見出し画像

ものわすれ

「ねーねー!イイものもらったー!!」
「またもらってくる!!!」

うららかな土曜の昼、回覧板を回しに行った旦那の手には…何やらえらく薄汚れたレジ袋。どうにもこうにも、出かける先出かける先、やたらとモノをもらってくるくせがある旦那、本日もフルパワーでその能力を発揮しておりますがな…。

…磯臭い!!

なんだこれは!!!

「なんかね、野々村さんがさあ、バスツアーに行ってきたんだって!おすそ分け頂いてキター!」

いつ行ってきたんだ?貝類ってのは足が速いから怖いんだぞ…。

「なんか昨日行ってきて、買い過ぎて食べられないからもらってって言われた!砂ははかせてあるってさ!!」
「昨日か……貝は当たると怖いんだけど…。」

袋の中にはアサリがいっぱい入っている。
見た感じ痛んではなさそう?磯臭いけど、腐敗臭はないから大丈夫っぽいけど…。今すぐ調理して食べちゃえばいけるかな。

…まあ、一応作ってみて、駄目そうなら葬るか…ん?!

「ちょ!!何これ!!岩ガキじゃん!!こんなの開けられないけど?!」
「え、カキ入ってるの!食べたい!!」

牡蠣が大好物の旦那は大喜びしているが。

岩ガキってのはですね、カキの親分みたいなやつでね、あけるのに相当コツがいるんだわ。ただでさえ開けにくいのに、旦那の貰ってきたやつはグローブみたいな大きさで!!

「ダメだ、こじ開ける隙間が…見つかんない。オイスターナイフじゃ歯が立たないな、これ焼くしかないけど…こんなでかいの、ロースターに入んないし…。」
「ええー!せっかくの大きい奴、生で食べたい!!ちょっと野々村さんに開け方聞いてくる!!」

旦那は岩ガキを持ってドズンバタンと出かけていった。

…食べることになるとまあフットワークの軽い事軽いこと。

その隙に、私は旦那の好物のボンゴレパスタをですね、作ることにしましてですね。

寸胴に水と岩塩を入れてお湯を沸かしーの。
アサリをゴリゴリと水で洗いーの。
軒下につるしてあったにんにくをザックザックと刻みーの。
大きなフライパンにオリーブオイルと唐辛子を入れて温めーの。
アサリをざばっと入れて炒めーの。
白ワイン入れて蒸しーの。
パスタ茹でーの。
アサリのフライパンの火を止めーの。
ゆだったパスタをフライパンにいれーの。
オリーブオイルとイタリアンパセリをふりかけーの。
隠し味にしょうゆをたらしーの。
でっかいお皿に盛り付けーの。
バターを乗っけて、黒こしょうをゴリゴリふりかけーのって。

・・・全然帰ってこねえー!!

パスタはとっくの昔に出来上がっているというのに、食い散らかし担当の旦那が全然帰ってこないのである。

「ねーねー、もう食べちゃってもいい?」
「食べたい。」

「もーいいや、先に食べちゃお。」

娘と息子とパスタをいただく…うん、美味い。

ぷりぷりのアサリの身がうまいな。
もうちょっと味薄くても良かったか、まあこんなもんか。

「ただいまー!牡蠣おいしかったー!」
「何だ、食べてきたの。」

旦那は岩ガキをあけてもらうついでに、生牡蠣までご馳走になってきたらしい。

じゃあ、旦那の分のパスタは要らなかったかな…。

「お昼ご飯も食べるよ!!ボンゴレうまそう!!うまい!!つる、つる!!もぐ、もぐ!!」
「ちょっと!!私の分から食うな!!!」

人のパスタまでしっかり完食した旦那は、そのままソファに横になるとぐうぐう寝ちゃったよ。
まあね、昨日は夜中まで公民館の配線工事してたからね!!そりゃあ眠いでしょうけどね!!

「洗うのやるよ!!」
「その後ゲームする。」

「お願いします・・・。」

私は少々食べたりないおなかを抱えてですね!!
知人との約束があったもので…ちょっとお出かけをすることにしたわけですが。


「ぎゃアアアアアアアア!!!くさっ!!なにこれ!!ぎょええええええ!!!」

うららかな日曜の午後三時、田舎の住宅街の民家の駐車場で叫ぶデカイおっさんが1人。

「ちょっともう何!!うるさいな!!!…って!!うわ、ナニこのにおい!!磯臭い!!」
「ああー!!わすれてたー!!」

どうやら、昨日旦那はお土産をもらったらしい。

岩ガキの美味さに感動した旦那を見て、ぜひ奥さんにも食べさせてあげてって、ふたを開けた状態の岩ガキをですね、もらってきたらしいんだわ。
で、自分の食べ物じゃないからか、ただのうっかりなのかは分かりませんけどね、完全にそのことを忘れてですね。

…うちってさあ、めっちゃ南向きの日当たりのいい場所に駐車場があるんだわ。
…昨日はめっちゃいい天気でさ、めっちゃあったかくてさ。
…今日もさ、めっちゃいい天気で、11月なのに25度越えたって言ってたんだよ。

…旦那の車は、それはもう黒い色をしていましてですね。

昨日ぷりぷりで相当美味かったらしい岩ガキは、熱であっという間に鮮度を落とし、あっという間に毒になったらしい。

明らかにだめなにおいが、旦那の車の中に充満している!!!

原因を取り除いても・・・臭い!!
めっちゃ臭い!!

「わあーん!!今から会議あるのに!!こんな臭い車でいけない!!」
「歩いていけば!!!」

消臭剤をシューシューかけながら、私は旦那を見ずに冷たく言い放つ。

今日の会議は秋の清掃フェア結果集計だから、となりまちの集会所だし、歩いていった所でたかが知れてる、ちょっとは運動して体面積を減らす努力をしたらどうなんだ。

「駄目だよ!都筑さん足悪いから迎えに行かないといけないし、たぶん斉藤さんは帰り送らないといけないことになるし。ねー!送ってって!!」
「ええー!マジか・・・。」

旦那は腹回りの関係上、私の車にですね、乗れないのですよ。ハンドルがめり込んじゃってね、運転できないのさ。
・・・くそう、今日はこれから息子と一緒に樹脂粘土やる予定だったのに!!

「ゴメン、なんかお父さん送っていくことになったから、先に粘土練っといて。」
「はい。」

マイカーに旦那を乗せーの。
マイカーの左側が沈み込みーの。
都筑さん迎えにいきーの。
都筑さんの奥さんにジャガイモもらいーの。
集会所で会長からネギもらいーの。
家に帰って息子と樹脂粘土でイチゴ作りーの。
旦那に呼び出されて迎えにいきーの。
都筑さん送っていきーの。
都筑さんの息子さんに日本酒もらいーの。
斉藤さん送っていきーの。
斉藤さんのお母さんにぬか漬けもらいーの。
杉森さん送っていきーの。
杉森さんの旦那さんにこの前の写真もらいーの。
マイカーに旦那を乗せーの。
マイカーの左側が沈み込みーの。
平本さん送っていきーの。
平本さんの奥さんに焼きたてパンもらいーの。
夕食の買い物にいきーの。
大量に買い込む旦那に怒りーの。

「たっ、ただいまっ!!!」

「おかえりー!」
「おかえり。」

出かけていた娘も帰宅してたよ!!!

旦那はというと、買ってきたばかりのモダン焼きとネギ焼きとみたらしとたい焼きをがつがつと!!

「あっ!!あたしもたべる!!!」
「たべたい。」
「いいよー!早いもんがちね!!」

私もさすがにさあ、疲労困憊でね。

・・・晩御飯作るのが、精一杯だったのですよ。


「わあああ!!!まだ、まだくさい!!」

月曜、晴れ渡る空の下、朝からもりもりご飯を食べ、意気揚々と車に向かった旦那の叫び声が聞こえてきた。

「行ってきます。」
「いってきまーす!」

子供達は、元気に家を出て行く。
そして旦那は……ただいま絶賛駐車場で頭を抱えていると。

「まあ、窓開けて走ってたら、そのうち慣れるって、うん。」

旦那の車のことさあ、今の今まですっかり忘れてたよ。

あの後もらった日本酒飲んじゃってさあ、すっからかんに忘れてたってのもあるけどさ!!

染み付いたにおいってのはすごいね、一日じゃぜんぜん揮発しないらしい!

元凶の岩ガキはすでに燃えるゴミとして収集所に出され、この場に微塵も存在していないというのに。

これはあれだな、食ってもらえなかった、岩ガキの呪いだな、うん。

私はなにやら一人で大騒ぎしている旦那の横をすり抜け、自転車に跨って…元気に家を出たのであった。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/