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腹痛

・・・腹が痛い。

どうにもこうにも、やけに腹が痛い。
めったに腹を痛くすることのないこの俺が。
脂汗のにじみ出るような、ニギリニギリと刻み込まれるような痛みを感じている。

いたい、すごく・・・痛いぞ。

腹部が痛みで満たされている。
腹部の痛みが俺を支配している。

腹部に俺は・・・翻弄されている。

俺の腹だというのに。
俺の一部であるというのに。

なぜ、俺にこんなにも不快感を与えるのだ。

・・・いやいやいやいや、腹部は、俺の一部。

腹部は俺のために、痛みを訴えているのだ。
体に害をもたらす物質を取り入れてしまった俺に、警鐘を鳴らしているのだ。

・・・俺に、害をもたらした奴は、どいつだ。
・・・俺に、苦しみを与える奴は、どいつだ。

昨日の食事を思い出して、みる。

半額の刺身盛り合わせ。
半額のオムそば。
半額のコーンサラダ。
半額のカットパイナップル。
半額の自家製チャーシュー。
半額の焼き鳥盛り合わせ。
半額のいくらのおにぎり。
半額のレアチーズケーキ。
半額のバニラヨーグルト。
半額の牛はらみを焼いて食った。
半額のサンチュで巻いて食べた。
賞味期限の切れていない卵で卵かけご飯を作って食べた。
嫁が作った麦茶を三杯飲んだ。
嫁が作ったプリンを食べた。
嫁が作ったナスの煮浸しを食べた。
嫁の作った味噌漬けチーズを食べた。
嫁の作った浅漬けを食べた。

犯人は・・・どいつだ。

・・・嫁の浅漬けが怪しい。

明日の夜食べるやつなのにー!・・・と騒いでいたからな。
あれはまだ、食べるに値しなかった存在だったに違いない。

・・・よくも、この俺に!!
この恨み、伝えずにいられよか!!!

俺は痛む腹を抱えながら、キッチンで鼻歌なんか歌いつつごそごそやっている嫁のもとに向かった。

「ちょっと!!昨日の浅漬け!!あたったんだけど?!」
「はあ?」

休日の朝は、比較的嫁ものんびりしている。
いつもならば弁当作りでてんてこ舞いしているのだが、今日はのんきにフレンチトーストを焼いていた。

・・・くそぅ、俺がこんなに苦しんでいるというのに!!!

「なんかめっちゃ腹痛い!!昨日の浅漬けのせいだ!!」
「あんたが勝手に食ったんだろうがっ!!!」

嫁は華麗にフライパンを操り、くるりとフレンチトーストをひっくり返した。ふわりと、バターでコーティングされた、香ばしい甘いにおいが俺の鼻をくすぐる。

「食べられないもの冷蔵庫にいれとかないでよ!!食えると思って食っちゃったじゃん!!そのせいで―!!!」
「食べられないなんて言って無いじゃん!よく漬けとこうと思って一晩置く予定だったのをあんたが冷蔵庫の奥から引っ張り出して食べただけで、別に痛んでなんか無いわっ!!」

あくまでも責任逃れをしようとする姿勢のようだ、なんとも腹立たしい。
俺の腹は絶賛痛みを訴えているのだ、立てることのできる腹の状態では・・・ないというのに!

「じゃあなんだっていうのさ、刺身が痛んでたのかな、麦茶が古くなってたのかな、それとも・・・???」
「単なる食いすぎだよ!!!」

食いすぎ?そんな馬鹿な。

俺はいつでも、満腹になるまで食べている。
俺は満腹になった時に食べることをやめると決めているのだ。

俺の胃袋は、満腹になるまで食うことをやめない・・・そういうスタイルで今日まで飯を食い続けてきたのだ。

「胃が弱くなったのかなあ・・・もう、若くないんだね、ハア。」
「・・・あんたそれ本気で言ってんの?!」

焼きたてのフレンチトーストを皿に移しながら、嫁が目を細めてこちらを睨みつけている。
・・・何だ、その目は!!!

「だってさあ、いつもと変わらないたべほスタイルなのにさあ、腹が痛くなるとかさあ・・・衰えたとしか思えないじゃん!」
「あのね!あんたはね!!胃が弱くなったんじゃない、当たり前のことを考えられなくなるくらい、思考能力が、頭が弱くなったんだよ!!年を考えて、食う量を減らせって言ってるじゃん!!」

「おはよー!あっ!!フレンチトースト!!あたし二枚ね!!」
「おはようございます。」

嫁の一言に三言ほど返そうとしたところで、娘と息子が起きてきた。
むう、子供達の前で醜い諍いを見せては・・・ならん!

「もーいいや、胃薬出しといて・・・トイレ行ってくる。」
「今日は何も食べないでおとなしく寝ときなよ!!」

嫁は新しいフレンチトーストをジュウジュウ焼きながら厳しいことをのたまった。…何を言うか!!人は生命活動を営む上で、エネルギー補給は必要不可欠であり、エネルギー代謝のためにエネルギーが使われる事も必至で・・・。

ぐるるるるるるるる・・・。

俺の腹部で、鳴ってはいけない音が響いた。
この音は危険なやつだ。

・・・決壊が、近い!!

俺は個室に急いだ。


「イヤー出た出た!!すっきり!!うーんめっちゃ腹減った!!」
「ちょっとお父さん!!朝の爽やかな時間帯!!」
「失礼すぎる…。」

なんだなんだ、結局腹が痛かったのは、出すもん出さなかったからだったじゃん!あんなに俺を困惑させた痛みは、個室の中ですべて排出してきたぜ!!

「あ!!おいしそうなもん食べてる!!いっただきー!!」

嫁の席にフレンチトーストが置いてあるが、あいつはまだキッチンでごそごそやってるからな。冷めたらうまさが減る、よーし、俺が食っといてやろうじゃないか!!
俺は嫁の出しておいてくれた胃薬を三粒、牛乳で流し込んでから…目の前のフレンチトーストを三口で食べた。

「ちょっと!!今日はもう何も食べないんじゃなかったの!!人の分を食うな!!!」
「そんなこと言ってないじゃん!!まあ、胃薬くらいは飲んどくけどさあ!!」
「ねーねー追加分まだー?」
「もう一枚食べたい。」

幾分不愉快そうな表情をした嫁が、焼きたてのフレンチトーストを持ってきて文句を垂れている。なんだうるさい奴だな、朝ぐらい朗らかに食事をしたらどうなんだ。

「はふはふ!!うま、うま!!」
「もっとゆっくり食べたらどうなの・・・。」
「あ!!その追加分あたしもらっていい?」
「半分もらう。」

キッチンにはあと食パンが・・・一斤か。
あと三枚・・・四枚は食べたいな。

嫁は手早く、六枚分の食パンをフレンチトーストに焼き上げ続けた。
俺はすばやく、焼けたフレンチトーストを食べ続けた。

「ちょっと!!私の分は?!」
「おいしかったから食べちゃった!ごちそーさまー!」
「あ、洗い物やっとくよ!!」
「明日は僕も焼く。」

朝から胃薬を飲んで絶好調になった俺の胃袋は、予定したよりも多く・・・フレンチトーストを食べた。

嫁の作るフレンチトーストはさあ、本当にうまいんだよなあ。次から次へと手が伸びて、あれは一種の魔物だな、俺を虜にして離さないのだ。

・・・満腹感ってのは、本当にいいもんだ。

満腹になった腹をぽんと叩いて、俺はソファに横になった。

・・・まぶたを閉じる俺の耳に、嫁の声がなんとなく聞こえてくるものの。

フレンチトーストと満足感、幸福感でいっぱいになった俺の腹はだな、胃薬による補助もあってだな。

急速に、活動的に、動き始めてしまったわけなのさ。

消化活動にはだな、エネルギーを消費するのだよ、故に、休息は、必要、で、あって・・・。

俺は休日の朝から、心地よい眠りの世界へと・・・ダイブ、した、ので・・・ぐう・・・・・・。



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