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藪医者


モニターに映る、レントゲン画像を見ながらため息を、一つ。

ほんの少し……よろしくない影が見える。

検査の結果が、悪くはないけれど…芳しくない。


「219番の方、どうぞ。」


マイクで呼び出すと、つやつやしたおじさんが診察室に入ってくる。

こんなに元気そうだけど…。

内臓は、あまり元気では、ない。


「どうだったかいな!結果は!!!」


……おじさんの顔に、運命が二つ重なって見える。


病気治療をしないで、体力を消耗して尽きる運命。

病気治療をして、我の強い性格で周りを振り回して多大な迷惑をかけて散る運命。


今から治療を開始したら…間に合うけれども。

…間に合わせたら、いけないパターンの人だ、この人。

医者として、僕は治療をすすめなければ、ならないはずなのだけど。


「そうですね…。暴飲暴食が過ぎるきらいはありますが、おおむね…」

「結果を聞かせんかい!」

「今すぐどうという事はなくてですね…」

「じゃあなんともねえんだな?」

「そうですね今後…」

「なんや!そうか!わかったわ!じゃあな!!!」


僕の話を聞かず、おじさんは出て行ってしまった。

看護師があわてて結果の紙を渡しに、行った。


数値上は、そんなに問題のない、検査結果の書かれた紙。

頭を抱えたくなる、瞬間がある。

今、僕は頭を抱えている。


……僕は、選んでしまった。


おじさん一人の人生と、おじさんが摘み取るはずの5人の人生。

おじさんを、見捨てる道筋を、選んでしまった。


今日僕が検査入院をすすめたら、おじさんは大病が発覚し、治療に専念し、回復する。

回復、するけれども。

75歳になったおじさんは、免許の更新時にもめた挙句、免許取り消しになってしまい。家族が止めるのを全く聞かずに、無免許で、無保険の車を運転し、事故を起こす。暴走事故は、五人の命を奪い、自らも人生を終える。賠償責任の在処を巡り、家族がバラバラになる。家族は闇に落ちる。


…僕が検査入院を勧める間もなく、おじさんは退室してしまったから。

そう、自分に言い訳をして。


「僕はなんで医者になっちゃったんだろうなあ…。」

「何言ってるんですか先生?多くの人の命を救うためだって言ってたじゃないですか。」


僕の意味深な呟きに、おじさんに検査結果の紙を渡してきた看護師が声をかける。

…そうだね、この病院に来た時にひらいてもらった歓迎会で、そんな偉そうなこと、いったね、僕。


僕は病気を治すという意味では、立派な藪医者だ。

治せる病気を治さない、ただの藪医者。

……もう、医者ですらないのかもしれない。


「224番の人、呼んでくださいよ!まだ結構残ってるんですよ!!医者は先生しかいないんですから!ハラ括って早く全員診てください!!」


テキパキした看護師の檄が飛んできた。

そうだね、僕は、医者だったね。

この病院の、医者だったね。

病気で困っている人を救える、医者だったね。

…理不尽な運命で断ち切られてしまう命を救える医者は、僕しか、いない。

そう考えよう、そうしよう。


「224番の方、どうぞ。」


マイクで呼び出すと、少しやつれたおばさんが診察室に入ってきた。

…この人は、少し疲れているだけか。ふくよかな白髪のおばあちゃんが、おばさんに重なったから。


「なんか食欲湧かなくて。私悪い病気なんじゃ。」

「ただの食欲不振ですよ。」

「診察しないでわかるんですか?!」


おばさんに、訝しげな目を向けられた。


…しまった。こういうところだよ!!!

ろくに診察しないで適当なことをいう藪医者のレッテルが!!


「ええと!!触診しますね、ベッドに横になってください。」


僕は少々丁寧に、おばさんの腹部を触診し始めた。


僕は、藪医者なんかじゃ、ない!!

…はず。



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