した時、これから話すことがきっと君を助けてくれると僕は信じる。信じて書く。


++++ 

 学内で組むことができず、シャドーに出る。これは相当に辛く、切ない。

 競技ダンスというのは組む相手がいることが大前提となっている。君が入部してきてくれたのも先輩ペアのパフォーマンスに憧れたからだろう。
 にもかかわらず、組む相手がいない。これでは何のために入部してきたのか分からなくなる。

 シャドーに出るという現実に、君も当然思うところがあっただろう。
 想像力には限界があるが、心中穏やかであったとは考えにくい。


 今回の件でうっすら分かったかもしれないが、競技ダンスペアを組むうえで重要なのは技術力だけではない。
 組む当人同士の人間としての相性や、その時、競技ダンス部の置かれている状況なんかも重要な要素になってくる。

 これは、なかなかに残酷な話だ。

++++ 


 君も知っての通り、今の学生競技ダンスは異常だ。

 ただでさえ、男の子の入部人数が女の子のそれと比べて少ない世界だったが、コロナ禍がそれに拍車をかけた。
 大学によっては、女の子はそれなりに入部してきてくれるが、男の子が1人も入部してこないところもあると聞く。

 ウチはどうにか男の子も入部してきてくれたが、それでも女の子の数に比べどうしても見劣りする。


 また、コロナの第一波、第二波の影響で、多くの大学が新歓の中止を余儀なくされた。これはウチも同様だ。
 おかげで今年4年生になるはずだった学年がごっそりと空白世代になってしまった。

 最高学年不在という状況では、もちろん3年生が最高幹部だが、2年生も準幹部という扱いになりがちになる。
 本来まだ練習生であるにもかかわらずだ。


 これらは誰のせいというものでもなく、ひとえに時代のいたずらだ。OBとしても、君たちが大変な苦労を抱えて部活動を運営している現状は心苦しい。

++++ 

 すると、どんなことが起こるのか? 

 おそらくだが、部活動の目的が「退部者を1人でも減らすこと」に限りなく収斂されていくのではないだろうか。 

 競技ダンス部に限らず、多くの運動部の主旨は本来  

  1. 外部との試合で好成績を収め、大学の名を上げること

  2. 真摯にその競技に向き合う人をサポートし、そういう人たちが切磋琢磨できる環境を維持すること 

 だいたいこの2つになるのが普通だ。そうあるべきだろう。 

 でも、それもこれも部活動という「箱」があっての話だ。箱が消滅してしまったらそれらの目的は達成不可能だし、そもそもそれ以前の問題になってしまう。 

 だから、箱が消滅してしまわないように、部活動が存続できるようにするために、どうすればいいのか?これを幹部はまず考えなくてはいけない。
 結論、部活動運営に必要な部員数を確保することが大事なことになってしまう。それができなければ部活動は崩壊する。

 競技ダンス部には色々な役職があるよね?それらは、どれも部活動を成り立たせるために必要なものだ。
 そして役職が必要であれば、それを担う人がどうしても必要になる。

 部員の確保は、そういう意味では最重要課題と言って良い。 

 これは良いも悪いもない、人間が集団を維持する上での必然なんだ。
 今のように、コロナ禍で運営が困難になっている時代であればなおさらだろう。

++++ 

 君の置かれている状況については、おそらく君に何か問題があってそうなったものではない。
 やむを得ない采配だったんだろう。僕はそう思う。先輩方も苦しい決断だったんじゃないかな。 

 君が先輩方に対してどんな感情を抱いているかはわからない。もしかしたら『先輩方に見捨てられたんじゃないか』と心のどこかで思っているかも知れない。君の置かれた状況からいって、無理もないことだ。 


 でも、決して先輩方は君を見捨てたわけじゃない。

 君を犠牲に部活動を守ろうとしたわけじゃない。 

 リスクを背負っていばらの道を進むことができる人物だと期待されている。
 君に対して申し訳ないと思いながらも、共に競技ダンス部を作り上げていく仲間として、その中で最も過酷な役割を担ってほしいという願いを託されている。
 そうは考えられないだろうか?

++++ 

 とは言え、君が難しい状況にいることは間違いない。
 他大の男の子と組める未来が約束されているわけではないのだ。何しろ君と同じ状況にある子はそこら中にいる。
 シャドーパートナーとして競技会への切符を手にするためには、その子たちに「勝つ」必要がある。 


 そのために、君には「腐らず」にいてほしい。
 仮に君が東部学連の2年生の中で一番上手い選手だったとしても、腐ってしまっては何にもならない。
 何故なら、君が組む相手とて、生身の人間だからだ。 

 シャドーに出たことは多かれ少なかれ君にストレスを与えているだろう。しかし、もし君がそのストレスを他大の男の子に悟らせてしまえば、相手はどう思うだろうか? 

『なんか機嫌悪いなこの子…組んだら練習中とか結構怖い感じなんじゃないか…?』 

 そう感じてしまうだろう。君が本来人を気遣える素晴らしい人物だったとしても関係ない。

 何故なら、人は基本的に関わりの薄い他人にそこまで興味を持たないからだ。 


 何しろ大学生は忙しい。部活動以外にも学業、資格勉強、アルバイト、恋愛。これらを過不足なくペース配分を考えて取り組むのは至難の業だ。
 ましてや、シャドーの場合は部活動・練習の相手が他大の学生となる。忙しくない訳がない。 

 そんな時、自分の前に、部活動・練習の相手として2人の候補がいる。

 片方は穏やかな人。

 もう片方はメンタルが不安定な人。もしくは、不安定とまではいかなくともストレスが見え隠れするような人。

 どちらか選べと言われたらどうするだろうか。 

 技術に多少目をつぶっても穏やかな人を選ぶと思う。なぜなら、生身の人間だからだ。

 ただでさえ忙しく、自分のやるべきことを過不足なくこなすのが難しい。
 そんなときに、わざわざ不安定な人と関わり、その人間性を深掘りをしようとする物好きはまずいない。 


 蛇足だが、これは社会人もそうなんだ。同僚にしろ上司にしろ部下にしろ、メンタルの不安定が見て取れる人と接するのは、仕事とはいえ相当にキツイ。
 万が一そんな人と仕事で組むことになったら、もしくはデスクが近くになったりしたら、『早く配置換えしてくれないかな』と思いながら仕事をすることになる。


++++ 


 僕は君に『腐るな』と言った。
 言い換えると、『努めて穏やかに、篤実さをもって他者と接しろ』という事だ。もう少し説明が必要だと思う。 

 「穏やかに」が意味するところは先ほど述べた通りだが、これは口で言うほど簡単じゃない。
 なぜなら、相手が生身の人間であるように、君だって生身の人間だからだ。 

 常に穏やかでいるのは大変だ。その日嫌なことがあったり、体調が優れなかったりすると、どうしても気持ちはダウンしてしまう。

 ダウン状態で、その日あった人に対して穏やかな態度をとることは極めて難しい。
 どうしてもぞんざいな態度を取りたくなる。ひどいときには相手につらく当たってしまう。

 相手もダウン状態だったときなんか最悪だ。
 お互いの態度が悪かろうもんなら、両者の不機嫌がボルテージアップするのは火を見るより明らかだろう。
 あっという間に地獄が出来上がる。

 つまり、「努めて穏やかに」というのは自然な心理状態を全然反映していないんだ。
 穏やかに振る舞うというのは誇張抜きに感情労働と言える。

 君も1年以上競技ダンスの世界に身を置いていれば、嫌でも気付いているだろう。世の競技ダンスペアの多くが、あまり良いとは言えないムードで練習していることに。

 これは競技ダンサーの人間性が特段未熟という事ではない。
 それくらい、穏やかに振る舞うのは難しいという事なんだ。

++++

 もうわかったと思うけど、穏やかでいるという事はそれ自体、相手に対する究極の誠意なんだ。相手に対して心の底から誠実でいないと、穏やかでいるのは難しい。

 相手に対してしっかりと情を及ばせる。情け深く、誠意をもって相対する。たとえ自分がダウン状態であっても。
 まるで聖人のように他者と向かい合うことは、君を消耗させるかもしれない。自分を押し殺して相手を慈しむ行為だからだ。


 でも、君がそうやって情けをかけた相手は、きっと君に情けを返してくれる。時間はかかるかもしれないが、必ず返してくれる。

 人と人の関係性というのはカップラーメンのようにすぐにはできない。作り方がマニュアルになっているわけでもない。でも、相手を信じて日々働きかけていれば、きっと伝わる。

 そんな儚く、それでいてダイナミックな営みを要するものにこそ、情熱を傾ける価値があるとは思わないだろうか?


++++

 とても難しいことを君には要求している。苦悩しているであろう君に対して追い討ちをかけるのは心苦しい。本当に申し訳ない。

 でも、どうか、心掛けてみてほしい。君という人間をそこまで理解しているわけではないが、きっとできる子だと信じている。

 少なくとも君は頭が良い。僕なんかよりずっと。
 何故ならこんなクソ長い文章を読んでくれたから。
 だから、賢い選択ができる子だと思う。


 白状するけど、僕は前のパートナーに対してひどい態度をとってしまった。それがセパレートの引き金になった。
 1年以上経った今でも、僕はとても後悔している。多分この後悔は当分消えることはないだろう。

 聡明な君なら、きっと僕の愚かな失敗談を糧にしてくれると信じている。これを最後まで読んでくれた君なら。


 大丈夫だ。最初はできなくたって構わない。どうせできる子の方が少ないのだから。
 穏やかに。篤実に。
 そうあろうと心掛けることから始めよう。


 もちろん、そうは言っても君はまだ20歳かそこらの子だ。
 失敗だってするだろうし、きっと辛くて受け止めきれない事もこの先あるだろう。それこそ運よく組めたとしても、また別の苦悩が君を襲うはずだ。

 どうしようもなく辛くなったら、先輩方を頼ってほしい。
 どんな理由があったにせよ、君をシャドーに出す事を決定したのは他ならぬ先輩方だ。彼ら彼女らには、君の訴えを真摯に聞く義務がある。
 先輩方には、穏やかさも篤実さもかなぐり捨てて、思いっきり甘えればいい。


 もし、先輩方に相談し、助けを求め、それでもどうしようもなくなったときは、僕を頼ってくれて構わないし、僕以外に頼れるOB/OGがいればその人を頼ってほしい。

 何しろ歴史の古い部だ。僕などのアラサー、君と年の近いOB/OG1年目、60過ぎのジジババまで、その気になれば頼れる先輩はよりどりみどりだ。

 そういう「頼れる大人」の存在こそ、競技ダンス部の存在意義の最たるものだと思う。


++++

 穏やかに、篤実に、他者を大切に。

 でも、決して一人では戦わないで。
 君の周りには味方がたくさんいるのだから。

 仲間と連帯し、協力する。仲間を助け、仲間に助けられる。
 それこそが部活動の部活動たる所以なのだから。

 皆、君が元気溌剌と、前向きにダンスに取り組むことを願っているし、そのために協力したいと願っている。それをどうか忘れないで。



 困難な時代に困難な道を征く君に、ありったけの敬意と、声援を。

 競技ダンスが、君の大学4年間に豊かな色彩をもたらしますように。

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