見出し画像

夕方、朝から降り続いていた豪雨が止んだので、近所のスーパーに出かけることにした。向かう道には所々深くなった水たまりがあり、さっきまでの豪雨の威力をまざまざと見せつけている。

スーパーの屋上駐車場に車を停めて、店内入口に向かおうとした時、虹が目に入った。ここが屋上駐車場で、広く見渡すことができるからという事もあるのだろう。くっきり見える鮮やかな虹は、虹の根元もくっきりと見えている。

……こんなにくっきりと見える虹は久しぶりだ。

どこぞの家の上からどこぞの家の上に架かる虹。
渡ってみたいと思わせる、色鮮やかな虹。

……渡ることなどできないというのに。

「渡りたいと願うものは、いますからね。」
「うーん、渡ろうと、してるねえ。」

いつの間にか私の横にいた、雨上がりの晴れ渡った空の下に不似合いな黒い人。むむ、空の袋を持っているぞ……。

「人ってのは虹が好きですねえ。死んでなお、虹を追い求めるという。」
「まあね、こんなにきれいだからさ、縋りたくなるっていうか、手を伸ばしたくなるっていうか。」

虹の美しさにひかれて手を伸ばす、元人だった存在が…どこからともなく現れては、空へと向かっている。

「こんな時こそ、大量捕獲のチャンスなんですよねえ。」
「たまには捕獲しないで、そっと見守ってあげたらどうなんだい。」

私の横を、曇った魂がすり抜けていって…ああー。

「見守ったところで、虹にはたどり着けませんからね、私が刈るのが一番なんですよ。」

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

「虹に向かって行って上に昇ったりする場合もあるじゃん。」
「最近の魂はね…上にあがることをあきらめちゃってるんでねえ…なかなか難しいんですって。」

見晴らしがいいからかなあ、ここ。燻ってた魂たちがずいぶん集まってきてる。…黒い人にとっては格好の狩り場だな。

「きれいな虹に感化されて、自分も美しく生まれ変わりたいって思うんじゃないの。」

だから皆こんなにも虹に向かって飛んでってるんでしょうに。ちょっとぐらい見逃したらどうなんだ。

「きれいな虹を見て、どす黒い自分の感情に気が付いてさらに昇れなくなっちゃうんですよ。」

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

「昇りたいと願ってる魂もいると思うんだよね。それを根こそぎ刈って食っちゃうのもどうかと思わなくもないけどねえ…。」

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

「まあね、わからなくもないですけど…うじうじした魂がせっかく湧いて出てきたんですから。闇に紛れてると捕獲するのもままならなくてね。」

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

美しい虹に憧れて。
空に飛び立って。
捕獲されて。
食われて消滅する、未練を残したものの最期。

ふわりふわりと虹に向かって飛んでいく、その様子はかなり幻想的で。

「虹に向かって行く姿はずいぶん美しいと思うよ。」

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

―――ザンッ!!
黒い人は自慢の鎌で魂を一突きして…袋に捕獲した。

「見た目は美しいかもしれませんがね、ほら、見てくださいよ。」

黒い人が、刈った魂を鎌で真っ二つにすると…。
ああ、真っ黒だ、中から無念がこぼれだした。
それを黒い人がずるりとなめとる。

「ここまでみっちり詰まってると、確かに上には飛んでいけないか…。重たすぎるね、確かに。」
「ズル、ズル…ごく。重いですね、ずっしり腹に溜まります。ああ、重すぎてもう鎌が振れなくなってしまいました。」

黒い人のおなかがポッコリ膨らんでるよ!!
そんなに重い魂だったのか!!

「十個も刈れたんだったらいいじゃん…ほら、虹が消えてきた。」
「またひと降りきそうですね、ま、今回はこれくらいで良しとしましょう。では、また。失礼。」

黒い人はパンパンになった袋を抱えると、スウと消えてしまった。

虹も、完全に消えてしまった。
虹を目指して飛んで行った皆さんは、今頃意気消沈しているだろうな。

消えた虹に気が付いて、何を思うだろう。

虹という目指すものがなくなってまた地に戻るのか。
虹という目指すものがなくなって空の上を目指すのか。

虹の消えた空の端に、重苦しい雲が集まり始めた。
夏の変わりやすい空が、どんよりしてきたぞ…。

「さっきあんなに晴れていたのに。」

ポツン…。

雨が降ってきた。
…?私の上空には、雲はないぞ。

…ああ、これは雨じゃなくて。

あんなにきれいな虹だから、きっと自分を昇らせてくれる。
あんなにきれいな虹だから、きっと自分は昇れる。
あんなにきれいな虹だから、きっと。

この世界に留まってしまった悔いと、この世界から旅立ちたいという願い。

虹に希望を見た魂の、虹を目指していた魂の、涙。

ポツン、ポツン…。

このポツンポツンは…飛んできた雨だな。
風が強くなってきた。
雨雲の湿った香りが、辺りに漂う。

また豪雨になりそうな、予感。
しまったなあ、一番ひどいときに帰りたくないぞ。
…来てしまったものは仕方がない、急いで買い物をして、頃合いを見計らって家に帰るか。

屋上駐車場からスーパー店内に向かうと…エレベーターの扉に、虹の絵が描かれていた。七色の虹を渡る、スーパーのマスコットキャラクターと、笑顔の子供たち……。
はは、なんかタイムリーだなあ、そんなことを思ってボタンを押す。

エレベーターの扉が開いたので、乗り込もうとした私の目に飛び込んできたのは。

……先ほど、虹を目指していた、皆さんが…みっちり詰まったおぞましい光景。

虹に追い付けなかったからか、虹っぽいものに惹かれちゃったんだね、うん。はっきり言って、乗るのを、躊躇してしまうレベル。さて、どうするか。黒い人を呼ぶかな…空いたエレベーターの前で、腕を組み組み悩んでみる…。

「おい!!どけよクソババア!!邪魔になる事ばっかしやがってホントクソだな!」

むむ。ものすごい悪意ある言葉が真横から飛んできたぞ。…まあね、私も開いてるエレベーターのドア前で立ち止まってたからね、うん、悪かった。
しかしババアって言い方がね?言ってるあんたの方がじじいやんけ!!失礼なやつだな!!

じじいは私を押しのけ、魂だらけのエレベーターに乗り込んだ。…ボタンを連打しているな、絶対に私をのせまいという強い意志が感じられる。

まあいいや、運動になるし、私は階段で一階に降りよう。私は横の階段で、一階へと下りて行って…。

なんだかやけに憔悴したじじいとすれ違ったのだけれど。

ああー、さっきの虹を目指した魂の皆さんが…じじいの魂押しつぶして乗り込んじゃったんだね。そうだなあ、みんな肉体、欲しいもんね、うまいもんも食べたいし恨み言もしゃべりたいし、人も殴りたいしきれいなもんもぶっ壊したいもんね。
性根ひん曲がってるから守ってくれる存在もついてないし、あけっぴろげのアッパラパーで未練残しまくりの皆さんは大喜びで入りこんじゃったんだな、うん。

まあ……血気盛んなじじいは、落ち込んで気弱になってもらった方が世のため、人のためか。

ふり返ってエレベーターの中をのぞき込むと…うん、快適に乗れそうになってる。これなら一般人の皆さんがのっても被害は出まい。いやあよかったよかった。

私がスーパー入り口に積んであるかごを取って、買い物をしようとした時。

ごろ…ごろ‥‥ド――――――――――!!!

ド派手な雷と、豪雨の音が聞こえてきた。出入口を見ると、両手を頭の上に駆け込んでくるお客さんたちが。
空の端が明るいなあ、夕立だね。すぐにやんで、また虹が出るかもしれない。

…虹が出たら、あのエレベーターの魂たちもまた虹を目指すかもしれないけどねえ。

それをあのクソじじいに教えてあげるのもねえ。

だって、邪魔になる事しかしないクソババアだからねえ!!

今から買い物をして、帰る頃には、晴れてることを祈りつつ。

私は青果売り場へと向かったのであった。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/