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へんなひと

…なんだ、アレは。

街中の片側一車線の交差点。彼氏の車の助手席に乗って、右折待ちをしていた私の目に…なんか変なものが、見える。

「ねえ、信号の上にさあ、変な人がいない?」
「はあ?なんもいないよ。」

私の目には確かに…信号のついてる電柱のてっっぺんから、こう、ゴロンと横になったような体勢の影が見えるんだけど。…って、あれ、消えた。

信号が変わり、車がゆっくり…右折を始める。

ずどぐわっし!!!
がっ、ガガガ―!!

「うわっ!!!!」
「えっ?!」

車が右方向に動き出したその時、信号待ちの車の列から信号無視のバイクが飛び出し、接触…いや、激突、した。

ノーヘルメット、タバコを吸いながらの片手運転、自賠責未加入のバイクに対し、彼氏の車は任意保険未加入。警察が来て、実況検分して。救急車で運ばれていった男性の治療費を払わねばならないらしい。バイクの男性は命に別状はないものの、足を打撲し通院が必要になったんだって。

「お前が変なこと言うから事故ったんだよ!!!」
「ごめん…。」

救急診療代を私が負担することになった。…まあね、多少私も責任あったかもしれないし。

…甘い顔をしたのが間違いだと気が付いたのは、半月ほどたったあたりか。

「おい!通院費用貸してくれよ!!」

車の免許を持っていない私は詳しいことがわからないけど、自賠責保険ってのはお金が出るまでに日にちがかかるんだって。なかなか捻挫のよくならないバイクの男性は、毎日通院しているそうだ。元々無職だったが、ちょうど就職が決まったところで、事故のせいで働くことができなくなったためその保証もしてほしいと言われ困り果てているらしい。

毎月16万の給料から、二万、三万と渡す。

「足りねえよ!!!」
「でも、出せるお金がないよ。」

会う度にお金を無心され、会う意味がないと気が付いたのは二ヶ月後。

バイクの男性は、捻挫がいつまでたってもなおらず、毎日働きたいと愚痴をこぼしているらしい。事故で負った怪我っていうのは、なかなか治らないもんなんだね。病院変えればいいのに。会社の主治医の先生を紹介してあげたら、一瞬で快方に向かった。…もうこれで私の役目は終わったな。

彼氏は、ただのかつての知人になったのだった。

なんだかげっそりしてしまった私は、独り暮らしのアパートを引き払い実家へ舞い戻ることになった。

就職して五年、久しぶりに過ごす生家の居心地は、やや悪い。…毎日ぼんやり過ごすのも、そろそろ飽きてきた。

「そうだ、あんた免許取ってないんだから、今から取りに行ったら?」

勤めた会社からわずかばかりの退職金が出たので、そのお金で免許を取りに行くことにした。覚えることが多くて大変だけど、毎日することがあるというのは幸せなことだって気が付いた。

「あのう、信号の上に変な人が見えた事とかあります?」
「なにそれ!!」

「ええと、交差点でおかしなものとか見える事ってないですかね?」
「うーん、普通の通行人しか見た事ないな。」

「つかぬことをお伺いしますが、運転中に…」
「変なものは見えた事ないよ!ふふ…面白いね、君!」

あの時私が見たものは何だったのか、実は地味に気になっていたりする私は、教官におかしな質問をする変わり者の生徒として有名になってしまった。生徒間でも話題に上っているのだから、相当な有名人だ…。しまったなあ、ちょっと考えなしの行動だった。

「なんかこの自動車学校に幽霊見える人がいるんだって!」
「除霊してくれるらしいって聞いたことあるよ!」

「誰だろう、ちょっと気になるな。」
「あたしはたぶん…あのいつも黒い服着てるおばちゃんだと思うの、変な呪文唱えてたし!」

「実は俺、霊視してもらったんだよ、なんでも先祖のさあ……。」
「へ、へえ…。」

食堂で隣り合わせた人の会話に、やけにドギマギする日々が続いた。

「あ、君が見える人か!!いやあ、最後の最後でやっと会えたよ!!!」

卒業検定の日。
初めて見るやけにフレンドリーな教官の一言に、緊張していた私は一気に気が抜けたというかなんというか。

「僕もね、みたことあるよ!!いやあ、いろいろ話したかったんだけど、タイミングが悪かったなあ、今日で卒業かあ…。」
「落ちたらまた会えます…。」

私と教官の会話を、車の後ろ座席に同乗するおばちゃんがニコニコと笑ってみている。この人、教習時間がいつもとなり?で、やけにお互いの運転技術をね、見守ってきたっていうかね?まあ、仲の良い、人なんだよね。
ちょっと縁起がいいな、これなら受かるかも?

「ふふ!あなた運転上手よ、受かるわよ!」

…うん、受かる気がしてきた!

変な人を見た私と、変な人を見たことがあるという教官、気のいいおばちゃんを乗せて、教習者は町中を走行する。交通量も少なくて、とくに問題もないまま、あとは交差点を左折して自動車学校に戻れば合格、そう思っていた、瞬間。

「いる!!!」

「でた!!!」

「え????」

赤信号の、電柱の、一番上に!!!

かつて見た、人っぽいものが!!!
どでんと!!頬杖をついて!!!

ねえ、この場合、どうしたらいい?!

信号が、間もなく、変わる。
信号が変わったら、発車しなければ、私は不合格になってしまう。

けれど!

アクセルを踏む、勇気が!

信号が、青に変わった。

…一瞬の躊躇。

そうだ、左右確認して、時間を稼いだら…。

キ、キキキキキイ――――――――――ッ!!!!

ズ、ドグワッシャアアアアアああアアアアアアアん!!!

目の前を!!!

大きなトラックが!!!
ノーブレーキで!!!

…トラックは、自動車学校入り口のコンクリートの壁に激突し、大破した。

…あの時、躊躇していなければ、私は、今頃。

事故ったトラックをよけて自動車学校に戻った私は、無事卒業検定で合格することができた。自分で運転できなかったら、不合格になってたらしい。

卒業式を終え、家に帰ろうかと自転車置き場に向かった私に、試験官だった教官が声をかけてきた。

「あ!!いたいた!!!いやぁお疲れ、よく止まってたね!よく最後まで運転できたね!安全運転の見本だよ、君、良いドライバーになるよ!」

「はあ、ありがとうございます。」

なんだ、私、褒められてる…?

「…あのおかしなやつ、みたよね?」
「見ましたよ、だからこそ、止まっていられたというか。」

聞くと、見える教官は、今までに二度、みたことがあるそう。
一回目は、ここで免許を取った時。焦って電柱に教習車を擦ったら、後ろからトレーラーが反対車線に飛び出して行ったんだって。
二度目は片側四車線の道路で右折待ちをしていた時。信号が変わりそうで、行けそうだったけど行くのをやめて、後ろの車にクラクション鳴らされた瞬間、観光バスが横転して交差点のど真ん中に飛び出してきたと。

「あれは事故の立会人みたいなもんだと、俺はにらんでるんだけどね!君、どう思う!!!」
「そうかも?よくわかんないですね、はは…。」

自転車に乗り込もうと、一歩踏み出した私に、教官が何やら一枚の紙を差し出した。これは…教習指導員募集の案内!!!

「君、免許取れたらさ、いや、たぶんすぐに取れるだろうけどさ!ここで働かない?沈着冷静で、丁寧な運転、さらに見える能力!はっきり言って、君の能力に、惚れた!!!大丈夫、教習指導員の資格取得サポートもばっちりだから!!!しかも費用タダ!!!」

やけにこう…ごり押し感がすごいけど、私今無職だし、結構いいチャンスかも?

「考えておきます…。」
「絶対来てね!!待ってるから!!ここいい職場!!ほんとに!!俺もいいやつ!マジで!!!」

無事、免許を取る事ができた私は、結局その足で…再び、自動車学校に行ったんだよね。

あれよあれよという間に、自動車学校の先生になって、自分の車を買って。任意保険は手厚いやつにしっかり加入しましたとも。…自賠責だけなんて、とんでもないことだよ、ホント。

一人暮らしを始めて、二人暮らしになって、五人家族になった今。

「ねえ、いる!!」
「相変わらず変な人だな!!よーし!待機だ!!!」

「ねえねえ、あの人だれ―?」
「へんなひといるー!」
「だあー!!」

我が家は、変な人が見える一家に、なっちゃったわけだけど。

ズガッシャアああああああン!!!

「待ってたら回避できるんだから、ある意味スゴイ能力だよね…。」
「この血脈は相当有用だぞ!!ササメもナナミもケンタも!!絶対に血を繋いでいくんだぞおおおお!!!」

結局変な人の正体は不明だけど、なんとなく、結構、かなり…役には、立ってたり、する。意外と、変な人呼ばわりしてるけど、実は重要な任務の人、だったりしてね。

…この人ありきで、私も幸せになれた訳だし。
感謝した方が、良いのかも?いやしかし厄災と言えば厄災で…。

少々頭をなやませつつ。
私はコンビニに突っ込んだダンプを冷静に、丁寧に、スマートによけて…自宅へと向かったのであった。

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