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このらせんの先に

時折目の前を揺らぐ、霞のような、雲。

どこからともなく、小さな子供たちの笑い声が聞こえる。


あの、笑い声は。


これから生まれる喜びを、隠しきれずに、いや…隠そうとすら思わずに……周りに振り撒いて、いるのだ。


…ここは、一つの人生を終えたものが来る場所。

人は、一つの人生を終えた時、肉体より魂を離脱し、この場所へとやってくる。ぼんやりとした雲が漂うこの空間には、大きな螺旋があり…そのらせん状の雲の上を進むことで、終えた人生の記憶を失う。螺旋の始まりはぼんやりした雲の欠片。そこに足を踏み入れた魂は、新しい人生を歩むために、一歩づつ螺旋の道をたどって記憶を消しながら…前に、進む。そして、一歩進むごとに、命を蓄えていき…螺旋の端に着くころには、魂は生まれることのできる命を纏っているのである。

一刻も早く生まれるために、終わった人生など知ったものかと、走っていくものがいる。

自分の人生を振り返りながら、一歩づつ噛みしめるように踏み出すものがいる。

ただ、前に進まなければならない状況に流されるものがいる。


私は、この場所で。

一歩も進むことができずに、いる。


とても、とてもかなしい出来事があって、どうしても、前に進むことができない。


たくさんの、魂が、横を通り過ぎていく。

たくさんの、命が、走り抜けていく。


たくさんの命を求める魂が、立ち止まる私を気にせず、先に行く。


命の意味、生きる意味。

感情という、重い、重い枷。


喜びを得るために悲しみを得る。

喜びを得るために怒りを得る。

喜びを得るために嘆きを得る。


喜びを、得るため。

……喜びを、得るため?


悲しみを得るために生きる者もいる。

怒りを得るために生きる者もいる。


感情を得るために、生きたいと願い、皆生まれようとして。

この、螺旋を、行くのだ。


感情があるから、この道を行かなければならない。

感情を得るために、この道を行かなければならない。


感情が、人を支配している。

感情がなければ、この道を行こうと思わないのかもしれない。


なぜ、感情が存在しているのだろう。

なぜ、人が存在しているのだろう。

なぜ、命は繰り返すのだろう。


私は、生まれないという選択をしてもいいのではないか?

立ち止まる私の中に、いつまでも悲しみが残り、自問自答が繰り返される。


……答の出ない問いに、応えるものは、自分しかいないのだ。


私の横を通り過ぎてゆく、様々な、魂。ずいぶん命を纏っている者もいるし、まだ魂のままの者もいる。

何人も、何人も、私の横を通り過ぎていく。


「ねえ、行かないの?」

一人の魂が、私に声をかけた。誰かと話をするなんて、信じられない。私の声は、出るのだろうか。出ないかもしれない。そんなことを考えていたら、声をかけた魂は、先に行ってしまった。


私の横を通り過ぎてゆく、様々な、魂。

何人も、何人も、私の横を通り過ぎていく。


「あ、まだいる、行かないの?」

一人の命が、私に声をかけた。誰かと話をするなんて、信じられないけれど。声を、だしてみようか。出ないかもしれない、でも。そんなことを考えていたら、声をかけた命が、横で立ち止まった。私の言葉を待っているようだ。


「うん、行かないの。」

「ふうん。」


私に声をかけた命は、再び前を向いて駆け出した。

私の横を通り過ぎてゆく、様々な、命と魂。

何人も、何人も、私の横を通り過ぎていく。


「あ、まだいる、どうして、行かないの?」

一人の命が、私に声をかけた。なんて答えようか。声をかけた命が、横で立ち止まって、私の言葉を待っているけれど。


「悲しいことがあったから、いきたくないの。」

「ふうん。」


私に声をかけた命は、再び前を向いて駆け出した。

私の横を通り過ぎてゆく、様々な、命、魂、命、魂…。

何人も、何人も、私の横を通り過ぎていく。


「あ、まだいる。」

一人の命が、私に声をかけた。この命は、私を追い越していくたびに、声をかける。何度も追い越して、何度も生まれて、ここに戻ってきて、その、繰り返し。生まれるたびに、魂が成長している。初めて見かけたときは小さな子供だったけれど、いつの間にか私と同じくらいの大きさになっている。…きっと生まれてたくさん経験を積んできたのだろう。


「一緒に行こうよ。」

立ち止まった命が、私を誘う。


「行きたくないの。」

立ち止まった命は、立ち止まったまま。


「一緒に生きようよ。」

立ち止まった命が、私を誘う。


「生きたくないの。」

立ち止まった命は、立ち止まったまま。


「大丈夫、一緒にいるから。」

「でも。」


立ち止まった命が、私の手を取って、一歩、踏み出す。


私の足が、一歩、前に進んだ。

私の中の、悲しい記憶が一つ、消えた。


立ち止まった命が、私の手を取って、さらに一歩、踏み出す。


私の足が、さらに一歩、前に進んだ。

私の中の、悲しい記憶が一つ、消えた。


一歩、一歩、進んでいくたびに、悲しい記憶が一つ一つ消えていく。


私を震え上がらせた人の顔が思い出せなくなる。

私を泣かせた人の顔が思い出せなくなる。

私を叫ばせた出来事が思い出せなくなる。

私を無言にした世界が思い出せなくなる。

私を雁字搦めにした感情が思い出せなくなる。


ドンドン足が軽くなっていく。


一歩一歩進んでいたけれど、いつの間にか、私は走り出していた。思いっきり走る、螺旋の道は、とても、とても気分が良くて。あっという間に、螺旋の端に着いてしまった。

螺旋の端には、生まれゆく扉がある。この扉を抜けて、命は体に宿り、人生をスタートさせる。一人で、人生を歩んでいく。たった一人で、命を最後まで生きなければならない。
時には誰かに力を借り、時には誰かを助け、同じ命を持つもの同士が、同じ命を持つものとして、すべきことをしながら人生を送るのである。

私と手をつないでいる、この命は、私を動かしてくれた命。私をここまで連れてきてくれたのは、私と手をつないでいる、この、命。


「一緒に生きていけるように、手をつないで生まれていこうよ。」

「…うん。」


私は、きちんと生きていけるだろうか。


うまく生きることができないかもしれない。

難しい局面に向き合うかもしれない。

忘れてしまった、悲しみに再び出会ってしまうかもしれない。


同じ命を持つもの同士、寄り添う事も、競う事も、反発することも…ときには命を奪い合う事さえあるだろう。


不安を胸に、扉に飛び込む。

明るい、明るい光が、私を包んだ。


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あかるい、あかるいひかるは、いつも、わたしのそばにいるの。


「あかりー、ひかるー!こっちこっち!!」

「撮るよー、はいチーズ。」


きょうから、ようちえんにはいる、わたしとひかる。パパとママがかっこいいふくをきて、カメラをかまえてる。ようちえんのいりぐちで、ふたりでならんで、てをつないで、しゃしんをとってもらったよ。


「あ、みてみて、ふたごだ、かわいい!!」


たくさんのこどもやおとなが、わたしとひかるをみてなにかいってる。ちょっとだけ、やだな、でも、だいじょうぶ。となりにひかるがいるから。
わたしのほうがおねえちゃんなのにって、よくいわれるけど、ひかるはいつもてをつないでくれるの。だから、だいじょうぶなの。なにも、こわくないの。


「ホント仲いいわねえ、あんたたち…生まれて来た時も手をつないでて…。」

「あれは本当にびっくりしたね!!」


パパとママがわらってる。


「もうなんかいもきいたよ!!」


わたしは、ひかるとてをつないで、ぶらんこのほうにいく。


「あかり、さきにのっていいよ!」

「ありがとう!」


ひかるがつないでいたてをはなして、そっと、わたしのせなかをおしてくれた。ゆらり、ゆらりとゆれるぶらんこ。みあげると、とってもあかるい、たいようのひかりが、めにはいった。


すごく、すごくあかるいひかりは、すごく、すごくまぶしくて…。


まぶしすぎて、ちょっとだけ、なみだがでちゃった。


なんで、なみだが、でちゃうのかなあ…?


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